炎の霊牢
星村直樹
プロローグ
「全ての魔法は、炎魔法に通ず。これ心理なり」
うちは、火の精霊をまつる神社だ。じいちゃんの話は、いつも伝承の話だったけど、心を躍らせるに足りる話だった。物語風の話で、絵本を読んでもらっている様なワクワク感がすごかった。その最初の口上がこの「全ての魔法は、炎魔法に通ず。これ心理なり」。最初は何を言っているか分からなかったけど今は分かる。父さんは、そんな夢物語より手に職だと、おれに鍛冶師の技術をたたき込んでくれる。でも結局、炎を使っているじゃないかと安堵させられる。最初は、じいちゃんと父さんは、仲が悪いのかと思っていた。
「いいか、ホムラ、これを火だと思うな熱の塊だと思え。熱は物質にも、光にも内在しているんだ」
父さんは、結局、じいちゃんと同じことを言っている。
「熱の流れを見るんだ」
要は、熱せられた鉄の色で、鍛冶のタイミングを見ろと言っていると思うんだけど・・・
「違う、今は、重ね打ちをしているんだぞ。一枚一枚の熱の広がり方が違う。点で打つな。刀身をどう形作りたいか、熱の流れを導いてやれ」
「ああ!!もう、分からないよ」
「熱の流れが見えておらんのじゃろう。スザク、ホムラをわしに預けんか」
「バカ言うな。ホムラは、手に職をつけるんだ。魔術師なんぞにさせてたまるか」
「こら!魔術師なんぞとは、何じゃ。この親不孝者!」
ああ、また、おれの教育でギャーギャーもめだした。おれには、じいちゃんや父さんみたいに火の精霊が見えない。だから二人は、火の精霊が感じている世界をおれに体感させたがっている。それって、おれに火の精霊みたいになれってこと?。精霊を見るより、難しいんだけど。
だからと言って、火の生活魔法が使えない分けじゃあない。火の魔法だって使える。腐っても、アヤベ家の人間だ。アヤベの元の音は、ヤポン。つまり、古代の日本の呼び方だ。だから、アヤベってどういう意味?って友達に聞かれても本当のことを答えたことがない。だって、言い換えれば、日本って意味になる。とっても木っ端づかしい名前になるからだ。
「それにしても、困ったのう。ホムラも12歳じゃ。自分の道を決めんといかん」
「そう、だな・・」
えっ、父さん?
父さんのあんな顔を初めて見た。とても困っているし疲れた顔だ。父さんは、おれを覗き込むように話しかけてきた。
「いいかホムラ。近々大精霊様がやってくる。アヤベ家代々の子供は、みんな大精霊様に、力を授かる。ところがお前は、精霊が見えない。大精霊様は、そんなお前の目を無理やり開こうとするだろう。それが、いくら苦しくても抵抗するなよ」
「じゃあないと、もっと苦しい目にあう。わしの兄は、それが元で居なくなった」
「もう、時間がない。おやじ何とかならないのか」
「こればっかりは、素質じゃぞ。その後の術を覚えたからといって、なんの役に立つ」
「役に立たんか。やっぱり、鍛冶が一番だろ。火をずっと見ていられるんだ」
「バカ者、火の顕現である熱を感じなければ意味などないわい。鍛冶仕事と魔法のどこが違う」
「「は~」」
「おれ、母さんと夕食の準備をするよ」
「そうだな、厨房にも火の神様がいる」
「火の番をしてやれ」
じいちゃんと父さんは、仲がいいんだか悪いんだか。おれは、厨房に、そそくさと逃げた。
家は、火を祭っている関係で、厨房に昔ながらのかまどを使っている。お風呂もそうだ。つまり、蒔きなので、ばあちゃんと母さんは、おれが手伝いに来ると喜ぶ。二人とも、おれが火の扱いが上手いと褒めてくれる。おれは、じいちゃんや父さんみたいに根性で何かするより、褒められて伸びるタイプなんだ。
そうそう、日本に魔法使いなんて聞いたことがないと思うけど、陰陽師と言い換えればいくらでもいることが分かるだろう。それも、小さいころから仕込まれている。それで、鍛冶と魔法のどっちが好きかと問われたら、どちらも好きだと答えたい。実際は、当代の職人や、陰陽師より、おれの方が優れている。でも。アヤベ家では、それじゃあ及第点にもならない。いったい熱って・・・・・。かえで姉が言うには。姉さんは、大学院で、素粒子物理を研究している。姉さんが言うには、「熱は、元素の中でも、ブラックホールの中でも動き回れる素粒子とは別のエネルギー体」らしい。それじゃあ、元素より小さいってこと?と聞くと、だから、それを研究しているんじゃない。と、呆れられる。確かに、そうかもしれない。熱は、光の中にも含まれている。陽が射すと温かい。光子は、元素より小さいにちがいない。
今年は丙午。その上我が家で言う、火の月、火の日、火の刻が、そこまで迫っていた。
あの喧嘩から、父さんたちの修行は厳しさを増している。でも、息抜きもさせてくれる。なぜなら二人は、母さんとばあちゃんに「やりすぎよ」と、怒られたからだ。それで今日は、ゲーム三昧の休みとなった。ユニバーサルジェムオンライン(UJO)というゲームは、闇の魔王に捕らわれた王女様をすくい出すという、ファンタジー王道のRPG。そこで、炎の魔術師兼鍛冶屋をやっている。闇の魔王は、ブラックホールみたいなもので、魔王城に近づくほど、時間経過が遅くなる。だから、ゲームの中で、何年かけても、魔王城の姫は年を取らない。UJOの目的は、姫を救う事と、目的がはっきりしているのだけど、まだ、誰も王女様を救ったことがないという、灰プレーヤー御用達のゲームだ。
