心月大地

 心月大地という名は、北海道稚内では有名だ。

 彼は、幼い頃から寺の住職としての勉学を学ばされ、学校に通っていなかった。

故に、17歳という若さで経典を読み切れる程の学力はあるものの、友達というものがいなかった。

 5つ下の弟は、普通に学生として中学校に通っており、それを羨んでいるというのも、周知の事実である。

 そんな彼には、特別な力があると言われていて、それを目にした者はこういう。

「心月大地は動物と会話が出来る。」

 と。


「ふぅ……。」

 寺の勉学を嫌い、動物を友とする大地は、何故か幼少から棍術に長けていて、それでストレスを発散していた。

 今日も今日とて寺で父親と大喧嘩をし、そのストレスを発散するべく六尺棒を振り回す。

「来たのだな……。」

 一通り六尺棒を振り終え呼吸を整えていると、目の前には一匹の猫がいた。

猫は大地の足元にすり寄ると、ゴロゴロと喉を鳴らし首を上げる。

「よしよし……。」

 そんな猫を撫でていると、猫は満足げに鳴く。

「今飯を用意しよう……。」

 境内をすたすたと歩く大地と、それに続く猫。

 猫だけではない、野良犬や小鳥が大地の周りを歩き、飛んでいる。

「まてまて……、今持ってくる……。」

 そんな動物たちを、諭すように口を開く大地。

 普段は寡黙で、人間相手にはあま喋ることがない大地だが、動物相手にはよく喋る。

それを目撃した人々の立てた噂が「心月大地は動物と会話が出来る。」というものだ。

 土間にある台所から、魚やお米を持ちだすと、大地は動物たちに与えていく。

動物たちはそれを甘受し、代わりにと大地の相手をしている。

そんな関係だ、と大地自身は思っている。

「たんとお食べ……。」

 笑うことがない堅物、とまで呼ばれる大地が笑う。

人間に心を許すことが出来ず、動物だけに心を輸すしているからなのだろう。


「えっと、心月大地さん、ですか?」

 そんな大地に、唐突に話しかけてくる少年の声がした。

 そちらを向くと、上下黒のウィンドブレーカーに身を包んだ、坊主頭の少年がいつの間にか境内に入ってきていた。

「……。」

 見てみると弟と同い年くらいだろうか、大地よりだいぶ小さい、いや大地が大きすぎるだけなのだが、少年は巨大な大地を見て、臆する事無く話しかけてくる。


「ですよね、大きい体、糸目、合ってますよね?」

「……、そうだが、儂に何か用か……?」

「貴方を迎えに来ました、坂崎竜太って言います。」

「迎え……?」

 眉間に皺を寄せる大地。

竜太は、そんな大地に怖がる様子も見せず歩み寄る。

 動物たちは食事を終え何処かへ行ってしまい、境内は二人きりになる。

「聖獣の使い、と言えば伝わりますか?」

「……。」

 大地はその言葉に、聞き覚えがあった。

 確か幼少期から、父親が代々伝わるという、心月家の家訓や伝承だと言っていただろうか。

「あれ、伝わらなかったかな……。」

「……、伝わっておるよ……。」

「良かったぁ、伝わらなかったらどうしようかと……。」

 こういうことが不慣れなのか、竜太はホッとしたような様子を見せる。

 一方、大地の眉間の皺は深くなっていく。

「……、儂に戦えと言う事か……。」

「えっと、そうなりますね。一緒に来てもらえると助かるんですけど……。」

「……。」

 大地の表情を見て、言葉が尻すぼみになる竜太。

それはそれは、巨大な男が眉間に皺を寄せているのだから、当然と言えば当然か。

「……、お主も戦うのか……?」

「はい、僕も戦ってます。」

「……。」

「えっと、そんなに見つめられたら恥ずかしいですよ……。」

 竜太の瞳をじっと見つめる大地。

こんな子供が、戦わなければならない戦場があるのか、と考える。

「……。お主、坂崎竜太と言ったな……?」

「はい、僕坂崎竜太です。」

「……、年はいくつだ……?」

「13です、それがどうかしたんですか?」

「……、儂の弟が12歳でな……、いや……。」

 途中で口を閉ざしてしまう大地。

これは言ってもいいのだろうか、という雰囲気だ。

「どうかしました?」

「……。いや、お主を傷つけてしまうような……、そんな言葉を吐いてしまうかと思うてな……。」

「大丈夫ですよ?」

「……、そうか……。」

 決して話し上手ではない大地にとって、語るというのは難しいことだ。

 しかしながら、目の前にいる少年には、何故か話してもいいように感じてしまう。

それは竜太が自分と同じ、「特別」な存在だからだろうか。


「……、座ってくれ……。」

「はい。」

境内から寺の廊下へと場所を移し、大地はぽつぽつと話し始めた。

「……、戦いというのは、恐ろしいか……?」

