化け物
白髪の女の子、アルバスティアさんと再会したその日の夜、私はそのことをみんなに話した。
そして大いに驚かれ、注意を受けた。
「瑪瑙、もう一人で会いに行っちゃダメだからね!」
「瑪瑙お姉ちゃん、めっ!」
「ごめんってば。もう会いに行くつもりはないよ」
「それにしても、ルアラって女の子? タルフリーンの誘拐事件の犯人一味だった子が、白髪の女の子と一緒にいるなんて……」
「牢屋から出したのは、間違いなく其奴じゃろうな。まさか
「ただメノウの話を聞くに、このセレエスタへ来たのは街の危機を知らせるためみたいですね。あの時感じた悪寒のようなものは、背後をとられたことに気づかず動揺していたからなのですかね……?」
コルトさんの話す内容を聞いて、ハルルがぷーっと頬を膨らませる。
「どうだろうな? 話している事が全て本当かはわからんだろう? あの時ハルルの感じたというものが間違っているとは思えん。警戒するに越したことはないだろう」
今度はシルヴァさんの話を聞いて、ハルルはうんうんと首を縦に振る。
「そうねー。彼女が何を考えているかわからない以上、私達は細心の注意を払う必要があると思うのー」
「不用心でした。ごめんなさい」
「いや、この街に来ている事を知らないでいるより、知っていた方がずっといいさ。それに、後二~三日は動けないんだろう?」
「そうですね。まだまともに動けるような状態ではありませんでした」
こうして私達は彼女の存在を警戒して、会わないようにと立ち回ることになった。
街は復興に向けてどんどんと慌ただしくなっていく。
勿論中流区も下流区程ではないが、かなりの被害が出ている。
私達はセレスタさんにお願いされたこともあって、復興のお手伝いをしている。
次々に訪れる怪我人の治療や、住む場所を無くした人たちのためにテントを張り、餓えている人達のために炊き出しを行った。
私達はアルバスティアさんと遭遇することはなく、三日があっという間に過ぎた。
そして……。
セレスタさんが私の左腕に両手をかざし、詠唱を始める。
「巡り廻る命の
すると私の左手首が赤く輝き出す。
「生命の根源たる水青の加護の下、汝のあるべき姿を示せ」
赤い光は少しずつ形を変え、失った左手を形作り始めた。
「その身に受けし惨禍を、今こそ癒そう」
そして、セレスタさんのかざす手から青い光が眩く灯る。
「さあ歓喜せよ! 黒き暗澹たる虚無から汝は解き放たれん! 祝福せよ! 再び
少しずつゆっくりと、私の左手首から青い光の糸が無数に伸びていき、青い光の糸は絡まり合って骨を形作り、肉を纏い、皮が覆っていく。
完全に元の左手の形になると、青と赤の光だけが指先から弾ける様に粒子となって消えていく。
光が完全に消えると、そこには私の左手が、無くなったはずの左手が、あった。
ゆっくりと左手を握る。
ちゃんと動く。
右手で左手を握る。
左手から右手の温もりが伝わってくる。
「――っ」
思わず左手を胸元に抱き寄せる。
「良かったね、良かったね瑪瑙!!!」
「瑪瑙! やったね!!!」
その瞬間みんなが涙を流しながら私を抱きしめる。
もう帰ってこないと思った。
諦めもした。
それでいいんだと思った。
それでも、こうして左手が帰って来たことに、涙が溢れた。
「セレスタさん、ありがとう」
「メノウさんの行いに、少しでも報いることが出来て、私も嬉しいです」
ぐったりして膝をつくセレスタさんの手を握る。
「大丈夫ですか? すぐ横に……」
「あ、いえ。実は魔力の消耗がそんなに酷くないんです」
「え、どうしてです?」
「恐らくなんですが、メノウさんの膨大な魔力が、私の魔力を補完したからではないでしょうか」
「そんな事ってあるんですか?」
「わかりません。ですが、そうでなければ、私は今頃喋る事もままならなかったはずなんです」
セレスタさんはゆっくりと立ち上がり、私の手を握り返す。
若干ふらついてはいるけれど、そこまで体調は悪そうではない。