いつもそうなのだが、楓姉さんは、ノックもしないで部屋に入ってくる。
「あら、明日は、大事な日だっていうのに、ゲームなんかしてていいの?」
「だから、ノックしてって言ってるだろ」
「ふすまにノックなんかできないわよ。UJOね。懐かしいわ」
「姉さんは、王女様を救出できた?」
「出来てたら、それだけで、3年は、遊んでいられるわよ。このゲームに懸賞金かかっているの知らないの?」
「だよね。おれ、空を飛べるようになった」
「すごいわ。じゃあ世界中どこにでも行けるんだ」
「いけない所が魔王城。それも国家レベルの戦争で、魔人たちを倒さないと無理かな」
「その前に魔獣たちだったっけ。それで、いいの?こんな所で油を売ってって」
「・・・。結局、熱のことが分からなかったんだ。父さんたちは、おれがいなくなるって脅すんだよ」
「うん・・・」
「ちょっと姉さん!」
「うん、ごめん。母さんたちと話してくるね」
「やめてよ暗くなるの。伯父さんは、死んだんじゃなくて、いなくなったんだよね。熱が見える目を大精霊様に貰いに行ったんだろ」
「そうだけど、大伯父さんは帰っていないのよ。もう、逢えないかもしれないでしょ」
「だから!!!」
姉さんは、黙ってしまい、おれは、UJOに熱中することで、今の雰囲気をごまかした。
精霊の儀を控えた前日の夜、家族一同が居間に集まった。おれがずっと参加させてもらえなかった家族会議だ。大伯父の前例があるので、みんなの表情が暗い。大伯父の件を踏まえ、対策会議を何回も開いていたが、良い案は出てこなかったそうだ。つまり、神隠しに遭うのを止める手立てはないとの結論。その事を早々に諦めていた姉が、神隠し前提の対策を実に大学に入る前からしていて、この最後の時に家族会議で採用された。一家の長のじいちゃんが口を開いた。
「ホムラ、楓の話をよく聞くんじゃ」
「お前に、精霊を見せることができなくて済まなかった」
じいちゃんと父さんは、肩を落としていた。それは、ばあちゃんも母さんも一緒だ。
「おれ、魔法も鍛冶仕事も好きだよ」
「後は好きに生きていいのよ」
母さんが泣きだした。
「節子さん!」
おばあちゃんに慰められて、母さんは、嗚咽を押し殺した。
「みんないい?ホムラは、何処に行ってもやっていけるから安心して。阿夜部(アヤベ)家の秘宝をホムラが作れるように仕込んだわ」
「そうなの?かえで姉」
「あんたに内緒でね。その為の鍛冶と魔法よ。それに私の手伝い。本当は、ここまでやらないで済めばよかったんだけどね」
家族全員が頷いている。
「お前は鉄の融解温度を超える熱を出せるようになった」
「我が家の秘術、空間魔法(魂の鋳型)を覚えたじゃろ」
「冷却魔法もね」
「あんたは、アヤベ家の家宝を作ることができるようになっているのよ」
「ルビーを?じゃあ、その先の魔法や魔剣も?」
「当然よ。ルビーが作れるのよ。レーザー光線も使えるに決まっているじゃない」
「じゃあ、光子力のエネルギー波を出すこともできるんだ」
「おじいちゃん。ホムラに、ルビーの作り方を教える許可をください」
「許可しよう」
「ホムラ、楓の言うことをよく聞くんだ。お前ならやれる」
ルビーは、アルミから作れる宝石。アルミは、世界で4番目に多い金属。つまり、おれは、ルビー(サファイアも)をどこでも作れる錬金術師に、家族によって仕上げられていた。鉄の溶融温度は1538度。ルビーは2000度。確かに、この溶融温度をクリアしている。それを空間で受けとめる我が家秘伝の霊牢も使える。溶融したアルミを結晶化すればルビーになる。
「好きに生きるとええ」
「そうじゃぞ」
「じいちゃん、ばあちゃん」
「お前は、わしの誇りだ」
「料理もするのよ。ちゃんと栄養を取るのよ」
「父さん、母さん」
「湿っぽいのは無し。ホムラは、何処にもいかないかもしれないじゃない」
かえで姉は、そう言いながら、特大の人口ルビーをくれた。ルビーは、赤色の光を削除した光の中でも赤く光る宝石だ。「これが、あなたの道しるべになりますように」と、渡された。
明日の火の刻(正午)に、大精霊様がやってくる。
うちの神社には、地下に隠された精霊の火の祭壇がある。護摩の火だけで明りをとる祭壇だ。
火の刻に、護摩壇の火が急にふくれた。家族は膝間付いてその火を見ている。たぶん火の上に大精霊様が顕現なさったのだろう。しかし、おれには見えない。声も聞こえない。心配になって家族をよく見ようと振り返った。そのとき家族全員が目を見開いておれを見ていた。おれは、家族の目の前で、消えた。
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