突き付けられる現実
「みんな、ありがとう――!」
目の前でルフェナが凍り付きバラバラになって、跡形もなく砕け散った。
「ルフェナっ!!」
最期に何かを言ってあげる間もなく、彼女はこの世を去った。
瑪瑙から零れ出る濃い青の光が周囲を満たし、空からは白い光と共に強烈な冷気が柱のようになって降りて来ていた。
これは、水属性上位上級の魔法、ブライニクルか……。
だが、瑪瑙は……。
そう思ったときにはもう遅かった。
遅すぎた……。
瑪瑙がそのままうつ伏せになるようにして倒れた。
「瑪瑙?!」
「瑪瑙お姉ちゃん?!」
「嘘……なんで?!」
妾達は急いで瑪瑙の下へ走る。
瑪瑙の手には、四枚の冒険者カードが握られていた。
「瑪瑙! 瑪瑙! しっかりして!!」
リステルが抱え起こすが、まるで糸の切れた人形のようにぐったりとして動かない。
ルーリが体を触り、怪我がないかを調べるも、少しずつ焦りの表情が濃くなっていく。
「ルーリよ、代わってくれ」
「――っ。サフィーア……。う、うん」
ルーリの肩に手を置くと、はっとした表情で妾を見る。
ルーリと場所を変り、瑪瑙の頬に手を添える。
息はある。
あるが、今にも消えてしまいそうなほど弱々しい。
そっと瑪瑙と額を合わせる。
いつもなら、妾の力で瑪瑙の心の一部が覗き見れる。
だが、どれだけ意識を集中しようと、全くもって何も見えない。
これは、心が完全に壊れてしまったことを意味する。
妾は思わず唇を噛む。
「……心が……完全に壊れておる……。もう瑪瑙は……目を覚まさないかもしれん……」
「……あ……ああ……あああっ!! わたっわた……私が瑪瑙を行かせたせいだ……私の……せいで……瑪瑙が……瑪瑙が!!」
リステルが悲痛な叫び声を上げ、瑪瑙に縋り付く。
一人の大切な仲間を失い、一人は眼を覚まさない。
リステルとルーリは瑪瑙に縋り付いて動かず、ハルルは声をあげて泣いている。
だというのに、妾は冷静だった。
これが、目の前にいる少女達より長く生きているという事なのだろう……。
そんな自分が、無性に嫌になった……。
妾はまずは砕け散ったルフェナのいた所を探す。
本当に跡すら残らず、ルフェナは逝ったようだ。
あの様子だと、苦しむことなく逝けただろう。
「……サフィーア何してるの?」
「ルフェナの形見を探しておるのじゃ」
ハルルが鼻をすすりながら、妾を見ている。
「……ん……ハルルも探す」
「無理をせんでもかまわんよ。瑪瑙の傍にいるがよい」
「ううん。ルフェナお姉ちゃんも、大切な仲間だったから……」
涙を袖で拭っていたハルルの目に、また大粒の涙が零れる。
「そうじゃな」
「たぶんこれ、ルフェナが託した物じゃないかしら」
ルーリは、瑪瑙が握っていたカード四枚を取り、確認する。
「やっぱり。冒険者カード。ルフェナと、この間話していた、亡くなったルフェナの仲間の名前が書かれてあるわ……」
「ルフェナ……あ……」
虚ろな目をして瑪瑙に縋り付いているリステルが、ルーリが手にした冒険者カードへと視線を向けつぶやく。
「……ルーリの足元、何か光ってる?」
「……え?」
リステルが指差した先、そこには丸い透明な石のようなものが落ちていた。
「……たぶんこれ、ルフェナのじゃないかしら? ジェリーが私達に見せた、胸に埋め込まれていたやつ。あれとよく似ている気がするの」
ルーリはそっとその透明な石を拾い上げ、光に透かして中を見る。
「……ほんとだ。じゃあこれもルフェナのなのかな……」
「……うん、そうだと思う」
「……ルフェナは死んじゃって、瑪瑙は目を覚まさないし……。これから……どうすればいいんだろ……」
皆の表情が暗く沈んでいく。
「とりあえずは街に戻るのじゃ。門を無断で駆け抜けたことの弁解もせねばなるまい……」
「……ルフェナの事も、冒険者ギルドに言わなくちゃ……」
そう話していると突然何もない空間から、ガラガラと音を立てて何かが零れ落ちた。
「ルフェナの空間収納の魔力が切れたようじゃのう……」
「あんまり物はいれてなかったのね……」
