心折れて

「瑪瑙! 瑪瑙っ!! お願いっ! 目を覚ましてっ!!!」


 声が聞こえる。


「瑪瑙! 瑪瑙っ!!」


 頬を叩かれ、体を揺すられる。


 何故か頭も体も、酷く重い……。


 瞼が開かない……。


 何があったんだっけ?


 頭がぼーっとして、何も思い出せない。

 それでも記憶を辿ろうと、必死に考える。


 ぼんやりと何かが瞼の裏側に浮かんでくる。

 それは、口が裂けたような邪悪な笑みを浮かべて佇む、白髪の少女アルバスティアの姿だった。


 そして、それにつられるように次々に思い出す。


 土の槍にお腹を貫かれ、血を吐くリステル。


 右腕と左足を斬り飛ばされ、苦痛に呻くハルル。


 赤く燃え盛る炎に焼かれ、叫び声をあげるサフィーア。


 私のお腹に刺さった、氷の槍。


 私を助けようと近づき、魔法で吹き飛ばされて動かなくなったルーリ。


「うあああああああああああああああっ!!!!!!」


「瑪瑙っ! 大丈夫?!」


「はっ……はっ……はっ……。ル、ルーリ?!」


 思い出した惨状に慌てて体を起こすと、ルーリが私を抱きしめた。


「大丈夫? どこか痛い所ない?」


「みんなは?! 早く治癒しないとっ!!!!」


 半狂乱になり、ルーリにしがみついて周りを見渡す。


「落ち着いて。大丈夫、大丈夫だから!」


「ルーリは大丈夫なのっ?!」


「ええ、大丈夫よ」


 そう言って、ルーリは抱きしめる力を強めた。


「メノウ、目が覚めましたか」


「みんな無事だから安心しろ」


「メノウちゃーん、体の方は大丈夫ー?」


 いつの間にいたのか、コルトさん、シルヴァさん、カルハさんが私を囲む。

 みんな無事と言う言葉に、体の力が一気に抜ける。


「瑪瑙、立てる?」


「う、うん……」


 ルーリの手を取り立ち上がる。


「あ、あれ……?」


 何とか立ち上がれはしたけれど、体がふらついて思うように立っていられなかった。

 ルーリに支えられながら、横たえられた三人の所へ。


 リステルの服はお腹に穴が開いていて、そこから赤い染みが広がっていた。

 でも、お腹に穴は開いていなくて、素肌がちゃんと見えている。


 ハルルはポンチョは脱げていて、服は右肩から先がなかった。

 だけどハルルの右手はちゃんと健在だ。

 左足も素足だったけど、そこにある。


 サフィーアの服は焼け焦げてボロボロになっていたけれど、サフィーアの白い肌は傷一つなく、綺麗なままだった。


「意識は戻ってないんですか?」


「あるよー。立てないから横になってるだけ―」


 私が聞くと、リステルが目を開けて手をひらひらさせながら答えてくれた。


「リステル! 良かった……良かったよぅ! うっうう……」


 リステルの手をギュっと握る。


「ほら、泣かないの。みんな無事なんだから」


「でも! でもっ!! 私のせいでっ!!」


「周りにいる人を人質にとられたんだから、瑪瑙は従うしかなかったんだからしょうがないよ」


「どうして知ってるの?」


「セレスタ嬢が妾達に知らせに来てくれたのじゃよ。白髪の少女が多数を人質にとって、お前さんを連れて行ったと」


「そうだったんだ」


 サフィーアが簡単に事情を説明してくれた後、自分の手を見て、開いて閉じてを繰り返した。


「どうしたの? どこか痛い?」


「ん? ああ、いや、そうではないのじゃ。あの者の魔法を食らって、どうも目が焼かれてしまったようなのじゃが――」


「――っ?! そんなっ!! 見えないのっ?!」


 体から一気に血の気が引き、嫌な汗が噴き出した。


「落ち着くのじゃ瑪瑙。ちゃんと見えておる。痛い所もないのじゃ」


「そ、そうなの?」


「ああ、お前さんのリジェネレイトのおかげじゃな」


「……え? 何の事?」


「もしかして、お前さん覚えとらんのか?」


「覚えてるも何も、私もお腹を氷の槍に貫かれて気を失ったんじゃないの? その後コルトさん達が来て助けてくれて……あれ?」


 そこまで言って違和感を覚える。

 コルトさん達三人が来てくれたのは間違いない。

 でも、セレスタさんはいない。


 じゃあ傷を癒したのは誰?