「ふぅ。この感じだと治癒魔法はある程度使えそうです。限界まで魔力を使っていないので、回復も早いでしょう」
「それは良かった」
こうして私の斬り落とされた左手は、無事に戻ってきたのだった。
翌日からも、私達はセレエスタの街の復興のお手伝いを続けている。
復興はまだまだ始まったばかりで、私の左手が元に戻ったからはいさよならと、そんな薄情な真似はできない。
瓦礫の撤去や建物の解体をしていると、どうしても怪我人は出るし、家と財産の全てを失い路頭に迷っている人は少なくない。
怪我人はセレスタさん達聖女様方に任せて、私とカルハさんは料理の腕を買われて炊き出しを手伝う事になっている。
勿論、普段から私とカルハさんを手伝ってくれているみんなも、材料を切ったりと手際が良いので一緒にいる。
テレビでしか見た事のないような巨大な鍋に悪戦苦闘しつつ、炊き出しを続けた。
あまり美味しくない酷く薄味のスープだったので、上流区の精肉店から鶏ガラを貰って来て即席で改良したり、パンの供給が追い付かなくなってしまったので、急遽スープに小麦粉を練って作った水団を作って入れたりと、想像以上に忙しなく一日が過ぎて行った。
疲労困憊の中、そろそろ陽が傾きかけて来た頃、白い衣装を着た女性が酷く慌てた様子で私を呼びに来た。
「メノウさん! 急ぎ上流区までお越しください!」
「どうしたんですか?!」
今にも倒れるんじゃないかと言う程、息を切らしながら話す女性に私は驚いた。
「……はぁはぁ、解体中の建物が突然崩落してしまい、さっ作業をしていた方達が巻き込まれ……て……。セレスタ様はもうほとんど魔力が……」
「場所は天幕がある広場ですか?」
「はっはい!」
そこまで聞いて私は炊き出しをみんなに任せて、上流区へ駆け出した。
風の魔力を纏いつつ、全速力で走る。
「セレスタさん!」
「メノウさん」
人だかりができていた天幕に入る。
そこにはぐったりしているセレスタさんと、二人の白い服の女性。
そして、六人の男性が横たえられていた。
「四人は治癒できたのですが……。二人の怪我が酷く、魔力がもう……」
セレスタさんの視線の先にいる二人は、膝から下がぐちゃぐちゃにつぶれていた。
その酷い状態に、思わず息をのむ。
急いで手をかざし、治癒魔法をかける。
「袂に集え、癒しの青光よ。水の加護の下、かの者に癒しを与えん。答えよ血よ。汝の主のもとある姿を。さあ祈れ、祝福せよ。清浄なる流れにより、主の傷は癒されん。ヒーリング!」
私の手から眩い青の光が灯ると、少しずつ潰れた足が青の光に包まれていく。
光に満たされた足は、潰れて歪だったものが、本来あるべき形へと戻っていく。
苦痛に耐えていた男性の顔が、すっと穏やかになる。
「……痛く……ない……。動く! 動くぞっ!!!!」
驚きのあまりか、男性は飛んで跳ねてを繰り返す。
おおおおお。
静かな歓声が起こる。
もう一人にも同じように治癒魔法をかける。
「ああ! 元に戻ってる!! ありがとうございます! ありがとうございますっ!!!」
「――っ!」
もう一人の男性は、涙を流しながら私の手をぎゅっと握った。
悲鳴をあげそうになったけど、寸前で何とか押しとどめた。
「他に怪我をしている方はいらっしゃいませんか?」
男性の手からすり抜けるように逃げて、周囲を見渡す。
すると、
パチパチパチパチ。
拍手の音が響いた。
「いやいやいや。お見事なのです」
その声に、私の背筋がぞわっと粟だった。
見物人をかき分け、アルバスティアさんが目の前に立っていた。
「……アルバスティアさん」
「おやおやおや。スティアで構わないのですよメノウさん。それにしても見事な治癒魔法だったのです。そこにいるアナタも中々の力をお持ちのようなのですが、メノウさんはさらに凄いのです!」
再び拍手をするアルバスティアさん。
彼女に釣られて、周りの人たちも拍手をする。
「……ありがとうございます」
「ここ三日ほどお会いできなかったので、少し寂しかったのですよ? お話したいこともあったのです」
私は何故か冷汗が止まらなかった。
