河伯修平

 河伯修平は、10歳の時に交通事故で両親を亡くし、妹は下半身不随になった。

 唯一無事だった?修平も、事故と両親の死の影響で髪の毛が真っ白になってしまった。

 そんなことがあり、妹のためなのか、元々なのか。

修平は底抜けに明るい性格で、周りからは天真爛漫純粋無垢と呼ばれている17歳だ。

 現在は佐世保市の祖父母の家に妹と共に暮らしていて、河伯流という独自の独自の空手道を学んでいる。

 神童とも呼ばれる強さを持っているが、本人はあまり気にしていないようだ。

 そんな修平にも悩みはあり、それは。


「はぁ。」

 事故の影響で白くなった短髪が風に揺れる。

 場所としては、修平の通っている高校の屋上、丸みのある河伯家に遺伝する風色の瞳は海を写しているのだが、しかし何処か遠くを見ている。

「どしたんだよ修平、ため息なんてらしくもない。」

「健成……。ううん、何でないんだ。」

「そうか?それにしては深刻そうな顔してっけど。」

 底抜けに明るい性格の修平の悩みが気になるのか、中学からの友達である健成は食い気味に聞く。

「ちょっと、ね。」

 修平は、それだけ言うと屋上から出て行ってしまい、健成一人になる。

「まったく、教えてくれたっていいじゃねぇかよ、友達なんだから……。」

 健成は、修平が見ていたのであろう海の景色を一人眺めながら、少し悔しそうに呟いた。

「はぁ……。」

 屋上を降りる階段の途中で、ため息をつく修平。

 彼の悩みの種というのは、妹の綾子の事だ。

事故で下半身不随になってしまった妹が不憫で、時折思い出しては悩み、答えが出ずというのを繰り返している。

 失ってしまったものは仕方がない、と周囲は慰めてくれるが。

 どうしても納得できない、そんな葛藤が修平の中にはいた。

 同時に、守ってやらなければならないという、強い使命感もある。

その2つはある種修平を縛りつけ、苦しめているのかもしれない。


「たぁ!せい!」

「そこまで!勝者河伯!」

「おぉー!」

 時間と場所は変わって、河伯流の空手道場。

 今日は、他流派との交流試合が開催されていた。

大人の中に混じって交流試合に参加していた修平は、敵の大将を打ち破り喝采を受けていた。

「はぁ、はぁ。」

 息が上がっているが、しかし大人に勝った喜びを噛み締める修平。

「流石次期師範代!筋が違う!」

「はい、ありがとう、ございます…… !」

 一番弟子に褒められ、喜ぶ修平。

「あれで17歳なんだとよ……。」

「髪の毛染めてんのかあれ?」

「なんか事故の後遺症らしいぞ……。」

「両親は即死だったらしい、妹も下半身不随なんだとか……。」

 相手側の選手が、こそこそと囁いてくるのが少し聞こえるが、しかしあまり気にならない。

勝った事での、高揚感の方が勝っている。

「よくやったぞ修平!」

「おじいちゃん!」

「それでこそわしの孫だ、よく鍛錬をつんだな。」

「うん!俺が守っていかなきゃだからね!」

 現道場主である祖父が、修平の肩を叩きながら称賛の声をかける。

 修平はまたそれが嬉しく、気分が高揚するのであった。


「お兄ちゃん、今日優勝したんだって?おめでとう。」

「綾子、ありがとう。」

 少し時間が経って、車いすを押しながら海辺を歩く修平と、妹の綾子。

道場でかいた汗が、潮風で冷えていくのが心地いい。

「お兄ちゃん、卒業したら道場継ぐんだよね?」

「うん、おじいちゃんとの約束だし、お父さんたちの形見みたいなものだしね。」

「そしたら私、道場主の妹だね。」

 クスクスと笑いながら、話す綾子。

しかし、内心では少し憂いがあったりもする。

「綾子の事、ずっと守れるようにするからな!」

「うん……。」

 ガッツポーズをしながら、嬉しそうに話す修平。

 事故にあってからというものの、妹だけが生きがいなのだろう。

 妹を守り続けることが、自分の生きる意味だと純粋な修平は考えている。

 一方の綾子は、それを少し重たいと感じてしまっているのだが、しかし修平はそれに気づけない。

「そういえば綾子、最近調子の方はどうだ?」

「えっとね、リハビリの先生に褒められたよ、少しずつ良くなってるって。」

「そっかそっか!それは良かったなぁ!」

 綾子は、日常生活を送れるようになる為に、毎週リハビリに通っている。

最初はまったく意味がなかったかのようにも思われたが、最近では少しずつ成果が現れ始めているのだ。

「あと何年かかるかわかんないけど、絶対歩けるようになるんだ!」

「応援してるよ!兄ちゃんに出来る事があったら、なんでも言ってくれ!」

