ホコの実
「他のお客に迷惑だろう?」
地面に転がった伍長とブオゴに掛けられた少佐の言葉に、二人は体を起こしながらも、
「けっ…!」
と顔を逸らしました。
まったくもう……
けれど少佐はそんな二人のこともそれ以上叱責することもなく、
「いらっしゃいませ」
と、怯えた様子で森の陰からこちらを窺っていた人影に笑顔で声を掛けたのです。
ふわふわした感じの薄茶色の体毛に覆われ、頭には長く伸びた耳。赤い瞳。完全に兎の意匠を持つ獣人。<
基本的には争いを好まない臆病な性格で、だから遠巻きにしてたんでしょう。それでも逃げなかったところを見ると、どうしても欠かせない用があったのだと思われます。
獣人の顔の見分けは正直今でもはっきり見えないとできないことも多い。特に
「いらっしゃい。メイミィ」
彼女を安心させようと思って、私も笑顔で出迎えます。
すると彼女も安心したのか、やっとすすっと歩み寄ってきました。
「ホコの実……」
少したどたどしい感じで彼女はそう言います。
『<ホコの実>が欲しい』
ということだと察せられます。
「ホコの実だね。待ってて」
私は店に戻って、丸太から削りだして作った容器に入ったそれを取り出し、彼女に渡しました。
<ホコの実>は、鎮静作用のある果実です。彼女がそれを求めるということは、妹のレミニイがまた癇癪を起こしたんだろうなって分かりました。
今から与えに行くんじゃなく、家に常備してるのを使ってしまったから、補充しに来たんでしょう。
メイミィの妹のレミニィは子供の頃から強い癇癪を起こす持病があって、発作を起こすとホコの実を与えて落ち着かせることが必要でした。
ただ、ホコの実は、なってるのを見付けるのは結構大変なので、発作を起こしてから探してるとその間に暴れて怪我をしたりさせたりっていうことがあるから、ここ<よろずや>で手に入れて常備しておいて、使ったらまたもらいにくるようにしてるんです。
「はい。レミニィは大丈夫?」
私はホコの実を渡しながら尋ねました。もし怪我とかしてたらまた少佐に往診に出てもらわないといけないし。
でも、
「だいじょうぶ…寝てる……」
メイミィがそう応えたので、私もホッとする。ホコの実が効いて落ち着いたんだと思います。
そうしてメイミィは自分の家に帰るべく森に入っていきます。
で、興が削がれたのか、ブオゴも、
「カエル……」
と言いながら立ち上がり、ズカズカと大股で歩いて、メイミィとは別の方向に消えたのでした。
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