「怖い時もありますよ、でも……。」

「……?」

 竜太は少し考える素振りを見せる。

なんと伝えたらいいものか、どう言葉にすれば良いものか、と。

「でも、父ちゃんと兄ちゃんが一緒だし、守りたい弟達がいる、だから平気です!」

「父と兄が……。」

「はい、今回は父ちゃんがメインで動いてて、聖獣の守護者を集めてるんです。」

 成る程と首を縦に振る大地。

「父ちゃんはすっごい強くて、僕なんてまだまだ未熟何ですけど、それでも一緒に戦える事、嬉しいし誇りに思ってます。」

「……。」

「今回は特異点的な場所だからって、僕も同行してるんですけど、ほんとに父ちゃんって凄くて、改めて未熟だって思い知らされているんですけどね。」

「……、そうなのか……。」

 自分と境遇が似ているような似ていないような。

 偉大な僧と言われる父を持ち、幼い頃から寺の勉学を学んできた。

そんな自分と、まだ幼いのに戦っている竜太が似ている気がする。

 そういった曖昧な感想しか思いつかなかった大地は、只々首を縦に振る。

「今回デイン叔父さんもいるって聞いて、また会えると思ったんですけどまだ会えてなくて……、って僕は何言ってるんでしょうね。」

「……、構わぬよ……。」

「ありがとうございます、それで……。」

「……?」

 再び悩む素振りを見せる竜太に、小首をかしげる大地。

「本当は、大地さん達に戦って欲しくなんてないんです、普通でいられるなら普通でいてほしいから。」

「……?」

 何処か悲し気な表情を見せる竜太。

大地はその言葉に疑問を持ったが、言葉にすることはしなかった。

「僕、普通っていうのに憧れがあるんですよ。父ちゃんも兄ちゃんも普通でいられたら、どんなに良かったかって、戦わずに済んだらどれだけ良かったかって。」

「……、儂もだ……。」

「え……?」

「……。儂も、寺の外に出られたら、どれだけ良いかと考えておる……。」

 空を仰ぎみながら大地は語る。

 似ているのだろう。

同じ「特別」な人間で、「普通」に憧れを持っていると言う事が。

「……。幼き頃より仏門に帰依した身でな……、学校という所にも行ったことがない……。」

「そう、だったんですね……。」

「……。だから、なのだろう……。弟が普通であることが、羨ましいのだ……。」

「それじゃ僕達、似た者同士ですね。」

 寂しげに笑いながら答える竜太。

13歳だというのに、それまでにどれだけ過酷な経験をしてきたのだろうか。

 大地はまだ、何も知らずにいる。

「……。それに、儂には友と呼べる者もおらん……。」

「そう、なんですね……。」

 肩をすくめながら話す大地。

 弟の空太から聞いたことがある、友という存在。

それはとても愉快で、素晴らしい物だと大地は考えている。

 竜太はそれを見て何を思ったのか、こう口を開いた。

「じゃあ、僕と友達になりませんか?」

「……?良い、のか……?」

 眉間のしわが、驚きで額に移る。

それはとても魅力的な話で、それだけ衝撃的な言葉だっただろう。

「ええ、大地さんが良ければですけど。」

「……。人間の友、なんと良き響きだ……。」

「そんなに感動することかなぁ?」

 大地がその言葉の余韻に浸っている間、なんだか照れ臭いなと竜太は頬を掻く。


「……では坂崎よ……。」

「あ、竜太でいいですよ?」

「…、わかった、竜太よ……。」

「はい、なんでしょう?」

 大地は少しの沈黙ののち、口を開く。

「……。儂は、ここに戻ってくるのだろうか……?」

「……。」

 その問いの答えを竜太は、いや誰も知りえない。

だから、答えられない。

「……。戻ってこられぬかも、しれぬのだな……。」

「……。」

 無言は肯定と受けとり、大地は一人立ち上がり何処かへ行ってしまう。

「帰れるか、かぁ……。」

 竜太は一人、そうあってほしいと願った。


「……。父上、聖獣の守り手の使いが参った……。」

「ではお主が選ばれたという事じゃな?」

「……、そのようだ……。」

「ならば語るべくもないわ、行くがよい。」

「……。」

 大地の父、宋憲は大地の方を向くでもなく、そう言い放った。

「今まで、世話になった……。」

 大地は大地で、それ以上の言葉はなかったらしく、その場を去っていった。

「……。」

 宋憲は祈る、息子が無事に生きて帰る事を。


「空太よ……、元気でな……。」

「兄ちゃん、どうしたの?」

「儂は……、旅に出ることになった……。」

「帰って、来る?」

 弟の空太が丁度学校から帰ってきた所、大地は声をかけた

「きっと、な……。」

 思えば、この弟に嫉妬していた自分がいたな、と思い出す。