「ハルル見てたよ? 瑪瑙お姉ちゃんが白髪のアイツを追い払った後、リジェネレイトを使ってくれたんだよ」


「ハルル、本当?」


「ん! これ、ハルルの手と足」


 コクンと頷き、斬り飛ばされた手足を私に見せる。

 そのビックリする光景に、眩暈を起こす。


「わあっ! 瑪瑙大丈夫?!」


「ちょ、ちょっとびっくりしただけ……」


 そこでふとセレスタさんが言っていたことを思い出した。


 リジェネレイトは繊細な魔力制御を必要とする魔法。

 ほんの少しでも制御を乱すと、奇形となって再生されると。


「ハルル! 手と足は大丈夫なの?」


「ん? 大丈夫だよ?」


 そう言ってハルルは右手を私に伸ばし、左手でスカートを捲って左足を前にだした。

 ハルルの右手を掴み、隅々まで確認する。

 変な所は無いように思う。


 左足も確認する。

 斬り飛ばされたのは膝から下。

 可愛らしい小さな足が、ちゃんとある。

 異常は見当たらない。


「お姉ちゃん、くすぐったい」


「みんな大丈夫なんだね?」


 少しホッとして、その場に座り込む。


「そう言う瑪瑙はどうなの? お腹大丈夫?」


「あ、そうだった」


 ルーリに言われて、私は自分のお腹を見る。

 リステルと同じで、服にはしっかりと穴が開いていて、血の滲んだ後がばっちりと残っていた。


 なでなで。


「うん、大丈夫そう」


「本当にぃ?」


 みんながにじり寄ってくる。


 さわさわぺたぺた。


 服の穴からお腹を触りたくられる。


 がばっ!


「ちょっ!!」


 ハルルが私の服を胸の下までまくり上げ、みんなに撫でまわされる。


「もうー! 大丈夫でしょう?」


「ん!」


「さてメノウ。全員の無事を確認して、安心しましたか?」


「え、あっはい」


「では、何があったか話してもらえますね?」


「……はい」


 コルトさんに事情の説明を求められ、私はアルバスティアから聞いたこと、そしてここで起こったことを話す。


「喪失文明期からの生き残り?!」


「八千年以上生きている元人間……」


「人間の上位種ー? 古代の人は凄い事を考えるわねー?」


 私が消えるという話しはまだしていない。

 しようかしまいか、悩んでしまったのだ。


「じ~」


 ハルルに見つめられる。

 そして、可愛らしく頬をぷくっと膨らませている。

 ハルルの膨れた頬をぷしゅっと圧し潰し、そのまま頭を撫でる。

 隠し事してるでしょっていう顔をしていた。

 はいはい、ちゃんと話しますよ。


「それともう一つ。どうやら私は二十歳を迎えることなく消滅してしまうそうです」


「……え?」


「何を……言ってるの?」


 私の言葉に、みんなの顔が一気に青ざめる。


「消滅とはどういうことですか?! 理由を、理由をちゃんと話してくださいメノウっ!」


 コルトさんに肩を強く捕まれて、少し怯んでしまう。


「コルト落ち着け。そう強く迫っても、メノウが話し辛いだけだぞ」


「――っ。すみません。話を聞かせてもらえますか?」


 肩から手を離し、私から少し距離をとる。


「はい。さっき話した内容の中に、アルバスティアの双子のお姉さんの話がありましたよね?」


「ええ、覚えてるわー。あ、メノウちゃんとよく似てる力を持ってたって言ってたわねー?」


「はい。どうも他にも三回ほどよく似た力を持った人と出会ったらしいのですが、二人は二十歳を迎える前に魔力に耐えられずに消滅、一人はアルバスティアが何かして、消滅しかけてから五年はもったそうなのですが、結局は……」


