先遣隊
決意を新たに、元の世界に戻るための旅を続けることを決めたのは良いけれど、いつまでセレエスタに滞在するか。
現状、セレエスタは復興作業の真っ最中。
人手は多いに越したことがない。
特に、魔法を使える人がいると何かと便利。
ゆっくり休みを貰ってる間に考えようと思った矢先の事だった。
サフィーアの魔法で真珠と話し、みんなで朝食をとっている時に、それは訪れた。
「お食事中に失礼します。領主の使いの方が来ておられます」
「ようやくですか。まったく、忙しいのはわかりますが、大恩のある方をお待たせするのは気分が良くありませんね。通してください」
やれやれと、ヴィオラさんがため息をつきながら言う。
「お食事の所申し訳ありません。領主、ボルンハルト様の名代で来ました。こちらに、
「こちらにおられる八人の方が、
ティレルさんに手を向けられたので、私達は軽く会釈をする。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ボルンハルト様が皆さんと是非お話をしたいそうなので、明日昼食をご一緒出来ないかとのことです。こちらがその招待状です」
昼食を一緒にと言う言葉に、みんな困った顔をして、それぞれ視線を交わす。
領主さんと昼食を一緒にすると言うのも出来れば避けたいことなのだけれど、それ以上に大食いのハルルちゃんがいるから、どうしたものかとみんな悩んでいるのだ。
「ハルルさんの事はちゃんと伝えてありますので、安心してくださって良いですよ」
私達の微妙な表情に気づいたティレルさんが、苦笑しながら言う。
……退路を断たれてしまった。
そもそも私はテーブルマナーなんてちょっとしかしらない。
そのちょっと知っている事も、こっちの世界のテーブルマナーじゃないし……。
この世界のマナーは、私の知っているマナーと似ている部分はそれなりにあるけど、やっぱりどこか違う所が多い。
助けを求めてコルトさんに視線を送る。
私と目が合ったコルトさんは苦笑しつつ、
「食事はどのような形式で?」
と、使いの人に訊ねた。
「はい、ビュッフェ形式で行われる予定です。その方が皆様も少しは気楽にできるのではないかと」
それならまだましだけど、あれはあれで緊張する。
席についての食事はテーブルマナーが大変だけど、ビュッフェ形式での食事は、男の人が近くに来て喋りかけてくることが多い。
ゆっくり食べられない。
そう思うものの、このお誘いを断ることは、よっぽどの理由が無い限り失礼にあたる。
実に、実に面倒臭い。
「それでは、お招きにあずかります」
「ボルンハルト様もお喜びになられると思います」
頭を下げ嬉しそうにそう言うと、コルトさんに封蝋がされた招待状を渡し、使いの人は去って行った。
「たぶん、夫のカリニンもご一緒することになると思いますので、文句があれば言ってやってくださいな」
そう言えばこのお屋敷には聖女様方含め、女性しかおらず、旦那さんや他の家族はいないのか、疑問に思っていた。
実は私達が今いるお屋敷は、聖女としての活動拠点だそうだ。
このほかにも中流区、下流区にもそれぞれ拠点がある。
セレスタさん達聖女と呼ばれている人を補佐しているのは、女性だけ。
聖女を手助けする男性達は護衛団と呼ばれ、力仕事や、警備、護衛をしている。
セレスタさん一族は、セレエスタの街の古くから存在する貴族。
セレスタさんのお父さんであるカリニンさんは、セレエスタの貴族たちとの会議を連日繰り返し、復興の指揮をとっているのだとか。
そうそう、この街に到着してすぐに出会ったジェフロワさん。
実はセレスタさんの婚約者なんだって。
静青の頃が終わって、花が咲き始める穏緑の頃に結婚式を挙げる予定をしていたのだそうだ。
「当分お預けですね」
と、セレスタさんはしょんぼりしていた。
セレエスタの街の事を色々聞いて私達の事も話している内に、一日が過ぎて言った。
翌日、使いの人に案内されて、上流区の最奥、セレエスタの街で一番大きなお屋敷に着いた。
「あ、凄い緊張してきた」
「……私も」
「ハルルお腹すいた!」
相変らず、こういう偉い人との会う機会に慣れない私とルーリ。
そんな事お構いなしなハルルちゃん。
豪華な調度品や絵画が飾られた廊下を連れられて歩く。
価値はわからないが、お高そうだとは思う。
フルールの領主のアルセニックさんのお屋敷に案内された時には、こんなに飾り立ててなかったのになと、違いに驚く。
「領主でこうも違うのかー」
