バーテンダーは夜を隠す

北きつね

第一章 バーシオン

第一話 バーシオン


 繁華街の外れにある寂れた雑居ビル。

 その地下でひっそりと営業をしているバーがある。このバーは昼の1時から営業を開始して、夕方には店を閉めてしまう。


 少しだけ変わったバーテンダーが居る。店名は、”バーシオン”ありふれた名前のカウンターだけの狭いバーだ。


「マスター。いつもの」


 客層は、営業時間の関係もあるが、夜の店で働く”ワケあり”な者たちが多い。

 素性は誰にも語らない。誰も聞かない。この街で働く、最低限のマナーだ。


「それを飲んだら、今日は帰ってください」


 カウンターに座った女性は、”いつもの”モヒートを頼んだが、出てきたのはノンアルコールカクテルのヴァージン・モヒートだ。


「・・・」


「いい子は帰る時間ですよ」


「わかった」


 女性は、カクテル・グラスを持ち上げてヴァージン・モヒートを煽る。

 乱暴に、飲み終えたグラスをカウンターに置いた。そして、椅子から勢いよく立ち上がって、持っていたバッグから財布を取り出す。


 マスターは、女性がバッグから取り出した財布を開けようとするのを制した。


「マスター?」


「ここは、バーです。子供から”金”を取る場所ではないのですよ」


「え?」


「貴女みたいに、この世の不幸を背負い込んだようなかおをしているような人を”子供”って言います」


「な!私が!」


「知りませんよ。貴女が、どんなに辛いのか、私にわかると思いますか?それとも、”辛いよね。わかる”と言って欲しいのですか?子供をあやすように頭を撫でて欲しいのですか?」


 女性は黙ってマスターを見つめる。


「貴女が辛いのは、貴女だけの気持ちです。だから、その気持で周りに居る人や、貴女を心配してくれる人に、そんな辛そうな顔を見せないでください。辛い時にこそ笑え。笑えないのなら、それは貴女の中で、その程度の気持ちなのです。笑えて、初めて、貴女が辛さと向き合える。今は、足がつかれたと言って座り込んでいる子供と同じです」


 女性は、財布をバッグに締まってから、椅子を直した。


「今日は帰る。今度は、美味しいモヒートを飲ませて」


「わかりました。その時を楽しみにしています」


 女性が、ドアを閉める。

 地下の廊下に、女性の足跡が響いた。階段を上がる音が、静かな店内にも聞こえてくる。


「帰った?」


 店の通用口を開けて、軽薄そうな男性が入ってきた。


「あぁ。それで?」


 先程までの、女性を優しく見ていた表情から、冷たい”物”を見るような表情に変わる。口調も、柔らかい優しいマスターから、冷徹な男の声に変わる。


「相変わらずですね。安城」


「その名前で呼ぶな」


「はい。はい。調べましたよ」


 男は、慣れた手付きで、マスターの前に座る。


「それで?」


「マスターは、もうちょっと僕を労ってくれてもバチは当たらないと思うけどな」


 男は、持っていた書類ケースから一枚のマイクロSDカードを取り出す。


「それで?」


 マスターは、手に持っていたアイスピックを、男に向けた。


「怖い。怖い。黒ですよ。被害者は、最低でも5名。詳細に調べれば、桁が1つ増える可能性もある。詳細は、いつもの方法にしてあります」


 男が差し出したマイクロSDカードをマスターは生真面目な表情で受け取って、胸ポケットにしまった。


「それで、依頼主は?」


「被害者の家族です。噂を頼って、夜に訪ねてきました」


「そうか・・・」


「はい。詳しくは・・・」


 男は、自分の胸を指差す。マスターがしまったマイクロSDカードを指し示している。


「わかった。方法の指定は?」


「うーん。被害者は”事故”ってことで処理されちゃって・・・」


「そうか。それで?」


 マスターは、男を睨みつけながら、話を続ける。男は、マスターを見てから、ため息をついた。そして、立ち上がって、店のドアに鍵をしてから、店の案内灯を消した。

 男は、マスターの前に座り直して、持っていた別のSDカードを取り出した。マスターは、男からSDカードを受け取って、店に備え付けているプロジェクターに挿入した。


 いくつかの画像が順番に表示される。

 新聞の切り抜きや雑誌の記事だ。


「わかった」


 彼女は、事故死した。新聞は、簡単に報じていた。

 週刊誌が、面白おかしく書いている。ホストにはまって、貯金を切り崩して、莫大な借金を抱えた。そして、ドラッグにはまった。薬のやり過ぎで死亡した。したがって、事故死だ。事件性があるのにも関わらず、警察は捜査をしなかった。