今まで感じた事ない威圧感のようなものを、彼女から感じている。
何とかそれを悟られないようにと、いつも通りの対応を心掛ける。
「すみません。復興のお手伝いをしていたんです。この街は今、大変な最中にありますから」
「おやおや、そうだったのですか。それはそれはご苦労様なのです!」
「いえいえ」
怖かった。
前髪に隠れてチラチラと見える、じっと私の眼を見つめるその光の無い目が、得体の知れない恐怖を感じさせた。
「それで、今なら少しお時間があるようですが、お話を聞いていただきたいのです!」
「あ、まだ炊き出しをしている途中なんですよ。慌ててここに来たので、お鍋を任せっぱなしにしているので、急いで戻らないと」
「おや、おやおやおや。あんなひどい負傷を治癒したのです。少しくらい休憩を頂いても誰も文句は言わないと思うのです。皆さんもそう思わないです?」
彼女はそう言って、周りにも問いかける。
そうだそうだ!
ゆっくりしてけよ嬢ちゃん!
あんなすげー魔法を使ったんだ! 疲れてるだろう!
「いえいえ。私はまだまだ元気いっぱいですよ! それにお腹を空かせている人たちがいっぱいいるんです。早く戻って沢山作らないと!」
私がこぶしを握り締めてそう言い切ると、おおっという歓声と、拍手が再び起こった。
「……そうですか。それは残念なのです……」
彼女の漏らした言葉にホッとして、
「そう言う訳なので、私は急いで戻りますね」
私が天幕から出てみんなに頭を下げて、逃げるように去ろうとした。
「――では、頼み方を変えるのです」
「――え?」
次の瞬間、
「ぎゃあああああああああああああ!!!!!!!」
彼女の近くにいた一人の男性から悲鳴と血飛沫が上がった。
「ここにいる、ワタシの眼に入る範囲にいる人間を皆殺しにされたくなかったら、ついて来てほしいのです」
男性が倒れた瞬間からワンテンポ遅れて、見ていた人達の悲鳴があがり、大勢の人が逃げていく。
「なん……で?!」
「おやおやおや、そんな事を言っている場合なのです? この方を治癒してあげなくて良いのです? このままだと死んでしまうのですよ?」
「――っ!!!」
慌てて血飛沫が上がった男性に駆け寄る。
気を失っているだけみたいで、まだ息はあった。
慌てて治癒魔法をかける。
「そうそう、それでいいのです。それにしても悲しいのです。酷く警戒されていたようなのです……」
後から私に近づき、肩に手をポンと乗せる。
ここに来てようやくわかった。
ハルルが言っていた彼女の異常性の一端が。
彼女は、人を傷つけた事を何とも思っていないようだった。
むしろ、言った通りまだ殺してないんだから誉めてくれと言わんばかりの態度をさっきから取っている。
そしてそのことが分かった瞬間、彼女が先ほど言った、目につくものを皆殺しにするという言葉が、本心から言っているのだと理解した。
私は震える両手を上げ、抵抗する意思がない事を示した。
「わかった。ついて行くから、これ以上他の人に酷い事をしないで」
私がそう言うと、彼女は口が裂けたような恐ろしい笑みを浮かべ、
「そうですかそうですか!! わかっていただけて何よりなのです。ささ、ついて来てください」
嬉しそうに言い、私に背を向けて歩き始めた。
メノウとアルバスティアの二人が見えなくなると、一人の少女が全速力で走り出した。
「どこへ行くの?」
「とりあえず、街の外までなのです」
「……そう」
「そんなに警戒しなくても良いのです」
「あんな事をされれば、警戒するのは当たり前じゃない」
「それもそうなのです」
「……」
「少し、ワタシの話をするのです。メノウさんは喪失文明期の事をどれくらいご存知なのです?」
突然脈絡のない事を話し出して、私は混乱する。
「え? ええっと、そう呼ばれている古い古い文明があったのはわかっているんだけど、それくらいしかわかっていないんだっけ?」
確か遺跡も残っていたはずだけど、何の遺跡かはわからず、文字のようなものも解読が出来ていないと、ルーリが言っていたことを覚えている。