「……」


「もしかして、一緒に行こうって誘われてたりした?」


「うん」


「私達が邪魔……しちゃった……」


 リステルの顔色がさらに悪くなる。


「待って待って。ついて行く気ないから断ったよ」


「……ほんと?」


 今にも泣きそうな目で私を見る。


「何されるかわかんないし、何するかもわかんないあんな奴とは一緒に行きたいとは思わないよ」


「うえええええええええええん!!!」


 突然ハルルが大声で泣きだした。


「よしよしハルル、どうしたの? 私はちゃんとここにいるよ?」


 ぎゅっと抱きしめて、頭を撫でる。


「消えちゃやだー! やだよおおおおっ!!!」


「……うん、そうだね」


「……メノウちょっといいか? アルバスティアは、姉の力を何と言っていた?」


 それまで俯いて黙っていたシルヴァさんが、顔をあげて聞いて来た。


「えっと、魔法から生み出したものがすぐには霧散せず、しばらくの間残るって言ってましたね?」


「その言い方は、メノウが要約してそう言っているのか?」


「いえ、間違いなくしばらくの間残ると言っていましたよ」


「そうか。ではこれを見てくれ」


 シルヴァさんは空間収納から拳大の石を取り出した。

 それを見て、コルトさんとカルハさん以外が首を傾げる。


「これは、メノウが放ったロックバレットの石だ」


「……え、それいつのやつ?」


 リステルが目を見開いて聞く。


「フルールでリステル様と再会して、みんなで東の草原で修行してた時だな」


「うわ、よくそんなの持ってましたね?」


「拾ったのは偶然だったんだ。この石、まだ魔力になって霧散してないぞっと思ってな。まあ、あの時からメノウの魔法を疑問には思ってたんだがな」


「それで、そのロックバレットの石がどうしたというのじゃ?」


「アルバスティアの姉、セリスティアだったか? そいつの魔法は確かにしばらくの間は残っていたんだろう。という事はだ。結局は霧散したという事になる。だが、メノウの魔法は未だ霧散していない。これだけの長い時間を、しばらくなんて言わないと思わないか?」


「もう一つあります。これは確認なのですが、メノウから貰った魔力石、みんなはまだ持っていますね?」


「もちろんあるよ」


「ん!」


 四人とも空間収納から、私が作ってプレゼントした魔力石を取り出す。


「それは魔法として行使された残滓じゃなくてー、魔力そのものなのよー? それが未だに形を保ってあり続けているという事はー、アルバスティアの言っていた能力とはまた違うという事よー」


「あっ!」


 ルーリが小さく声を上げる。


「どうしたの?」


「あいつが出会って消えた三人はどうだったかはわからないけど、少なからずセリスティアの方はこの世界の住人で、幼い時から魔法を使えたはず。でも瑪瑙が魔法を使えるようになったのはついこの間よ。えっと、えーっと、……前提条件が違いすぎると思うの。だから、きっと瑪瑙は消えないわ」


「そう……だね」


 本当の所はどうかわからない。

 ルーリは言葉を濁したけど、私が消滅するとしてもまだずっと先だって言いたかったんだろうというのは気づいた。


 皆に大切に想われている事を、とてもとても嬉しく思った。


 それでも。


 だからこそ……。


 私のせいで命の危険にさらしてしまったことを、酷く後悔した。


 そして、怖くなってしまった。


「戻ろっか。セレスタさんにお礼を言わなくちゃ」


「いや、ちょっと待て。まだ話は終わってないんだ」


 シルヴァさんが若干慌てた様子で私を止める。


「はい?」


 え、まだ何かあるの?


