第14話 右か左か 上

「チーズも悪くないんだけどやっぱり和風もいいかも」

 汐里はメニューをじっと見つめて言っている。

「ほんと、汐里はいつも悩むね。どっちでも同じだって」

 肩ひじをついて頬に手をあてて困ったように笑った。

「僕はデミグラスソースにするつもりだけど、少しシェアしてもいいからさ」

「それでもさ。私ダ最近ふっくらしてきたからチーズは天敵なのよね」

「今くらいのほうが健康的で僕はいいと思うけど」

 目の前の彼氏が褒めてくれてるのに汐里はあいまいにうなづいただけでまだメニュ―を見つめている。しかし、彼氏はそんな煮え切らない汐里のことを意に介さずに呼び出しボタンを押した。

「もう押したからそれまでに決めてね」

「えぇ? 今日は早くない?」

「僕もおなかすいてるんだ。ほら、もう店員さんが来るよ」

 付き合ってから、二人で食事をするときはいつもこうだった。店員さんが呼ばれるまでが汐里の悩む時間。決めることができない汐里にとって時間制限があるほうが帰って助かった。だからこのことで怒ることはない。

 店員が来てからも汐里は散々悩んでから結局和風おろしのハンバーグを選んだ。本当はまだチーズに未練があったが一度決めてからは考えないようにしている。それでも彼氏の前でだと少しだけ我が儘になってしまう。店員の自分たちの外側の視線を普段なら気になるのだが、こういう時には自分たちへの演出にしかみえない。汐里はにこっと笑顔になって店員さんが立ち去ったテーブルで得意になる。

「今回の映画いまいちだったね」

「雑誌の紹介では楽しそうだったのに」

 二人はさっき見た映画の感想を言い合っているが今回は琴線に触れなかったようでどちらかといえば愚痴が多くなる。互いに気を使ってはいるが無理に愛想を言わなければならないほどではない。

 彼氏はカバンからパンフレットを取り出して汐里に見えるようにした。

「今回も買ったの?」

 汐里はパラパラとページをめくりながら言った。

「毎回買うって決めてるからね。昔親に連れて行ってもらった時からだからね。今は実家にあるけど」

 二人はデートの時間を楽しみながら休日を過ごした。汐里は自宅に帰ってからもスマホを片手に余韻にひたる。今度休みの日に部屋に行ってもう一度パンフレットを見せてもらおうと考えた。


 付き合った時にはそんな風になるとは思っていなかった。気が付いたら彼に連絡を待つ時間が長くなって、周りからも言われるようになって、彼もそれ以上に私との時間を楽しみにしてくれて。それでも汐里が付き合うと決めるまでにはそれなりの決心が必要だった。恋愛経験の豊富でない汐里であっても彼の態度が何を意味しているのかわからないわけではなかった。幼いころから物語に魅せられていた汐里はその優位な時間をもっと味わっていたいと思っていたのだが、この彼でいいのかどうかという葛藤が付きまとっていた。大学の抗議で葛藤について学んでいる時に汐里はそれを自分自身に置き換えて大げさに考えたりした。結局最後には彼以外の存在という選択肢は架空でしかないし、何かあればその時に別の選択をしたらいいとしてそれを受け入れることにした。付き合ってからも頭の片隅にそれが残っていたが、今は胸の片隅にしまっておくことにしていた。

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