「瑪瑙、もしかしてフルールの領主のお屋敷の事を言ってる?」
「え、何でわかったの?!」
「口から洩れてるよ。あのね、たぶんアルセニックさんは気を使ってくれてたんだと思うよ。私達が案内されたのって執務室だったでしょ?」
無意識に洩れ出た言葉を聞かれたのは、ちょっと恥ずかしい。
「うん」
リステルの言う通り、あの時私が想像していたのは玉座の間みたいな所だったけど、結局案内された部屋は執務室で、予想と全く違ったことを覚えている。
「あれは、関係者だけが通ることが出来る廊下だったんだ。今私達が案内されている廊下は来客用だから、こんな風に飾り立てるのは貴族では当たり前の事なんだよ。たぶんアルセニックさんの所にもこんな風に色々飾られてる廊下はあるはずだよ?」
「そうなんだ」
煌びやかに飾られたあれこれを見ている内に、何だか目が回りそうになって頭がぼーっとしてくる。
そうこうしている内に、目の前には大きな両開きの扉があるところにまで案内された。
扉の前には剣を下げた人が二人控えていて、扉の向こう側からは、ざわざわと騒がしい事がわかるほどの声が漏れ聞こえてくる。
扉の前に立っている人が私達の姿を確認すると、扉についていた大きなノッカーを鳴らす。
すると、扉から漏れ聞こえていた声がしーんと静かになり、それを待っていたかのように両扉が勢いよく開かれた。
「では、いきますよ」
コルトさんは一言そう言うと、中へと入っていく。
少し遅れてシルヴァさんカルハさん、その後ろにリステル、サフィーアが続く。
私とルーリはハルルを真ん中に、手を繋ぎながら最後尾を歩く。
一応叙勲の時に歩き方の訓練はしているので、緊張しながらも何とか体裁を整えてついて行く。
赤い絨毯の上を歩く。
周りにいる人達は、一切声を出さずに私達を見ている。
ん?
何だか見たことある人が二人ほどいるぞー?
深い緑の衣装に身を包んだ女性が二人。
その内の一人は、衣装の上からでもわかるほど筋骨隆々の大柄の女性ランメルさん。
あれは王国騎士団三番隊の人だ。
もう一人はルーリと対戦した、杖を持っていた女性セイネさんだろう。
二人は私の視線に気づいたようで、ランメルさんはニカッと笑って、もう一人のセイネは小さく頭を下げた。
中ほどまで進むと、
「ようこそおいで下さった。私はこの街の領主を務めているボルンハルト・レント・セレエスタだ。この度は挨拶が遅れてしまい、申し訳ない」
私達の正面に立っていたボルンハルトさんが声を上げ、ゆっくりと頭を下げる。
「本日はお招き感謝いたします。このパーティーのリーダー、コルトと申します」
コルトさんは優雅に一礼すると、一人ずつ私達の名前を呼び、それに合わせて軽くお辞儀をする。
「まずはこの街の危機を救ってくれたこと、深く感謝する。君達のおかげで被害は最小限に留まり、多くの負傷者の命が助かった。それに加え、復興の手助けまでしてくれていることは聞き及んでいる。重ねて感謝を」
受け答えは全部コルトさんに丸投げして、私はぼーっと立ち尽くすだけ。
流石は王族のクオーラさんに仕えている守護騎士だけあって、受け答えや所作は完璧。
「君達にお願いがあるのだが、聞いてくれまいか?」
「何でしょうか?」
それまで朗らかに話していたボルンハルトさんが真剣な表情になったので、私達は身構える。
面倒事を押し付けられそうな気がしたのだ。
「
「……あ」
コルトさんが少し間抜けな声を出した。
慌てて口を押さえるが、顔は真っ赤になっていた。
実は私も声が出そうになっていたので、顔が熱い。
すっかり忘れていた。
これはあれだ。
死体を街に売るか、商人達にオークションをかけるかどうかという話しだ。
「是非この街で買い取らせてもらいたいのだ。本当なら、オークションを開くかどちらか選んでもらわねばならんのだが、街の今の現状では、オークションを開けるほどの商人がおらんのだ。もう少し時間が経てば、復興にかこつけて物を売りに来る商人が来るだろうが……」
「少々失礼します」
コルトさんはそう言って、くるりと私達の方を向く。
シルヴァさんもカルハさんも、困った表情。
「お嬢様達が
「うん、今思い出したよ。
「今回も街に売却でかまわないか?」
「成り行きで
……三人の困った顔を見て、何だか嫌な予感がしてきた。
「え、もしかしてまたハルモニカに行かなきゃいけなくなるとか、ありませんよね?」
『……』
私の質問に、三人は視線を泳がせる。
「とっ取りあえず、その話は後にしましょう!」