「ハルル、あれはメノウがやったことで間違いないんだな?」


「ん! 瑪瑙お姉ちゃんが操ってたので間違いないと思う」


「メノウちゃん、後ろ見て?」


 カルハさんに促されて私は振り返る。


「……何あれ?」


 少し離れた所にあったのは、植物の蔓でできた十字架だった。


 恐る恐る近づいて見てみると、普通の植物じゃない事が分かった。


 幾重にも絡み合い、数えきれないほどの蔓で十字架は出来ていたけれど、全てが一本の根元から枝分かれしていたものだった。

 それは、これだけ蔓があるにもかかわらず、たった一つの植物だという事。


「私がここに来た時、こんなの無かったし、やっぱり私がやったのかな?」


「ハルル見てたから、間違いないよ?」


「……全然覚えてない」


 恐る恐る植物に触れようとした時、植物から赤黄青緑に煌めく粒子が溢れだした。

 私達は慌てて距離をとる。


「これは……」


 そうこうしている内に、蔓の先端から四色の粒子になって、キラキラと霧散していく。


「……この植物は霧散するのねー」


「こいつを構成している魔力は、四属性全てなのか。地と風が多いみたいだが……。だが、霧散するという事は、これは魔力で生み出された植物で、間違いなく魔法だという事だ」


「植物を操る魔法って無いんですか?」


「無い。いや、実際目の前にそれがあったんだから、言い切るのはおかしいな。少なくとも、私が知っている全ての魔法の中に、植物を操る魔法なんて無い」


「じゃあドミネイトって水属性魔法は?」


「アルバスティアが使ったのか?! 誰にっ?!」


 私がドミネイトという魔法の事を話すと、シルヴァさんは酷く動揺したようで、私に詰め寄ってくる。


「私の額を掴んで、ドミネイトと言ってました」


「っ! 大丈夫……なんだな?」


「はい。かけられたはいいんですけど、精神干渉系の水属性魔法と言うことくらいしかわかりませんでした……」


「……はあ。そうか」


 シルヴァさんは大きく息を吐き、私の頭を撫でる。


「シルヴァ、ドミネイトって私も聞いたことない魔法なんだけど、どんな魔法なの?」


「禁呪だ。それも大昔に抹消され、詠唱の文言が残されていない魔法だ」


 ドミネイトは、精神を支配する魔法。

 一時的に対象を思い通りに操る魔法とは違って、この魔法は一度かけられると自我を壊されてしまい、魔法の解除をしたとしても廃人となってしまう。

 精神の強い者か、魔力が行使者よりも多い者が抗う意思を持っていれば、辛うじて抵抗が出来るというが、不意に行使されると抵抗する間も無く、魔法の効果で自我がなくなる。

 そのあまりにも非人道的な魔法の効果ゆえ、開発した者は一族全員死罪となり、使用した者もまた死罪となった。

 そして禁呪と認定され、魔法の名前と効果、簡単な来歴だけが残されていて、今では使える者は誰もいない魔法だそうだ。


 その魔法の効果の惨さに、私はぞっとする。


「メノウは抵抗できたのか?」


「あ、いえ。不意打ちだったので訳も分からず」


「そ、そうか。恐らくメノウの魔力量がアルバスティアとは比べ物にならない程多かったんだろうな。何にせよ、何事も無くて良かった」


 珍しくシルヴァさんは私を強く抱きしめてくれた。


「そう言えば、コルトさん達はリステル達と一緒に来たんじゃないんですよね?」


「そうですね。どうやらお嬢様達が休憩をしている時にセレスタさんが来たようで、私達には何も告げず、四人でメノウを追いかけて行ったようですね。呼びに行ったらセレスタさん一人だけぽつんといたので、随分出遅れてしまいました」


