第10話 空に舞うタンポポ 下

 週末にはバイトが詰まっていた。シフト制なので希望をすれば休むこともできるのだが、愛美は予定が入っていることが殆どなくて働いていることが多かった。平日は学校があるため働くことができず必然的に週末が彼女の担当になっていた。それでもあまり客足が増えない店内では針が進むのが遅くなる。掃除でもしてみるけれどそれにも限度がある。外からは見えないようにしてスマホを触ってみたけれど、愛美の中で何か違うようであまり気が乗らない。それに今日は学校の友人は合コンのはずだったので連絡することもできない。愛美は接客をしながら日が傾いていくのを眺めていた。


「愛美ちゃんお疲れ、そろそろ時間だよ」

「はい、後はお願いしますね」

 愛美はエプロンを外すと、鍵を渡してタイムカードを通してから次のシフトをスマホにメモをした。スーパーの割引の時間まで少し時間を潰したかったけれど店を回っているとお金がないのに何か欲しくなってしまいむなしくなるだけなので止めておいた。街中を歩いている人たちも、帰路について駅へと向かう人たちと、これからご飯でも食べに行く人たちとの間でごった返している。皆、ゆっくり周りを散策しながらなので愛美とは歩幅が違う。一本筋を外して住宅街になっていて人の少ない通りを選んで歩いていく。夜になるとどこか忘れられたように閑散としているところだったが、それが今の愛美にとってはちょうどよい。犬の散歩をしている人が正面から歩いてくる。愛美は軽やかに主人の顔を見ながら駆けていく白い犬を見送りながらスーパーへと足を運んだ。

部屋にはまだ昼間のぬくもりが残っていて風が通らずどこか湿気が沈殿している。全身ににじむように汗が出てきて服がねばりついてくる。窓を開けて少しでも外の空気を取り入れ、シャワーを浴びて部屋着に着替えた。クーラーをつけようか少し悩んだけれどカレンダーを見てリモコンを机の上に戻した。いつか商店街でもらったうちわで仰いで気分だけでも紛らわす。はっきり言って食欲が湧かないが早く食べないと買ってきた総菜がダメになってしまうと思うと口の中に強引にそれを放り込んで何度もかんだ。時間が経っていて中々かみ切ることができず薬を飲み込むように力を込めてようやく溜飲した。愛美はそのあとにすぐにお茶に手を伸ばした。実家に住んでた時にはダイエットに効果があると言われて素直にそれを取り入れていたがあれにどれほどの効果があるのか自分でもわからずじまいだった。それはいつの間にかなかったことのようになって、いつもの日常へと戻った。

 とにかくすっきりしたくてすぐに歯を磨いてから音楽をかけて疲労が身体からぬけていくように楽な体勢をとって目を瞑った。すぐに立ち上がって明日の用意をするはずだったが、愛美はいつの間にか眠りについてしまって目が覚めたときにはもう日付が変わる時間になっていた。スマホを見ると沙友里たちから連絡が来ていて、そこには今日の合コンの愚痴のようなものがたくさん書かれていた。愛美はそんな結果になるんじゃないかと予感していたし、それは参加していた友人も同じだったようで、どこか諦めのこもった上での相手に対しての文句が並んでいた。愛美は友人たちを慰めつつも、心のどこかで自分も参加したかったと感じることを否定はしなかった。愛美はみんなとの会話を終えると、次こそは自分も参加するんだと奮い立たせるように立ち上がるとお茶を口にした。それでもやっぱり父からもらったお金を使わなくて良かったと思うし、バイトのシフトの回数を増やして自由に使えるお金を捻出しようとか考えた。メモ代わりに使っている小さなノートにある欲しいものリストの一番下に遊興費と書いて赤丸で囲った。家から持ってきたぬいぐるみの頭を軽くなでると、窓の外に月の光がぽつりと浮かんでいた。近いような遠いところにある月を眺めると、塾の帰りに月を見ていたことを思い出した。しばらくの間ぼうっと見ていると小学生の時に友達と花火をしたことや修学旅行で眠たい目をこすりながらクラスメイトと話していたことが浮かんできた。深呼吸をして、それらをすべて心の奥の方に丁寧にしまいながら今日の出来事もその一つとなって自分になっていくことを感じた。愛美は一つうなづいて月を見納めると窓を閉めて明日からの生活に向けてまた眠りに着くことにした。

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