第6話 かつて見た白木蓮 上
湯川はもう一度自分が使っていたロッカーを確認した。いつから使われているのかわからないグレーのロッカーは所々凹んでいて、何かシールが貼られてはがされて端っこに白い後が残っている。開け閉めするたびにきいきいと高い音を立てるが、それもこれで最後だ。蝶番になっている部分はもうすっかり錆びてしまって、いつ取れてしまっても不思議ではない。たった二年ほどしか使ってないはずなのに、何故かそこから離れるのが惜しく感じて、もう一度開けてみようかと思ったが、周りで何か騒がしかったので湯川はロッカーを閉めて後ろを振り返った。
「もうこれで先輩たちが来ないと思うとつまらないです」
「べつに卒業するわけじゃないし、そのうちに顔出すからさ」
湯川は仲の良かった後輩の山本に声をかける。いつもは冗談ばっかり言って好き勝手な事ばかりしていたのに山本の声は震えていた。
「そんなこと言っても。俺じゃまとめられないっすよ」
「最初はそうだったけど、何とかなるもんだよ。俺は副だったけどさ。今年は一年が三人もいるし、みんな出席率も良くて協力的なんだから大丈夫だって」
山本は次の部長として湯川たちの学年から指名されていた。湯川は山本と仲が良かったが、まさか彼が推薦されるとは思っていなかった。それでも、一度彼が部長に決まると、最初からそれ以外の人が部長になることが受け入れられないようなそんな変な空気を感じた。湯川たちはもう一度別れの挨拶をしてから部室を去ろうとしたが、最後に湯川だけがもう一度山本に呼ばれた。何か話しにくいことがあるかもしれないと思い、友人たちに先に行ってもらって後から追いつくと伝えた。
「どうしたんだよ」
湯川は少し感傷にひたりながらも何かあるのかと頭を巡らせた。
「ほら、他の先輩方がいるとちょっと・・・・・・」
山本はそう言って色紙を一枚差し出した。
「え、寄せ書き?」
湯川は何か相談でもあるのかと思ったのでちょっと面食らった。
「はい、俺ら湯川先輩には相当お世話になりましたし、何かできないかって」
「それは、そうかもしれないけど・・・・・・」
湯川は左手で受け取りながら、普段なら出てくるはずの謙遜の言葉が出てこなかった。「さすがに全員の先輩に渡すのは難しかったんで、せめて僕らを担当してくれた湯川先輩には渡そうってなっったんです」
山本たちは並んで一様に笑顔を向けてくれている。それだけで湯川はどうしていいかわからなかったが、頭を下げてお礼を言った。後輩の目の前で取り乱すわけにはいかないと重い筒と次の言葉が出てこない。それでもやっとお礼を言うと、ようやく校門で皆と合流した。
「遅いぞ、いつまで待たせるんだよ」
「ごめんごめん勢ぞろいで待っててくれたんだな」
「何の用だったんだ?」
「いや・・・・・・・、たいしたことはないんだけど」
湯川はどう説明したものか逡巡した。しかし、誰もその内容が真剣に気になっているわけではなかったようで強いて追及するものはいなかった。
「どうせ、定期テストの過去問が欲しいとかそういうのだろ」
「うん、まあ、そんなとこだよ。ほら行こうぜ」
湯川たちは改めて帰ろうとするのだが、何か忘れ物でもしたように先ほどまでいた部室のほうを振り返っている。別にこれで大学の推薦がとれるほど打ち込んだわけでもなかったが、それでも高校生活の数多くの思い出を作った場所だ。明日からも学校は続くが、あの場所で馬鹿な話をしながら部活動することはもうない。しかし、そのことは誰も口に出さなかった。何か背中がくすぐったいような、泣き出したいような気持ちになりながら学校を後にするのだが、もう少しこの時間を続けたくなって駅前にある行きつけのファストフード店で思い出話と、これから待っている受験のこととか、暗くなるまで話していた。
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