「これも全部持って行こう……」
「では、妾の空間収納になおすとしよう」
服、武器、野営道具、サイフ。
いくつかルフェナが使いそうにない、盾や槍などの武器もあった。
恐らくこれは、ルフェナの亡くなった仲間の武器だろう……。
妾は丁寧に拾い上げ、空間収納にしまう。
「では、戻るとするかのう」
街の外壁の門まで戻る。
途中、妾達がジェリー達と戦った場所を通り過ぎ、同じように空間収納の魔力が切れて、荷物が散乱している所を見つけた。
何もせず、素通りする。
ジェリー、モース、ビジュー、エーデルの死体も確認した。
誰も、何も、一言も、言葉を発することは無かった。
妾達が強引に通り抜けた門の近くは明かりが煌々としていて、警戒態勢がとられているようだった。
門に近づくと、警備隊に一斉に囲まれる。
「止まれ! 強引に門を通り抜けたのはお前達だな!」
どうやら妾達の顔はしっかりと見られていたようだった。
「……皆さん。事情を説明していただけますか?」
一人見覚えのある顔の者が、囲んでいた警備隊の間を割いて、私達の下まで来た。
事情を説明するために行った警備隊の建物で、案内された応接室の中にいた人物だ。
「その方は……えっとメノウさんでしたか? どうされたんですか?」
「……」
誰も何も話さない。
ただ俯いて、辛そうな表情を見せるだけだった。
「……この街の一連の事件の犯人と戦ったのじゃ。その時に瑪瑙は深い傷を負ってしまってのう……。治癒はしたのじゃが目を覚まさないのじゃ。それと、ルフェナが死んだ……」
「――なっ?! どういうことですか?!」
男性は妾の話にぎょっとして、取り囲んでいた他の者たちから動揺の声が上がる。
「説明はきちんとする。じゃが、彼女等を休ませてやってくれんか? 仲間を一人亡くして、もう一人はこの状態じゃ。皆、憔悴しておる。説明するには、妾一人で十分じゃろう」
「わ、わかりました! ……ですが、数人監視を付けることになりますが、それでもよろしいでしょうか?」
「かまわんよ。すまんが監視する人間は女性にしてやってくれんか? 皆、男が苦手なのじゃよ……」
「勿論です」
話しがわかる人物のようで助かった。
四人の意見を聞くことなく、勝手に話を進める妾の裾をハルルがぎゅっと握った。
「サフィーア、離れちゃヤダ」
「安心するのじゃハルル。ただ事情を説明しに行くだけじゃ。すぐ戻る」
「ヤダ! や……だ……。やだああ! うあああああああああああん!」
「おっおお、よしよし。わかった、わかったから落ち着くのじゃ……」
ハルルを抱き寄せ頭を優しく撫でると、ハルルはぎゅっと強くしがみつくように抱き着いて来た。
「すまんな、それではしばらく妾に付き合ってもらうが、かまわんか……?」
中々離れてくれないハルルの耳元で優しく言う。
「ん……」
それで納得したのかハルルはゆっくりと離れ、今後は妾の右手をぎゅっと握る。
「……ごめんなさいサフィーア。私、今、ぜんぜん、何も……考えれなくて……」
「安心せい。ちゃんとわかっておるのじゃ。今は何も考えんでよい。リステルと瑪瑙の傍にいてやってくれ」
妾はリステルの方を見る。
瑪瑙をおぶり、ずっと下を向いて一言も話さないリステル。
今は早く休ませてやりたいが、そう上手くはいかないようだ。
「お辛い所を申し訳ありませんが、事情説明の方をしていただいて構いませんか?」
「うむ、妾達は拘束されるのかのう?」
「……いえ、皆さんなら大丈夫でしょう。信用いたします」
男性はそう言って軽く片手をあげると、囲んでいた警備隊たちが一斉に道を開けた。
再び警備隊の応接室へと案内された妾達は、早速事情を話す。
「一度ここに来た時に話したことは覚えておろう」
「はい。ジェリー、モース、ビジュー、エーデルと名乗る女四人組の話ですね?」
「あいつらが一連の犯人じゃった。事情を説明してこの建物から出た後すぐに、その四人が襲ってきよったのじゃよ。そして、話を全部暴露しおった」
「なるほど……」
「トライグルには以前から忍び込んでおったようじゃ。そして、奴らは人を殺しておったようじゃのう」