慌てて話を切り上げ、ボルンハルトさんの方に向き直る。
「失礼しました。領主様の意向に沿いたいと思います」
コルトさんのその言葉で静かだった会場におおっと言う小さな歓声と、拍手が沸き起こった。
「英断感謝する。さて、長話もこれぐらいにして、皆もこの街を危機から救ってくれた英雄達と話をしたいだろう。細やかだが昼食を準備しているので、ゆっくりと食事をしながら親交を深め、そしてセレエスタの復興のための英気を養ってほしい!」
ボルンハルトさんがそう宣言すると、私達が入って来た扉とは違う扉が開き、メイドさん達が次々とカートに料理を乗せて運び、テーブルに置いていく。
今まで静かだった会場が、俄かに活気づく。
「お腹すいたー。取りに行っていい?」
「いいですよ」
コルトさんの袖をくいくいと引っ張るハルルに、コルトさんは笑顔で答える。
「私と一緒に行こうか」
「あ、待って私も行くー!」
ハルルの手を握って食事をとりに行こうとすると、ルーリも慌ててついてくる。
「ねえ待ってよー!」
「ほれリステル、妾達も行くぞ」
そう言ってリステルの手を引いているサフィーア。
周りの人たちは、ずーっとコルトさん達の事を見ている。
リステルによると、三人がこの国最強の守護騎士だという事はもうバレているから、少しでもお近づきになりたいんだろうとの事。
「まさか
「そっかー、それはラッキーだね。お話はコルトさん達に任せて、私達は食事をしよう!」
「おー」
お皿にお料理をとり、しばらく昼食を楽しむ。
お皿を持っている間は、親しい仲以外の人は極力話しかけないのがマナーらしいので、その間はゆっくりできる。
じゃあずっとお皿を持っていればと思うかもしれないけど、それはそれで失礼なのだとか。
うーん難しい。
話しをしたい人達もしたい人達で、身分が上の人、親しい人、その他の人と順番が決まっていたりするそうなので、色々と大変そうだ。
一通り料理を味わい、ひと心地ついたところでお皿を置く。
その瞬間を待ってましたと言わんばかりに、私達の周りに人だかりができる。
ちなみにハルルちゃんは、まだ食べ終わっていない。
坦々と運ばれてきた料理を消し飛ばしている。
「はじめまして、お嬢様方。私はカリニン。ティレルとセレスタを助けてくれてありがとう。もっと早くにお礼をしなければいけなかったのに、こんなに遅くなって申し訳ない」
一番最初に話しかけてきたのは、セレスタさんのお父さんだった。
「いえ、復興作業の指揮などでとてもお忙しいと、ティレルさんから聞いています。どうぞお気になさらず」
「そう言って貰えると、助かるよ」
こういう場では率先して話してくれるリステルは頼もしい。
「よっす! 久しぶりだな! 元気してたか?」
「ご機嫌よう。
残った私達に話しかけてきたのは、王国騎士団三番隊のランメルさんとセイネさん。
「お久しぶりです。お二人だけですか?」
「ええ、セレエスタが襲撃されたという一報を聞いて、大慌てで遣わされたの。まあ向かってる途中で無事に乗り切ったと聞いたので、復興の先遣隊に役割が変わっちゃったのだけれどね」
「私らは、こっからまた大急ぎで引き返さなきゃならんのだけどな」
「あれ? 何か任務ですか?」
「いんや。今この街に不足している物の確認報告が、私らの任務なんさ」
「それは、お疲れ様です」
「いや、アンタ達ほどじゃないさね。あの
「そんな大それたものじゃないですよ。セレエスタに来たのは偶然でしたし」
ランメルさんとセイネさんと話す。
特にランメルさんとは少し話したことがあるし、気さくな人なので話しやすい。
「さっきから気になってんのだけどさ。ハルルってそんなに食うのな?」
ランメルさんは目をパチクリさせながら、ハルルの食べる様子を眺めた。
「んっく。瑪瑙お姉ちゃんの料理ならもっと入るよ?」
「……えぇ?」
「あっはっはっは!」
ハルルの一言にセイネさんは困惑を隠せず、ランメルさんは豪快に笑っていたのだった。
「あ、そうだ。アンタ達旅の途中だろ? このままだとまた叙勲で首都まで呼び出される羽目になるけど、どーすんよ?」
「うっ、やっぱりそうなります?」
ランメルさんの言葉に、ルーリが嫌な顔を隠さず言う。
「当然でしょう? あなた達は
セイネさんは少し呆れ気味に言う。
「せっかくここまで来たというのに、逆戻りは流石に勘弁してほしいのじゃ」
サフィーアもげんなりと言った感じで言う。
「どうにかならないんですかね?」
私もまたここから引き返すのは、ご免こうむりたい。
