第8話 ダイヤの結婚指輪のネックレス
「腐っても、魔王! ようやく盾の使い方を覚えたか! だが、遅い! もろとも消えてなくなれ!!」
「うるせぇ。ばーか」
私の陰に隠れるように少し屈んだ魔王様は、仏頂面でそう呟いた。目の前でぱちんと指が鳴らされる。その指と翻った白衣の裾が私の横をすり抜けて、それを追って振り返ろうとした私の視界は、真っ白に染まった。雷の落ちたような轟音に思わず耳を塞ぐ。
痛くもない。熱くもない。ただ、空気も地も少し震えている。
後ろで纏めていた髪が、バラバラと落ちてきて、世界は静けさと色を取り戻していった。
勇者は倒れ、その横に膝をついた魔王様が、手に小さなペットボトルを持って彼を覗き込んでいる。
「……くっ……何を、のま、せた」
「超小型のリモート爆弾。スイッチは彼女が持ってる。良かったな。彼女が無事で。おとなしくしろよ? まあ、さっきので魔力もあんまり残ってないだろうが」
「ふん。そんなもの、すぐに取り出して……」
「言っとくけど、こっち、魔力回復しないから。使い方に気をつけろ?」
「……は?」
「残りは回復に全振りするんだな。切れた時がサヨナラだぞ」
呆然とする勇者を尻目に、魔王様は落ちていた剣を拾い上げて私へと差し出した。
「これ、厳重管理。ちなみに、アレも厳重管理。実験棟の一部を改装しなきゃならんかもだが。まあ、しばらくは地下だな」
「……魔王様」
「ん? ……って、お前っその、髪……あ、まて。よし。大丈夫だ。魔力の取り戻し方はわかった。すぐ直してやるから、な!」
長さの不揃いになった髪を見て、慌てた魔王様はひょいと人の顔を上向かせ、キスをした。
「……あれ?」
もう一度。
「……なんで? ……あ。そうか。下僕! お前からすればいい……にょっ」
片手で顎を掴み上げてやる。
「なんでキスしてもらえると思ってるんですか」
「ひん?」
私は剣を抱えたまま踵を返して、ポケットからスマホを取り出した。地下の面々に安全を告げて、後処理に動かねばらならない。
「な、何を怒っているのだ?」
「わからないなら話しかけないでください。アレ、一応拘束して」
鋭く指差せば、ビクビクと魔王様は従った。
○ ● ○
許していないわけではなかった。私が感じた絶望と、窓から出ていく前の魔王様の絶望は、きっと同じものだっただろうから。お互い様、だ。
「戻った魔力を全部下僕の守りに回した」から、勇者の攻撃は私に傷をつけることはないと判っていたのだと(見積もりが甘かったようだが)、しどろもどろに言い訳されれば、それ以上責めるべくもない。差し違える覚悟が、誰も(勇者さえも)死なずに事が収まったのだから、褒めてくれと彼はむくれた。
勇者に飲ませたカプセルは、実は爆弾ではなく毒が入っている。どちらにしても危険なものだが、カプセル自体は胃でも溶けない物質でできていた。すぐにどうこうはない。魔王様も解っていて脅しに使ったのだ。
屋上から工事の進捗を眺めていると、コソコソと様子を窺う気配がした。
「……なんですか。褒めませんよ」
「……!! くそぅ下僕の癖に! こんな工事など、魔力を戻せば俺がすぐに直すと言ってるではないか!」
「工事の人も仕事です。これでお金が入るのですから、無闇に手を出すものでもありません。褒められたいのなら、あれを元に戻すくらいしてみてください」
更地を指差せば、彼はきょとんと首を傾げた。
「あの規模だと、先日程度の回復量では一度では無理だ。褒美も付けてもらわねば」
耳を疑う。
「でき、るの」
「できる。住民も戻せる。時間を止めて次元をずらしただけだからな」
その理論は、よくわからないけれども。
「……褒美って、世界とか言われても困りますよ? 私が差し上げられる範囲でしか確約できません」
「世界は他人にもらうものではない。それでいい。後で必ずだぞ。少し、欲しいものがある」
そわそわと、ちょっと頬染める様子に、なんだかどきりとした。
しばらく見つめ合った後、ぎくしゃくと掠めるように唇が触れる。怯えているようなキスは、トールそのものだった。思えば、私も「愛している」と言ったことはなかったかもしれない。背に腕を回してやれば、ようやく安心したように抱き締め返された。
「回復量がまちまちなのは、どういう理屈なんだ? ……まあ、いいか。お前とこうするたび、体の奥からうるさいくらい声がするんだよな」
「どんな声ですか?」
「『マリア』。ずっと、呼んでる」
見上げて、そうは見えない静かな瞳に捕らえられる。無口にもほどがある。そう、実感した時、自分の中に風が吹いた気がした。
「お。すごい。なんだ。時間差か? どうなってる? 下僕、わかってるなら教えろ」
「知りません」
彼の胸に顔を埋める。
ちっと打たれた舌打ちも、なんだか軽やかだった。
一週間ほどかけて、更地だった場所に街が戻った。
住人もペットも元のまま。
世界を騒がせた街消失騒動は、サガミ
批判はあったものの、人的被害もなく元に戻したのもトール・サガミ。謹慎と罰金くらいで人々の口は閉じていった。罰金の支払いのために、現金以外の資産確認にと銀行に行ったとき、トールの二つ目の貸金庫を見つける。本人に開けさせれば、中からは三段のジュエリーボックスが出てきた。
どの段にもデザイン違いのダイヤの指輪が並んでいて、一同の生温かい視線が私に注がれたが、当の本人は「俺の趣味じゃない」と首を傾げていた。
「あー。褒美の件、だが」
最後の地域を戻し終わったその夜、魔王様は改まって切り出した。
「はい」
「以前は、見ているだけで、その、よかったんだが」
「はい」
「だんだん、だな。存分に、触れて、みたいと……」
そっと視線を外され、眼鏡を指の背で押し上げたりしている魔王様の顔は赤い。
つられて頬染めながら、私も下を向く。
「……はい」
「いい、だろうか」
「魔王様の、お好きに」
「本当か!? 二言はないな!?」
弾んだ声に、少し緊張して身を固くする。
足取りも軽く近づいた魔王様は、手を伸ばして――私のマウスを握った。カチカチと画面を操作する音が聞こえる。
「え?」
振り向けば、いくつかダウンロードされた動物動画のひとつが再生されていた。
「こいつなら、この部屋にいてもそう邪魔にもならんと思うのだ! 買ってくれ。ハムスター!」
全開の笑顔に、思わずパソコンをめり込ませたこと、謝らなくても問題ないですね?
最近、我がサガミ
○ END? ●
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