 それは兄からの自立を含めているのだが、しかし修平は気づかない。

綾子としては、優しい兄は転じて枷となりかけてしまっているのだ。

 しかしその優しさゆえに、兄に言えずじまいになってしまっている。

「後、変な男に言い寄られてたりしないか?」

「ううん、そんなことないよ。」

 綾子は所謂美人で、はたから見ればか弱い。

だから、言い寄ってくる男も沢山いる。

「また変なのが来たら、兄ちゃんが追っ払ってやるからな!」

「うん、ありがと……。」

 それを片端から修平が追っ払っているのだが、しかしそのせいか綾子はいつからか、異性からも同性からも敬遠されるようになってしまった。

 あいつに関わると兄貴が煩い、と。

「でもお兄ちゃん、私大丈夫だよ?」

「いいや、綾子は優しいからそういうの断れないだろ!」

「……。」

 そう言われると言葉を失ってしまう。

 確かに自分は言葉が強い方ではないのだが、守られなければならない程ではないはずだ、と。

言いたいのだが、それは修平の優しさだと知っているから言い切れない。

「綾子だけは兄ちゃんが守ってやらないとな!」

「うん……。」


 昔の事だ。

と言っても6年前、修平が11歳、綾子が7歳の頃。

 事故が起きて1年、やっと学校に通えるようになった綾子。

 しかし、そんな綾子を待っていたのはいじめだった。

 下半身不随なのをいいことに、色々と言われ。

暴力を振るわれかけたこともある。

 性知識のある子供からは性的な目で見られ、そして同性からはそれを嫌悪され。

そんな生活を送っていることを、修平に相談したのだ。

 その時もう、河伯流を学んでいた修平が取った行動。

それは、暴力による解決だった。

4つ下の下級生十数人を大けがさせ、物理的に問題を解決した。

 それ以来、綾子は腫物扱いをされてしまっている。

 が、それをまた修平に言えば同じようなことが起こってしまう。

だから、言えなかった。

 6年間、綾子は腫物として扱われ、それを言えずにいるのだ。

 頼れる兄である反面、スイッチが入ってしまうと暴力的にもなる兄。

怖くもあり、頼もしくもある兄。

 綾子にとっての修平は、そういう存在なのだ。


「だから安心しろ!お兄ちゃんが何でも何とかしてやる!」

「うん……。」

「そこらへんにしてあげたらどうだ?妹さんも困っているだろう?」

「誰ですか……!?」

 突然だった。

 目の前に突然、なんの前触れもなく男が現れたのだ。

 その男はミリタリー調のズボンに白シャツ、空色のダッフルコートに大きな鞄と怪しさ満点だ。

年齢は40代程度だろうか、黒人だが日本語は流暢な様子だ。

「oh!俺の名かい?俺はウォルフだ、よろしく頼むね。」

「えっと、ウォルフ、さん?俺達に何か用ですか?というか突然現れませんでしたか?」

 至極真っ当な突っ込みを入れる修平、綾子も訳がわからないという顔をしている。

「君を連れていく役割を持った英雄と言えばいいか?とにかくついてきてもらおうか。」

「えーっと、訳が分かんないんですけど……。」

「why!君はおじいさんから何も聞いていないのかね?」

「道場の関係者の方、ですか……?」

「違うね、そうじゃない。」

 じゃあなんだ?と修平は訝しむ。

目の前に突然現れた事と言い、常人ではないような気がする。

「では、なんです……?」

「だから言ったろう?君を連れていく英雄さ。」

「連れていくって、何処へ?」

「世界の裏側、この世界セスティアの裏側にあるディセント。」

 ますます訳がわからないという風な修平と綾子。

突然現れてこいつは何を言っているんだ、という顔だ。

「まあ、知らぬが仏という言葉もこの世界にはあるらしいじゃないか、君を連れて行ってから説明しよう。」

「はぃ……?」

「さあ竜神王サン、我らを送ってくれたまえ。」

 ウォルフがそういうと、ウォルフと修平の丁度中心から眩い光が零れだす。

「妹さんは道場にでも送ってもらおうかね。」

「な、なんだこれ!?」

「お、お兄ちゃん!」

「綾子!」

 引き剥がされ、何処かへ飛ばされる感覚。

それが、修平が意識を失う前に感じた最後の感覚だった。

 光が収まると、そこには誰もいなかった。


「さて、3人目のご到着だ。」

「竜神王サンよ、彼は目的地に到着した。」

「お、ウォルフさんお帰り。」

 茶室で一人茶菓子を食べていたディンのもとに、ウォルフが現れる。

「そうそう、この後なんだけどさ。」

 そういってディンは地図を取り出す。

「ウォルフさん達はここ、西の端からこの屋敷を目指してほしい。」

「その道中で彼を強くすればいいんだな?」