「古い文明……。間違いではないのです。正確には、八千四百五十六年前に、人間同士の争いによって滅びた文明なのです」
「……え?」
「ちなみにワタシは、喪失文明期からの生き残りなのです。まあ当時は喪失文明期なんて呼ばれてはいなかったのですよ」
「本気で言ってる?」
突然何を言い出すんだ。
「もちろんなのです!」
「人間じゃないと?」
「おや、おやおやおや。なんて失礼な! っと言いた所なのですが、八千年以上生きているワタシを人間と言うのは、確かに無理があるのです。元人間と言ったほうが正しいのです」
自嘲気味に肩をすくめて言うその姿は、嘘を言っているようには見えなかった。
私達はセレエスタの出入管理所を出て、さらにしばらく歩く。
「ここなら誰にも邪魔されずに話せるのです。メノウさんも安心できるのです」
草原にぽつんと私とアルバスティアさん。
私は空間収納から剣を取り出し、左手で鞘、右手で柄を掴み、いつでも抜ける体制をとる。
「そうね」
姿勢を低くして構える。
「待つのです待つのです! 先ず話を聞くのです!」
そう言って彼女はそのまま腰を下ろし、おもむろに服のボタンをはずし、胸を露わにした。
「――?! あなた
「残念ながら違うのです。これは人によって埋め込まれた
彼女の左胸には、丸い宝石のようなものが埋め込まれていて、その宝石は、赤青黄緑とゆっくりと色を変えて光っている。
そして宝石を中心に、魔法陣のような模様が体に浮かび上がっていた。
「それが私と何の関係があるの?」
「まあまあ。少し身の上話をさせて欲しいのです」
「……」
私は何も言わず、警戒も解かず、構えは崩さない。
それでもアルバスティアさんは静かに語る。
今より八千年以上昔のこの世界は、現在より遥かにずっと栄えていた世界だった。
人は空飛ぶ乗り物で世界中を飛び回り、大地は自動で走行する乗り物でひしめき合っていた。
誰もが豊かな生活を送り、何不自由なく生を謳歌し、それが永久に続くと疑う者はいなかった。
だが、終わりは突然に訪れた。
「ワタシと姉様が生まれたのは、そんな世界の末期も末期。全ての国が水や食べ物等を奪い殺し合う、争いの世界だったのです……」
そんな終末の世界では、戦争を繰り広げる表舞台とは別に、水面下でとある研究が始まった。
魔物と言う存在には上位種が存在する。
だが、人間には上位種が存在しない。
今人間が争い殺し合い、苦しみ合っているのは、人間と言う種に限界が来たために起こっていると考える者が現れた。
人間の上位種を創り上げる研究が各国で始まった。
ただ漠然と人間の上位種を創る訳ではなく、ある指針が示された。
魔法の完全物質化。
どれだけ文明が発展しようと、魔法の研究が進もうと、魔法で生まれた物は治癒魔法を除く全て、霧散し無に還る。
……もしも、もしも水だけでも、魔力に戻り霧散することなく生み出せることが出来るようになったのなら、この世界で起きている争いの三分の一はなくなるだろう。
だが研究は進まず、争いは激化の一途を辿る。
そんな世界の中、双子が生まれる。
セリスティアとアルバスティア。
姉であるセリスティアは保有魔力量が非常に多く、魔力適正もとても高かった。
そして何より、魔法から生み出したものがすぐには霧散せず、しばらくの間残るという、今までの魔法の常識を覆す能力を持っていた。
妹であるアルバスティアは、セリスティア程ではなかったが、魔法の才能はあったが、セリスティアと違って、魔法はすぐに霧散してしまう。
その代わりか、アルバスティアはマナを見る眼を生まれながらに持っていた。
子供の頃からその才能の片鱗を見せた二人を、両親はあっさりと研究機関のスペリオルに売り払った。
それが金欲しさだったのか、研究所にいれば、双子はまだましな生活が送れると慮っての事だったのか、双子にはわからなかった。
双子は実験体として扱われ、施設で暮らすようになる。
そこには双子と同じような境遇の人々が、実験体として多くいた。