「もう少し冷静になって欲しかったわねー?」


「う、ごめんなさい」


「メノウの事になると、冷静さを保てなくなるのはあまり良くないぞ?」


「すまんのう。妾としたことが、気が急いてしもうた」


「空に青い光が昇ったのを見て、居場所が分かったんです。草原のど真ん中で全員倒れているのを見た時は、肝が冷えました」


 私は、みんなが見えるように少し離れた所に移動する。


「本当にごめんなさい。みんなに心配をかけるどころか、私のせいで死なせてしまうところでした……」


 深く、深く頭を下げる。


「ううん、私もごめん。助けに来たつもりが、私が弱いせいで結局瑪瑙の足を引っ張る事になっちゃった……」


 リステルは俯いて悔しそうに言う。

 その手はきつく握りしめられて、震えていた。


「はいはーい。みんな今回の事は色々反省点があったと思うけど―、無事に乗り切ったことを喜びましょー? あなた達は生き残ったのー。だからー、次へ活かせるでしょー?」


 カルハさんが手を叩いて視線を集め、温かい言葉をかけてくれる。


 ……次なんてあって欲しくない。

 活かす機会なんて、来て欲しくなんてない。


「戻りましょうか。セレスタさんにもちゃんと事情を説明しておかなくちゃいけませんしね」


 手を繋いで横並びで歩く。

 みんなが無事で本当に良かった。

 心からそう思う。


 ……。


 セレエスタの街へ戻り、セレスタさんに事情を説明する。

 全部を話していいものかと思ったのだけれど、隠さず話すことにした。

 私が異世界から来たという事は、言っていないけれど。


「セレスタさん、リステル達を呼びに行ってくれて本当にありがとう」


「いえいえ、あの場にいて何もできなかったのです。ご無事でよかった」


 涙ぐみ、私の手を握るセレスタさん。


「それにしても、喪失文明期から生きている人間ですか……。恐ろしい存在もいたものですね。そして、メノウさんを仲間に引き入れたいほど、メノウさんの力が凄いと……」


「確かに、メノウさんの力には目を見張るものがあります。確実に私より強力な魔法をお使いになる。それが治癒魔法だけではないのだとしたら、引き入れたいと思うのもわからなくはありませんね」


「この間からの騒動と言い、寿命がいくつあっても足りませんね……」


 ティレルさんとヴィオラさんは、目を白黒させている。


「皆さん本日は大変だったでしょう。明日には救援隊の第一陣が到着するそうですので、しばらくゆっくりされてはどうでしょう? そうでなくとも、セレエスタの街の襲撃からずっと働きづめなのです。どうぞお体を休めてくださいな」


 セレスタさん達の計らいで、私達は数日お休みを頂くことになった。


 シャワーを借りて、食事を済ませ、やっとゆっくりできる時間になった。

 ベッドに仰向けになり、今日起こったことを色々思い出す。


 切っ掛けは、私の軽率な行動のせい。

 あの時面倒臭がらないで、水を汲みに行っていたのなら、アルバスティアに目を付けられることも無かったと思う。

 そうじゃなくても一人で行かず、誰かと一緒に行っていれば、何とかなった可能性があった。


 みんなを死にそうな目に合わせてしまった。


 そんな自分がどうしても許せなかった。


「瑪瑙、また難しい顔してる」


 リステルが私の顔をムニムニとほぐす。


「どうせお前さんの事じゃ、自分を責めておるんじゃろう?」


「……だって」


「だっても何も無いわ。どうあっても避けられない事っていうのは往々にしてあるの。それこそ、今回の事がそうだと思うわ」


「……」


「アルバスティアがこの街に来てたこと自体、偶然にしては出来過ぎよ」


「アイツは瑪瑙お姉ちゃん目当てでここに来たって事?」


「そうじゃないとは思うけど、これも運命って言うのかしらね?」


「……嫌な運命」


「いい巡り合わせばかりを運命とは言わないでしょう?」


 相変らずみんな、一つの部屋に集まってゆっくりしている。

 いつもと違うのは、みんな隙間なく引っ付いて離れない事だろうか?


 みんなの温もりと声に、安らぎを覚える。


 だから、私は言うことにした。


「……ねえ。フルールに戻らない?」


「……え?」


「戻ってどうするの?」


「フルールでのんびり暮らそうよ。フルールの草原とかキロの森とかに狩りに行ってお金は稼げるんだしさ」


 怖くなってしまったんだ。

 また私のミスで、誰かが傷つくかもしれない。

 もしかすると、死なせてしまうかもしれないと。


「元の世界に戻るんじゃなかったの?」


「それは……」


「瑪瑙よ、お前さん心の状態を忘れてはおらんか?」


 みんな、目を見開いて私を見る。


「忘れてないよ」


「もたんぞ?」


「……」


「瑪瑙は、帰りたくなくなったの?」


「……うん」


「お姉ちゃんのお父さんとお母さんと、幼馴染のあのお姉ちゃんはもういいの?」


「……う、ううっ。もう、もういいよ」


 声が震え、涙が流れ、嗚咽を漏らしながら必死に肯定する。


「わかった。わかったからもう泣かないで。もう今日はゆっくりおやすみ」


 みんなに抱きしめられあやされながら、私は眠りに落ちていった。

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