「どうしてあなた達は襲われたのですか?」
「人から血を抜き取る瞬間を目撃したことが、どうやらダメだったようじゃ。何とか追い詰めたのじゃが、一人に逃げられてしまってのう」
「なるほど、先に誰かが門を強行突破したことはわかっていたのですが、最初の人物の顔が解らなかったそうなのです。そう言う事だったのですか……」
本当は最初に門を突破したのはルフェナなのだが、妾は真実を歪め伝える。
全ての罪を、彼奴等に被せてしまうために……。
「あの、その女四人はどうなりましたか……?」
「殺した。そうせんと、妾達が殺されておったからな……」
「死体は?」
「門を出てしばらく直進したところにある。死亡はちゃんと確認しておるよ」
「わかりました。おい」
「はっ!」
男性は一つ頷くと、傍にいた男性もう一人が立ち上がり返事をした。
「証言の通り、死体があるか確認して来い」
「わかりました!」
「待て。四人の腕に腕輪がある。それがどうやら、血を抜き取る魔導具になっているらしい。扱いには気をつけるのじゃ」
応接室から出ようとしていた男性を呼び止め、忠告をする。
「それは本当ですか?」
「ああ、ジェリーが言っておったし、実際に妾達も見ておるからな。間違いないじゃろう」
「回収後、扱いには気をつけろ」
「はっはい!」
緊張した面持ちで返事をし、男性は応接室を後にする。
「確認が終了するまで、皆さんにはここにいてもらいますが、かまいませんね」
「かまわんよ。仕方がないことじゃ……」
「あの、サフィーアさん」
「なんじゃ?」
「こういうことを聞くのは心苦しいのですが……」
「ルフェナの事じゃな?」
「はい、お辛い所を申し訳ありません」
「気にせんで良い。連中と戦っている時に、アイスバレットが胸に直撃したようじゃな。ルーリが治癒魔法を使えるのじゃが、治癒できないほどの深手を負ってしまってのう。そのまま……じゃ」
「そうでしたか……。ご遺体の方は?」
「もう無いのう。息を引き取って直ぐに荼毘に付した」
「……そうでしたか。辛いことをお聞きしました。お話していただきありがとございます」
……流石に嘘をつき続けると、疲れる。
ただでさえ、何も喋りたくない気分だと言うのに。
当然のことながら、ルフェナが死んでしまったこと、瑪瑙が目を覚まさない事に何も感じていないわけではない。
人の目がなければ、泣き喚いてしまいたいくらいだ……。
それでも妾は、この成人したと言ってもまだ年端のいかない少女達と同じようになってしまうわけにはいかないのだ。
彼女達より妾の方が、こういう別れは何度も経験している。
……流石に、今までで一番辛い別れだけれど。
それでも、なんとか耐えられているのだ。
しっかりしないと。
しばらく静かにしていると、廊下がにわかに騒がしくなり、扉がノックされる。
「入れ」
男性が入室を促すと、先ほどこの部屋から出て行った男性と、冒険者ギルドの衣装を着た男女が入って来た。
「おや、冒険者ギルドのギルドマスターと、……そちらは?」
「受付担当のキキです」
そう言って、お辞儀をする。
キキと名乗った女性は、妾達が冒険者ギルドで依頼を受けた時に、受付を担当してくれていた女性だった。
キキは妾達の下へ駆け寄ってくると、
「あのっ、ルフェナさんが亡くなったと言うのは……」
涙を浮かべて聞いてくる。
「……事実じゃ。これがルフェナから預かった冒険者カードと、彼女の武器じゃ」
空間収納からそれらを取り出し、長机の上に置く。
「……確認いたします」
震える手でカードを取ると、
「……は……い……。確かに……ルフェナさんのカードで……間違い……ありませ……ん……ううっ……」
涙を流し、カードを妾に返す。
「こちらは四名の死体を確認しました。彼女の言っていた通り、四人全員の腕には魔導具と思われる腕輪が装着されておりました。検証はまだですが、偽りはないと断言します」
「……そうか。危険が去ったと喜びたいところだが、亡くなった人、目を覚まさない人がいる。素直に喜ぶことはできんな……」
