第7話 かつて見た白木蓮 中

 自宅に帰ってから改めて色紙を見た。中には言葉に困って、適当に何か書いただけのものもいくつかあったがそれでも湯川にとってはありがたく見えた。学年があがるに連れて面倒な役割を押し付けられることもあったし、人間関係の揉め事に巻き込まれたこともあった。それでも部活の一員として何とかやってきたことがこれで報われた気がした。親に頼んで色紙が色あせてしまわないようにビニール袋でラミネートしてタンスの上の一番目立つ場所にそれを飾った。

 先ほど部活の同級生たちと話すときは、自分だけが色紙をもらったという優越感と、彼らに対する申し訳なさから頭の中がどこか浮ついていたが、こうして家族以外に誰も見られることがない場所へと持ち込むと、幸福感が彼を包んだ。それはきっと色紙を見るたびにその感情が蘇ってきて、自分を助けることになるであろうと確信できるほどのものだった。


 学校では部活の友人に会うたびに色紙のことが脳裏によぎったが、間違ってもそのことを口にしないように気を付けた。夏になると部室へ向かう代わりに湯川は塾へと通うことになった。彼は進学希望だったが、推薦を取ったりできるほど学業に優れていたわけではなかったので机に向かっても中々集中力が続かなかった。夏休みに入ったすぐは私服ででかけて学校ではなく塾へ向かうのに違和感を感じたりした。それでも塾へ行けば部活の時の仲間のうちの何人かがそこにいたので疎外感を感じることなく授業に臨むことができた。

「それでさ、湯川はどこ受けるのさ」

「親は国立がっていうけど、科目絞らないと厳しいから私立かな」

 隣の前田と休憩時間に談笑する。さすがにこの時期になると受験の話題をすることが多くなっていた。

「すげえな。うちなんて理系なら国立じゃないと無理っていうからさ。悩ましいよ」

「何言ってんだよ。おれんとこだって奨学金前提だよ。推薦取るのは難しいけど一応基準の内申はクリアしてるみたいだし」

 湯川は奨学金のことについては資料を集めていた。もちろんそれは親から言われたからだが、私立理系でも進学してもいいと言われたことは感謝していた。将来の借金となるわけだし就職で困るようなことがあればどうしたらいいのかわからなくなるが、大学生活に夢を見ている湯川は、そんなことで悲観的な気分になることはなく、むしろ確実に進学できるだろうことに胸を躍らせていた。

「なんだよ、湯川ちゃんと考えてるのか。俺も調べてみるか」

「親の年収がどうのとかあるから、相談しないといけないけどな」

 湯川はいつか行った前田の家を思い出していた。前田の家は玄関から吹き抜けになっていて自分の住んでいる家より随分天井が高かったことが印象に残っている。玄関に飾ってあった小物もどこか外国のお土産らしきものが並んでいた。だから、前田の親が進学先を限定するのはきっと別の理由かもなと思って自分が失言したかもしれないと考えた。

「そっか。親に収入のことを聞くのか。教えてくれるかな」

 しかし、前田の方は湯川のことを気にすることなく、天井の方を見つめて眉をしかめていた。湯川はそのあと、すぐに話題を変えてそれ以上その話から離れることにした。

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