大斎院
高麗楼*鶏林書笈
第1話
朝の御勤めを済ませ一段落した姫宮は、いつものように書物を開いていた。目は文字を追っているが、その内容は頭に入らない。
側に仕える女房たちも落ち着かない様子である。
しばらくすると、取り次ぎ役を担当する女房が姫宮の前にやって来て申し上げた。
「帝からの御言葉は“引き続き斎院に任命する”と言うことでした」
このように女房が伝えると姫宮の顔には笑みが浮かび、側仕えたちも思わず歓声を上げた。
十二歳で斎院に卜定されて以来、十年間賀茂の神さまに仕える生活をしているが、姫宮はこの暮らしを気に入っていた。それは彼女に仕える女房たちも同様だった。
これで、当分の間、現在の生活を続けられる、皆、安堵し、嬉しく思うのだった。
だが、世間はそうは思っていないようだ。俗世を離れ、外部との接触を制限されている斎王(斎宮、斎院)を気の毒がり、若い女性が恋も出来ない状況に同情する向きもある。
だが、姫宮は自分が不幸とは感じなかった。外部の人々とは文のやり取りは出来るし、男性と恋などする気もなかった。というより、そのようなことに全く関心なかった。
それは、彼女に仕える人々も同様だった。
言い寄ってくる公達が鬱陶しくて斎院の女房になった人もいるほどである。
今回即位された帝は幼いので、しばらくは自分たちも今のままであろう。
そう思うと晴れやかな気分になる。
「今日は久しぶりに歌合でもしようか」
姫宮が弾んだ声で言うと女房たちは、さっと左右に分かれる。
「お題は‥今の季節“夏”しよう」
こうして賑やかに歌合は始まった。
その後、姫宮は四十年以上、斎院を勤めた。
在任中は神への奉仕の他、宰相、馬内侍、中務、中将、右近等の才能豊かな女房たちを従えた宮廷外の文化サロンの主宰者として活躍した。
そして退任後は出家し今度は仏さまに仕える人生を送った。
五十七年間、五代の帝の斎院を勤めた選子内親王。大斎院と呼ばれる彼女は生涯、男性との(恐らく女性とも)恋愛関係はなかったようだ。だからといって、彼女の人生はつまらなく不幸だとは言えないだろう。自身に与えられた勤めを果たし、和歌や物語を楽しむ生活は充実したものであっただろう。
大斎院 高麗楼*鶏林書笈 @keirin_syokyu
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