「ですが、住民は喜んでくれるでしょう。これでもう心配することはありませんから」
「……そうだな」
「では、彼女達の功績は本物だということでよろしいですね?」
「ええ、そうなります。ギルドマスター」
「そうですか。では……」
ギルドマスターと呼ばれた男性もこちらに来て、まだ涙を流しているキキの肩にそっと手を置いた。
「お初にお目にかかります。私はトライグル冒険者ギルド、ギルドマスターを務めさせていただいております、ゼンと言うものです。この度のご活躍、心よりお祝い申し上げます。そしてお仲間の不幸を心より、お悔やみ申し上げます」
「……すまんな、気の利いた言葉が思いつかん。率直に聞くが、わざわざギルドマスターが何用じゃ?」
笑顔を湛え、つらつらと月並みな挨拶を述べ諂うこの男性に苛立ちを覚え、つい刺々しい言葉を投げかけてしまう。
「……浅慮な挨拶申し訳ありませんでした。ギルドに一連の事件が解決したと一報が入り、警備隊に確認に来たのです。ルフェナという冒険者が亡くなったと言う事も伝わっておりまして、彼女がどうしても同行したいと言っておりました故、連れて来た次第です。つきましては、皆さんには報酬が支払われることになります。もちろん警備隊からも褒賞金がでます」
「はい、用意させていただいています」
警備隊の男性が同意する。
「……そうか。すまんがそれは辞退させてもらう」
「……いいのですか? 下世話な話ですが、かなりの金額になりますよ?」
「妾達は元々金には困っておらん。確かに解決には貢献したが、金をもらう気にはならんのじゃ……。それより今は、仲間を早く休ませてやりたいのじゃが」
「失礼しました。では、こちらで諸々の対応をさせて頂きます」
ギルドマスターは右手を胸に当て、深々と頭を下げた。
「あのっ」
「なんじゃ?」
泣いていたキキは慌てて涙を拭うと、
「一度、冒険者ギルドへお越しください。受け付けていた治安維持の依頼の処理がまだ終わっておりません。すぐに済ませますので……」
再び目に涙を浮かべ、それでも無理に笑顔を作りそう言った。
「……わかったのじゃ。なるべく早く行こう……。妾達はもう解放されるということでいいんじゃな?」
「はい、帰っていただいて問題ありません。……あの、こういう言い方しかできないのが心苦しいのですが、事件を解決していただき、ありがとうございます……」
「……ああ。それでは妾達は失礼する」
扉を開けてもらい、応接室から出ようとする。
「リステル、行くよ」
「……」
ルーリがリステルの肩をゆすると、リステルは小さく頷く。
「リステルお姉ちゃん、瑪瑙お姉ちゃんはハルルが連れて行くよ?」
「……やだ」
今にも消え入りそうな声で、微かに首を横に振り瑪瑙にしがみつく。
「……ん、わかった。リステルお姉ちゃん後向いて? 背中に乗っけてあげる」
「……うん」
ハルルは瑪瑙を軽々と抱きかかえると、リステルの背中に瑪瑙を乗せる。
手伝ってもらいながらも、何とか背中に瑪瑙を固定する。
深夜の街を歩く。
誰も一言も話さない。
妾達が利用している宿に到着して、瑪瑙をベッドへ横たえる。
「リステルよ、お前さんも少し横になって休め」
「……ううん。私は瑪瑙を見てるよ」
目を覚まさない瑪瑙の手を握って、リステルは静かに首を振る。
「言っておくが、お前さんだけのせいではないぞ? 妾達も瑪瑙を行かせたのじゃ。だから、同罪じゃよ。あの場でお前さんが言わなければ、この中の誰かが瑪瑙を先に行かせておった。そして、瑪瑙を行かせたことを間違いだったとは、誰も思っておらんよ」
「うん、わかってる……つもりではいるよ。でもね、やっぱり自分が許せないんだ……」
「それは、私達も一緒だよ?」
ルーリがリステルの背中を優しく撫でる。
「……ううっ。私達、これから……どうすればいいの……」
「……」
リステルの涙交じりの問いに、誰もが口を閉ざしたまま、しばらくの間沈黙が続く。
「……旅は続けるよ。続けなくちゃダメ」
沈黙を破ったのはハルルだった。