「んー、だったら書状が届く前にセレエスタを出ればいいさね。どこにいるかわからない旅人に、叙勲の為の書状を届けるのなんて無理だからね」
「ちょっとランメル?! あなたなんてことを言うの?!」
ランメルさんの言葉に、ぎょっとするセイネさん。
「なるほど! 言われてみればそうですよね」
私がポンと手を叩いて喜んでいると、
「……えぇ?」
セイネさんは困惑を隠せず、首を傾げている。
「ほら、リステルの嬢ちゃんの事もあるしさ。旅の途中なのに、また引き返さなきゃいけないのは誰だって嫌だろう?」
「せめて様を付けなさいよ! 嬢ちゃんは流石に不敬よ! ねえあなた達、本当にいいの? とても名誉なことなのよ?」
必死になって私達を止めようとするセイネさん。
「そう言えば、サフィーアは勲章貰ってないよね? やっぱり欲しいと思う?」
「ふむ、何もない時に貰えるのなら、名誉な事じゃから貰ってはみたいがのう。わざわざ引き返してまで貰いたいかと言えば、いらんじゃろう」
「……」
はっきりといらないと言い切ったサフィーアに、セイネさんは青い顔で口をパクパクして、今にもひっくり返りそうだった。
その横でランメルさんは豪快に笑っていた。
しばらくは、ランメルさんとセイネさん達とのんびりお話が出来た。
私達がフルールを去った後の街の様子だとか、三番隊が何をしていたのかとか、私達がここに来た経緯とか。
「へえ、ハスト隊長に頼まれて村の破壊ねぇ」
「確かにあなた達なら簡単にやってのけそうよね」
「フルールはまだ正常にはもどってないんですね」
「でも、魔物の数は前ほどじゃなくなってるみたいで、良かったわ」
フルールの近況を聞いて、少しだけ懐かしく思う。
ルーリも自分の故郷の事だから、気にはなっていたようだ。
みんな元気にしてるといいな。
その後は男性三人が、私達と話をしに訪れた。
三人とも、私達がコルトさん達とどういった関係なのかに興味があったようで、三人の教え子と言うことにしておいた。
私達の説明に納得したようで、二言三言、称賛する言葉を言ってあっさりと去って行った。
「まあ弟子なんかより、お母様とつながりが深い三人に取り入りたいよね」
と、リステルは呑気に言っていた。
「さて、今後の事を少し話しましょうか」
みんな若干くたびれてはいるものの、この話はすぐにした方が良いだろうと、帰って来てすぐに話し合いの場が設けられた。
「セレエスタの街にこのまま滞在していたら、私達はまた首都に呼び出されることになります」
「でだ。みんなの意見を聞いておきたい」
「叙勲されたい人手を挙げてー?」
『……』
私達八人、誰も手を挙げない。
「いらなーい」
ハルルがはっきりと言う。
「では、出来るだけ早くセレエスタを発つことにしましょう」
「具体的に、いつごろ出るんですか? 今は復興作業が始まって直ぐですし、少しでも人手が多いほうが……」
このまますぐに出てしまうのは、やっぱり心苦しいのだ。
「そうだな。私達もかなり頼られているから、それはわかっているさ」
「三番隊の二人が来てたでしょー? メノウちゃんたち話してたみたいだけど―、あれって先遣隊よねー?」
「はい。この後急いで本隊に戻るって言ってました。この街に必要な物を調べているんだそうです」
「でしたら、三番隊が来てからでいいでしょう。それまでは復興のお手伝いを続けましょう」
「三番隊が正式な書状を持ってくるって事は無いんですか?」
少し心配そうにルーリが聞く。
「それはないから安心していいぞ。流石にこの短期間で、叙勲するかしないかを決められんからな。それなりに話し合いが必要になるんだ」
「三番隊と一緒に人と物資も届くはずだからー、そうなったら私達がいなくなっても大して問題にはならないわー。だからメノウちゃん、安心していいわよー」
「はい!」
私達はこの事をセレスタさん達に話した。
「そうですか……。それは寂しくなりますね」
「受けた大恩を、何もお返しできないのは心苦しいですね……」
ヴィオラさんとティレルさんは、少し寂しそうな表情をする。
「でしたら、皆さんがセレエスタを発たれる前に、治癒魔法の知識をお教えしましょう。元々お教えするつもりでしたが、先延ばしになっていましたし」
こうして私達はもうしばらくの間、セレエスタの街で復興の手伝いと、治癒魔法の勉強をすることになった。
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