 男は黙って、次の画像を表示させる。


「親もターゲットか?」


「そう。親の親もターゲットと考えている」


「親の親?」


 次の画像が表示される。


「ん?これは、そういうことか?依頼者は、ここまで望んでいるのか?」


「そうですね。マスターならできるでしょ?」


「そんな力はない。ただ流すだけだ」


「はい。はい。そうですね。それで、この上級国民様は、マスターに任せて大丈夫?」


 マスターが男を睨む。


「確実に沈めるのに時間が必要だ。依頼主は、待っていられか?かなりの高齢なのだろう?」


「・・・」


「どうですか?」


 マスターは、冷めた目つきで、男を見つめる。男は、マスターの視線を感じながら、なおもごまかそうかと考えをめぐらしている。


「マスター?」


「どうする?依頼主を待たせても大丈夫なら、方法を考える」


 マスターは、アイスピックで氷を砕いている。男は、マスターの手付きを見ている。


「何度見ても惚れ惚れしますね」


「なにが?」


「マスターの手付きですよ。僕は、マスターの手が好きなのですよ。汚れても、それでも綺麗な手が・・・」


 男の言葉で、マスターは氷の形作りを止めて、ゾンビグラスを取り出して、ドライ・ジン/レモンジュース/ジンジャエールを注ぐ。ビルドを行って、男の前に出す。


ジンバック正しき心ですか・・・。洒落が効いていますね」


 男は、それ以上は何も言わないで、ジンバックを飲み干す。


「僕がやる」


「悪いな」


「いいですよ。マスターの手が汚れるのは、約束が違いますからね。でも今度は、ジンライムを作ってよ」


「お前には、カンパリソーダで十分だ」


 男が飲み干したグラスを片付けてから、マスターは一人分のジン・トニックを作って、3つのグラスに均等に注いだ。一つを、男の前に置いて、一つを自分が持つ、もう一つをテーブルに置いた。

 テーブルに置いたグラスにグラスを合わせて、自分の目線の高さまでグラスを持ち上げてから、二人はジントニック強い意志を飲み干す。


 1週間後に、警察官の息子がホストをやっているという記事が週刊誌で掲載された。息子の事故だけではなく、事件と思われる事案のもみ消しを行っている疑惑があると報じていた。息子の経営していたホストクラブは、店に来た女性だけではなく、街で拉致した女性を無理やり店に連れ込んでいた。それだけではなく、薬を使ってから犯して脅す。女性は、泣き寝入り状態になっている。翌日の続報では、もっと詳しい記事が書かれていた。

 男は、繁華街から姿を消した。父親は、マスコミの取材攻勢を躱すために入院した病院で”病死”した。


 翌日、警察官僚の運転する車が、アクセルとブレーキの踏み間違いで、自宅の壁に追突する事故を起こした。警察官僚は、踏み間違いではなく、車の故障だと証言したが、マスコミ各社だけではなく、世間も失笑で迎えた。その翌日、官僚が病死した父親の病室から帰る姿が報道されてから流れが加速され、警察官僚の性癖までも暴き出された。連日のように、警察官僚の不正な行動が報道された。


 ここは、繁華街の外れにある静かなバー。

 自分のことを話さない年齢不詳の変わったマスターが居るバーシオン。営業時間は昼間だけ、この店には”夜”に疲れた人たちが、夜を癒やすために訪れる。


 店の奥には、いつから飾られているかわからないが、ドライフラワーの紫苑が吊るされている。

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