1、青春の残滓(4)
全ては繋がっている。いつもと違うことが起きて、僕がこうしていつもと違うことをしている。それでも僕の気持ちは昨日も今日も変わらない。そう、これは違うようで同じなのだ。僕がサクラを好きだと認めてから、今日までの間、僕は何一つとして変わっていない。だから繋がってる。全ての行動は、僕自身がしたことでその終着点はいつもと同じであってもおかしくはない。だからきっとこうして僕は小さな奇跡を起こしたのだと思う。
図書館の中に入った僕は、机に座って本を読む一人の女の子を見つけた。茶髪の彼女が静かに本を読んでいるその事がどうにも不思議で。僕は本棚の間から彼女のことを暫く眺めていた。遠くで眺めるのも、画面越しに見るのも、変わらない。結局のところ僕がそこにいないということには変わりがない。サクラと僕は同じ世界にいない。それがこれからもずっと続く。いつもと違う日が訪れたというのに、僕が変わらないからそれは変わらない。
変われよ。と思った。
変われ。
これは機会だ。
この変化の波に乗らずして、この先自ら変化を起こせるとは到底思えない。
変われよ。
変われ。
しがみつけよ。
僕も。青春とやらにしがみついてみせろよ。
最底辺なんだろ。
このまま肥溜めみたいなとこでぐちゃぐちゃと流されるだけの人生を歩むのかよ。
それじゃあお前自身が残り滓になるだけだ。
落ちてくるもんを拾うだけで満足か。
もう嘘をつくのはやめろ。
変われ。
変われよ。
僕は……一歩踏み出した。
一歩、二歩。本棚の間から抜けて、サクラの座る席へ。
そして言う。
「本とか……読むんだね」
サクラは僕の存在に気づくも、一瞥だけしてそのまま本を読み続けた。心が折れそうだった。でも僕はしがみついた。惨めに。食らいついた。
ここにはよく来るの?
小説が好きなの?
何かオススメとかある?
するとサクラはゆっくりと口を開いた。
「ここ、図書館だから」
言われるまで自分しか見えていなかった。静まり返ったこの場所で、声を出しているのは僕だけだった。
「……ごめん」
「いいから、黙れよ」
その後数分して図書館内はチャイムが鳴り響いた。どうやら閉館の合図らしかった。サクラは無言のまま席を立つと、読んでいた本を棚に置いてそそくさと去っていく。僕はそれを追いかけた。
「サクラ……さん!」
僕を無視して自転車を駐輪場から出そうとするサクラをどうにか引き止めようと試みる。いくら声をかけてもサクラは返事一つしてくれはしない。
サクラの興味を惹くもの、サクラが好きなもの、それがわかれば話を聞いてくれるんじゃないかと思った。でも何一つとして思いつかなかった。僕はサクラの全てを知ったつもりになっていた。しかし所詮僕が知っているのは映像に映るサクラだけだった。あのサクラからわかることなんて結局のところサクラの一部分でしかない。そんなことに今更気づいて、そして僕はそんな極一部の情報源の中から、ある一つの解を見つけ出す。ただこれはあまり使いたくない手法であったが、背に腹はかえられなかった。今日を逃したら僕はまたサクラと話す機会を当分の間失うのだ。僕は言った。
「A君の……どういうところが好きなの?」
僕はA君の名前を口にする。こんなことを聞いたところで僕になんのメリットもない。でもこの話なら。サクラは食いついてくれるのではないか。
「……は?」
思った通りだった。
「なんでそんなこと聞くわけ?」
サクラは食いついた。でも今までどんな話題を振っても反応してくれなかったというのに、A君の名前を出しただけでこうもいとも容易く釣られるというのはどうも複雑だった。
「いや……単純に……気になって」
「あ、そう」
サクラは遠くを眺めていた。僕の方を向いてはくれない。いつだってそうだ。サクラはいつだってA君の方を向いていて、一瞬たりともカメラに視線が近づいたことはなかった。こうして二人で話していてもそれは変わらない。そしてサクラは言うのだ。
「……全部、かな」
遠くの方を眺めながら、ポツリと、呟く。僕には見える。トロリと落ちる青春が。A君を想って発したその言葉には僕の部屋に落とす青春とは違った上品な青春があった。
「じゃあ行くから」
サクラはそれだけ言うと自転車に跨る。
「待って!」
僕はサクラの背中に呼びかける。
「何? もういいだろ」
「もう一つ、もう一つだけ聞かせて」
僕はサクラの顔を知っている。声も。身体も。癖も。性感帯も。読書が趣味だということも。でもA君はもっとサクラを知っている。僕なんかよりもずっとサクラを知っている。だから僕がA君に勝るものなんて一つもありはしない。わかっている。わかっているのに。僕は愚かだった。
僕は青春にしがみつこうとした。惨めに、愚かに、滑稽に。
「もし、他の誰かがサクラのことを好きだと言ったら……サクラはどうする?」
僕がサクラを引き止めてまでしたのはあまりにも馬鹿な質問だった。他の誰かというのは僕に他ならない。勇気がない僕は、他の誰かという言葉を借りなければ自分の言いたいことすら言えやしなかったのだ。
サクラは自転車に乗りながら振り返る。その顔はサクラが僕の家の玄関を通る時と同じで、不機嫌そうな表情だった。
「なにそれ、だっさ」
本当、その通りだ。
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