第4話 親子

家の玄関につくと、まだ2月だというのに、じっとりとアキは背中に汗をかいていた。



転生前は、ブラック企業に勤めて燃え尽き、心療内科に通い休職まで薦められたあげく、体重も10キロ落ちて最後の通院日に人生を終わらせる事まで決めていた。



「お母さん、お腹すいた」

玄関で、自分で一生懸命に靴をぬぎながら、アキの妹、泉に罵声をあびて泣いていた娘の愛の目が真っ赤に充血している。



無意識に、アキは愛の頭をなでていた。愛はアキを見ると、にっこり笑う。辛い思いをさせたと思い、もう一度、愛をなでた自分の手が、ふっくらとし、それなりに体重が戻っている事に驚いた。



「ご飯まで、お部屋で遊んでる!」

愛は、少し元気を取り戻してパタパタと走り台所で手を洗うと、自分の部屋に行った。



アキは、ほっと胸をなでおろした。転生する前は、独身で子供もいなかったので、子供でこんなに一喜一憂するとは思わなかった。



突然、自分のらしいカバンに詰めこんだスマホに電話があった。着信を見ると母親からだった。


うつ病になり仕事も辞めたアキを散々、遠ざけ妹家族と住み大切にしていた母親から電話があるたび、転生したとは言え、胸の鼓動が速くなる。



母親と最後に連絡をとった時に言われた言葉が「私にいつまで苦労かけさせるのよ!」だった。



しぶしぶ、電話に出ると弱々しい母親の声が聞こえた。



「さっきは、ごめんね。愛ちゃんにあやまっておいて。アキも悪かったわね・・・まったく、泉もいつまで私とアキに苦労かけさせるんだか」

最後の母親の言葉に、アキは衝撃をうけた。それは転生前、母親がアキに言った言葉だ。



立場が逆転しただけで、母親は同じ事をアキではなく、妹の泉に言っているだけ。アキは愛の夕食を作らなければいけないからと言って電話を切った。



心臓が早鐘のように脈を打つ。また今度は母親からLINEがきた。


明日、泉を通院しているハヤセエイトクリニックに連れていきます。



「えっ」

思わずアキはスマホを落とした。


同名の病院がなければハヤセエイトクリニックは、アキが退職後に通院していた心療内科だ。



ますます混乱したが、いつまでも玄関にいるアキを心配したのか愛がひょっこり顔をのぞかせる。腕には、アキが妹の娘、姪っ子にいつか買ってあげたのと同じ、女の子に大人気の女の子が戦う戦闘もののキャラクターのぬいぐるみを持っていている。



「ごめんね。今からシチュー作るから」

アキが笑うと、愛がわーいと言って部屋に戻った。



アキは、落としたスマホを取りながら嫌な気分になった。



私が欲しかったものが、目の前に全部あるのに。



いくら嫌いだった妹が、転生前の自分と同じ言葉を母親から言われている。



これは、アキが転生前に経験したからこそ心の底をざらつかせる気持ちだ。転生前に妹の泉は実家で自分の家族とアキをさげすむような態度までとった。



どこかで、優越感を感じながらも、嫌な気持ちになるのは私だからなのか。



アキは、母親の自分の代わりに母親から妹に言った捨て台詞を心の中で反芻(はんすう)しながらも、台所に向かった。



今は、転生して他ならぬ自分も愛の親なのだから。毎日は時間と共に進むのだから。





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