「ハルル達が旅をする理由は、瑪瑙お姉ちゃんが元の世界に帰る方法を探すこと。瑪瑙お姉ちゃんがいつ目を覚ましてもいいように、ハルル達がちゃんと探さなくちゃいけないんだよ」
「瑪瑙を連れて?」
「……ん」
「ハルルよ、少し嫌なことを言うぞ?」
「なに? サフィーア」
「瑪瑙が今どういう状態なのか、妾達にはとんとわからん。じゃが、このまま目を覚まさなかった時の事を考えると、あまり長くはないのかもしれん……」
「……」
大人気く、容赦なくハルルに現実を突きつける。
妾の言葉に、ハルルの瞳にジワリと涙がにじみ出す。
「そうでなくともお前さん達は、瑪瑙の下の世話もできるのか?」
「しものせわ?」
「動かない人間を生かすためには、何が必要じゃ? 水を飲まし、専用に作った食べ物を口へ流し、垂れ流した糞尿を拭き取り、体を拭き、清潔に保たねばならん。妾は経験したことがあるが、きついぞ? それを、旅をしながら続けると言うのかのう?」
妾が最初にそれを経験したのは、年老いたかつての友人だった。
「それでも、あまり長くはもたなんだぞ? しかしかといってせなんだら、病気になり、これまたすぐに死ぬ。口で言うのは簡単じゃが、並大抵の事ではないのじゃぞ?」
「……じゃあ、サフィーアはどうすればいいと思ってるの?」
妾が考えていることにルーリは気づいたのだろう。
妾の手を強く握って来た。
「……妾がこの街に残って、瑪瑙の面倒を見よう。お前さん達は、瑪瑙が目を覚ました時のために、瑪瑙が元の世界に戻れる方法を探す旅を続けてくれ」
「……やだ。瑪瑙と離れるのは嫌だ……。もう、誰とも離れ離れになりたくなんかない」
妾の考えを否定したのは、ルーリでもハルルでもなく、リステルだった。
「サフィーアも一緒に旅を続けよう? ちゃんと、瑪瑙のことも……でき……できる……からっ……ううっ……」
「……すまなんだな。お前さんの気持ちを無視したことを言った……」
フルフルと首を横に振って、すすり泣くリステルの頭を撫でる。
「医者には一度診せたほうが良いじゃろう。明日、冒険者ギルドへ行くついでに、医者の手配をしよう。……今日はもう遅い、休むとしよう」
次の日に冒険者ギルドへ全員で赴き、諸々の手続きを済ませる。
その時に受付の女性のキキから、上流区にある医者の紹介状を渡された。
なんでも、瑪瑙の事を聞いていたギルドマスターが、わざわざその医者に会いに行って診療してもらえるように頼んでくれたのだとか。
妾達はすぐにその医者の下へと向かう。
「……残念ながら、我々ではどうすることもできません。彼女がどういった状況にあるのかすら、診断することができません。申し訳ありません……」
だが、診断をしてくれた医師から、妾達は現実を突きつけられる。
「ただ一つ、彼女の体は至って正常です」
瑪瑙の体は今、通常では考えられない状態にある事がわかった。
少し気になってはいた。
あれから瑪瑙は一度も排泄行為をしていない。
意識のない人間が、我慢するようなことができるのかと……。
そして、医者が吸い飲みで水を飲ませようとした時に、それはわかった。
瑪瑙の口の中に、水が流れていかなかったのだ。
まるで薄い膜でもあるように、口の中へ水が入っていかなかった。
それを見た医者の予想ではあるが、瑪瑙は魔力か何かで守られているのではないかと、そう言った。
水を飲もうとしないのは、今の彼女がそれを必要としていないから。
だから、このまま今すぐに死んでしまう可能性は少ないと言った。
それを聞いて少し安堵をする。
だが、あくまでも予想にすぎない事、もし予想道理だったとして、この状態がそう長く続くことは無いだろうとも言われた。
「……もう、この街にはいたくないよ……」
病院を出てすぐにリステルはそうつぶやいた。
そして妾達は、トライグルの街を逃げるように飛び出したのだった。
トライグルから次の街、そしてまたすぐ次の街へ。
誰も何も話さず沈黙を続け、十日が過ぎた。
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