ただ、双子の才能は稀有なものだったため、とても丁重に扱われた。
月日は過ぎ、世界はさらに混沌を極めていく。
研究は行き詰まり、双子と共に暮らしていた実験体たちは、どんどん数を減らしていく。
もう実験体が双子しか残っていたかった時に、セリスティアが消えた。
自身の途方もない魔力に体が耐えられず、制御がきかなくなり、魔力となって霧散して、アルバスティアの目の前で消滅しまった。
アルバスティアは自棄を起こし、自身を使って実験をすることを願った。
数多の人々が、実験の末に無惨に死んでいった。
仲良くなった同い年の女の子は、見るに堪えない異形と化し、殺された。
想いを告げて来た男性は、上半身が爆ぜ、即死した。
みんなみんなみんなみんな。
死んでいった。
研究員の数ももう数人しか残っていない。
アルバスティアは自死を選べず、最後の実験に挑む事を選んだ。
薬を飲み、眠りについた。
「目が覚めるまで、五年が経っていたそうなのです。そして、その間に、世界は滅んでいたというのです」
何の因果か、最後の最後で実験は成功。
アルバスティアは、適合者として生まれ変わった。
「生まれ変わったと言っても、結局はワタシもまだまだ未完成だったのです。魔法は以前と変わらず霧散してしまいますし、適性も上がらなかった。唯一つ、寿命がわからなくなってしまったことに関しては、驚きなのですが」
彼女の壮絶な過去に、私は怯みたじろぐ。
「そんなあなたが、一体私に何の用なの?」
「アナタは姉様とよく似ているのです。非常に多い魔力保有量、水と治癒の高い適性。そして、長時間残り続ける魔法」
「……何の事?」
「とぼけても無駄なのです。ワタシに水を飲ませてくれたあの日、アナタは魔法で瓶の中を水で満たしたのです。私の眼は魔力も見ることができるのです」
「っ!!」
「本当はあの水を回収したかったのですが、残念ながら全て飲まれてしまったのです……」
誰にも気づかれないと思っていたけど、こんなことで気づかれてしまうとは、不用心だった……。
「アナタはこのままでは二十を迎える前に、姉様と同じで自身の魔力に耐えられなくなり、霧散して消滅することになるのです」
「……え?」
私が消滅する?
アルバスティアさんが突然言い出したことに、私は愕然とし、思わず構えを解いてしまった。
「ワタシが眠りから覚めた後、スペリオルの研究を引き継ぎ、この世界を彷徨ったのです。そして、姉様とメノウさんと同じ能力を持った者と三回出会ったのです。その内二人は先ほど話した通り、二十を迎えることなく霧散して消滅したのです。三人目は何とかしようとしたのですが……」
「その人も消滅してしまったの……?」
「はい。残念ながら、消滅しかかってから五年ほどは何とかできたのですが、それ以上は無理だったのです。メノウさんお歳は?」
「十五……もう十六になってると思う」
「あまり時間がないのです。だから、ワタシと来てほしいのです!」
「……」
「ワタシはこの世界の遺跡を探索し、少しづつ知識を蓄え研究をし、実験を繰り返し、人間の上位種を創るため生きてきたのです。そして、アナタのような力の持ち主が、上位種へと至る可能性がある鍵だとわかったのです! 今のワタシでは、メノウさんを完全に救う事は出来ないと思うのですが、少なくとも消滅を先延ばしすることはできるのです! ワタシは必ず、先伸ばした時間でアナタを上位種にして救って見せるのです!」
アルバスティアさんの必死の訴えに、私は力なく只々立ち尽くす。
本当かどうかはわからない。
ただ、何もかも嫌になりそうだった。
私は別に、望んでこの世界に来たわけじゃない。
訳も分からず放り出されて、運よくリステルとルーリに助けられた。
怖い思いをして、痛い思いもして、死にそうになって……。
それでも、それでも我慢して頑張って、元の世界へ戻る方法を探す旅をしている。
それなのに、アルバスティアさんの言っている事がもし本当なら、私は消滅してしまう。
私が……。
私が一体、何をしたっていうの……?