「その通り、彼もこの世界を守るにはまだまだ弱い、だからウォルフさんが手ほどきをしてやってくれ。」

「君が直接、元凶を倒してしまうのではだめなのかね?」

「あぁ、この世界の決まり事みたいなもんでな。」

 ディンはやれやれと首を横に振り、ウォルフを見やる。

 ディンにとってもウォルフは謎が多い存在だ、何せ自分の管轄する年輪の世界の外側から来たのだから。

 英雄、とは言うものの、その実態が掴めない。

しかし今は協力関係にあるのだから、警戒しつつ有難いという所だ。

「回りくどいがまあいいだろう、それが君のやり方なんだろう?竜神王サン。」

「いや、今回のは特別ってか特異ってか、まあそんな感じなんだよ。」

「成る程、だから我々を招集したと言っていたな。」

「まぁウォルフさんはそっちが寄こしてきたってのが正解だけどな、そういうニュアンスでいいよ。」

「了解した、では後はここに連れてくればいいんだな?」

「おう、予定通り頼んますわ。」

 ウォルフはそれだけ言うと消えてしまい、ディンは一人になった。


「父ちゃん、次は僕の番?」

「そうだな、竜太にもそろそろ行ってもらおうか。」

「わかった。」

「でもその前に、だ。」

「何?」

 ディンは竜太を茶室に呼び、座るように促す。

「ここに来る前、教えておいた事覚えてるか?」

「ここに来る前?掟ってやつ?」

「そうだ、俺達が異世界に渡るにあたって、守らなきゃならない掟だ。」

 一つ、異世界の人間に感情移入してはいけない。

 二つ、自分の世界の事を喋ってはいけない。

 三つ、必要以上の干渉をしてはいけない。

 これは先代の竜神王が、世界を分割したときに作った掟であり、竜神ならば絶対に従わなけらばならない。

 例えそれが、王であったとしても。

「竜太、竜太には俺がもしも死んだ後を継いでもらわなきゃならない、だから今回同行させた。」

「うん。」

「継承者としての使命を忘れるなよ?じゃないと……。」

「じゃないと?」

 ディンの含みのある言い方に?を浮かべる竜太。

「世界全体が崩壊する、つまりこの年輪の世界全てがだ。勿論俺達の世界も、だからこれは守らなきゃならないんだ。」

「わかった。」

「くれぐれも頼んだぞ、竜太。」

「うん。」

 親子は真剣そのものといった顔で頷き合う。

「あれ、でも外園さんにはこの事話してあるんだよね?」

「あぁ、彼は今回外側の人材として協力してもらってるからな。」

「それって掟に反する事じゃないの?」

「今回は特例的な世界だからな、そういう所は柔軟にならないといけないんだ。」

「なるほどね。」

 竜太はうんうんと頷く。

「他に質問あるか?」

「ううん、今のところ大丈夫。」

「じゃあ、行ってらっしゃい。」

「行ってきます。」

 まるで家を出る時のような挨拶をして、竜太を送りだす。

そして自身の周りに魔法陣を形成すると、何処かへ飛んでいった。


「よ、デイン久しぶりだな。」

……ディン、久しぶり……

「ドラゴン体から人間体にはなれねぇのか?」

……うん、そうみたい……

「成る程なぁ、すまねえな俺のせいで。」

……ううん、いいんだ。所で、今回は竜太も一緒なの?……

「ああ、竜太にも同行してもらってるし、他の世界の奴らにも手伝ってもらってる。」

……敵の情報は?……

「まだ掴みきれてねぇんだ、悪い。」

……そっか、ディンでも難しい相手なんだね……

「そうなるかな、どこにいるか気取られないようにしてやがるみてえだ。」

……でも……

「まあやるさ、それが年輪の世界の守護者としての役割だからな。」

……そういうと思ったよ……

「それよりデイン、体の方は平気か?」

……平気だよ?……

「あれから一万年経ったけど、まだ動けねぇんだろ?」

……でも、だいぶ意識ははっきりしてきたからね、ここ2000年くらいで……

「そっか、ならいいんだ。所で……。」

……なに?……

「どうして蓮を選んだんだ?助けたいだけなら他にやりようがあっただろ?」

……

「なんか俺にも言えねぇ事があるのか?」

……彼はとても悲しい、それを救い上げてあげられるのはディンだけだから……

「だからって戦争に突っ込む必要があったか?力まで与えて。」

……どうだろう、僕にはそれ以外思いつかなかったから……

「そうか、まあ仕方ねぇ。」

……ごめんね……

「怒ってるわけじゃねえんだ、ただ疑問に思ってよ。」

……そっか……

「じゃあ行くわ、また会おうぜ。」

……うん… …

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