 しかしそれは、これから過酷な旅をすることになるであろう自分にとって、些細な事のように思えてしまう。

「きっと?」

「うむ……。」

「絶対だよ?」

 空太も一族の家訓、伝承は聞かされて育ってきた。

故に気づいたのだろう、兄がそれに選ばれたのだと。

「兄ちゃん、絶対帰ってきてね?」

「確約は出来んが、約束しよう……。」

 思えば、この弟は自身の嫉妬も知らずに育ち、懐いてくれていた。

大地にとって、唯一心を開くことが出来る相手だったのではないか、と今更になって気づく。

「じゃあ、いってらっしゃい……。」

「うむ……。」

そう言葉を交わした兄弟は、反対の方向へと歩いて行った。


「待たせてすまなんだ、行こう……。」

「もう戻ってこれないかもしれないけど、いいんですか?」

「あぁ、良い……。」

 10分と経たずに戻ってきた大地に対し、覚悟のほどを聞く竜太。

「行こう、友よ……。」

「はい、父ちゃん、お願い。」

 竜太がそこにいない誰かに話しかけると、2人を魔法陣が包み込み、そして消えていった。


 竜太がディセントに戻ってきて、ディンの部屋を訪ねる。

「これで4人全員、こっちに来たってわけだ。」

「ねぇ父ちゃん、本当に大地さん達は戦わなきゃならないの?」

「……。竜太、ここに来る前に伝えた事、覚えてるか?」

「うん……。」

「これはな、本当は俺達が介入すべき戦争じゃなかったんだ。それが異形の存在の介入でおかしく成っちまった、だから俺達が守護者を育てて守らせる、そういう戦いなんだ。」

「うん……。」

 わかってはいる、が感情としてどうしても納得が出来ない竜太。

「彼らは元々、戦いに赴かなきゃならない存在だったんだ、だから俺達が介入しなくても一緒だったんだよ。」

「でも……。」

 顔に翳りを見せる竜太。

 自分達が戦わなければならないことは、もうわかっている。

が、大地達が戦う事に納得が出来ていないようだった。

「竜太はきっと、こう考えてる。俺達が片づければ彼らは戦わなくて済むって。」

「うん……。」

「でもそれはダメなんだよ、竜太。竜神の掟なんだ、先代が世界を分けてから、絶対守らなきゃならない掟だ。」

 竜太は優しい。

だから、こういう事を言い始める気はしていた。

 だからこそ、ディンは言葉を強くして伝える。

いつか自分が死んでしまったときに、役目を継がなければならないのだから。

「いいか竜太、掟を破ってしまったらどうなるか教えておく。」

「うん……。」

「守護者のいなくなった世界、存在しなかった世界、干渉が行われた世界はな、崩壊してしまうんだよ。そしたら、そこから年輪の世界全体が崩れてしまうんだ。」

「……。」

「今回の相手は異形の存在、だからある程度の干渉は許される。でも過度に干渉してしまったら、全部がおしまいになっちまうんだ、わかるな?」

「……、うん……。」

 しょげる竜太。

 大地の姿を見て、思う所がありすぎる程あったが、それを言われてしまったら、どうする事も出来ない。

「まあ竜太の気持ちはわかるよ、昔俺もそう思ってたから。」

「そうなの?」

「あぁ。でもそれをやっちまったら子供達を守れない、お前は弟達を守れなくなっちまう。それは一番嫌だろう?」

「うん……。」

「この世界の事は彼らに任せなきゃならない、それは仕方がないんだ。」

 ディンはそれだけ言うと、竜太を大地のもとへ送り返した。


「……。」

「外園さん、入ってきていいんだぜ?」

「では失礼しまして。」

 ディンが声をかけると、ドアを開けて外園が部屋に入ってくる。

「先ほどの話、いえ盗み聞きをするつもりはなかったんですがね?」

「いや、外園さんには伝えとくべきことだったから、丁度良かったよ。」

「左様で。先ほどのお話は、どこまでが本当の話なのですか?」

「全部ほんとだよ、むしろまだ話してないデメリットがあるくらいさ。」

 ほほう?と鼈甲の眼鏡越しに目つきが鋭くなる外園。

世界崩壊以上のデメリットがあるのか、という感じだ。

「まあ、内緒なんだけどね。」

「内緒、ですかぁ。」

 あららといった感じの外園。

ディンは笑いながら、外園の肩を叩く。

「まあそのうち教える日が来るさ、そん時を待っててくれ。」

「わかりました、その時には全てを語っていただくとしましょう。」

 そういうと外園は部屋を出ていき、ディンは一人紅茶を嗜むのであった。


……来るべき闘争の時が来た……

ワシは全てが憎イ!

……そうだ、それでよい……


 闘争の火蓋は切って落とされた。

 聖獣の守護者達は神々の闘争を鎮める事が出来るのか、それはまだ見えぬ未来の話だ。

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