「はあ。お話はわかりました」
「おお! では、早速行くのです!」
「いえ、結構です」
「……」
若干投げやりに答える。
自棄を起こしそうだけれど、ぐっとこらえる。
何もかも忘れて大暴れしたい気分だった。
「私はみんなと一緒にいたい。少なくとも、あなたと一緒にいたいとは思わないわ」
「……何故です? ワタシの話を信じてもらえないのです?」
アルバスティアさんは、断られるとは思っていなかったのか、震えた声で聞いてくる。
たぶん、本当なんだろう。
八千年以上生きているという事も、私が消滅することも。
何とかしたいと思ってくれている事も。
でも。
「そんなのわからないよ。ただ、そんな事より純粋に、あなたと一緒にいたくないだけ。人を平気で傷つけるあなたと一緒になんて、普通にムリ」
イライラしていたこともあり、かなりきつい口調で言ってしまう。
少し罪悪感を感じた。
「……」
「それじゃあ私は戻るね。できれば、もう関わらないでほしい」
私ははっきりと拒絶の意思を示し、街へ戻ろうとした。
「残念なのです。アナタとはお友達になれると思っていたのです……」
少し言い過ぎたかなと振り返ると、そこには誰もいなかった。
「……え?」
驚いて周囲を見渡すが、どこにもアルバスティアさんの姿は見当たらない。
「――っ!!」
背筋がぞわっと粟だって、嫌な感覚を背後から感じ取り、慌てて振り返る。
突然アルバスティアさんが私の背後から姿を現し、私の額を鷲掴みにした。
彼女は、口が裂けたような不気味な笑みを浮かべていた。
「ドミネイト!!!!!!」
青い光が沸き上がり、私は思わず目を閉じる。
「本当はこんなことしたくなかったのですが、メノウさんが悪いのですよ? 消滅してしまった姉様の為にも、スペリオルの研究者達から託された思いの為にも、アナタはどんなことがあっても逃がさないのです!!」
何やら独り言が聞こえて来た。
「さあ、行くのですよ」
「え、嫌だって言ったじゃん」
閉じていた目を開いて返事をする。
「……は?」
「……え?」
間抜けな声を上げるアルバスティアさんに、私は首を傾げた。
未だに私の額を掴んでいる手を払う。
「おや? おやおやおや?」
「今、私に何をしようとしたの? ドミネイト、聞いたことない魔法」
シルヴァさんから貰った魔導教本には載っていなかった。
「青い光だから水属性の魔法? ……精神干渉系の魔法?!」
慌てて距離をとり、剣の柄に手を添えて構える。
「私に何をしようとしたの?!」
「まさか
「――!!」
「――ですがその前に」
アルバスティアさんは、突然自分の左側面に岩の壁を作った。
ガキンという何かがぶつかる音が聞こえたかと思うと、彼女の後ろにリステルが突如現れ、剣を振り抜いていた。
「防いだ?! 瑪瑙逃げ――ぐっ!!!」
リステルは私に向かって声をあげた瞬間、リステルの腹部めがけて地面から土の槍が飛び出し、貫いた。
「リステルッ!!!!!!!!!」
「――かはっ! ぐぅ!! このぉっ!!!」
血を吐きながら、それでも腹部に刺さった土の槍を魔法で切断し、アルバスティアに向かって剣を振るう。
リステルの剣をいとも容易く躱し、リステルは私の所まで吹き飛ばされてきた。
「めの……う……。逃げ……て……」
リステルは口とお腹から大量に血を流し、ピクリとも動かなくなった。
「――あっ、ああ……っ」
突然起こったことに、私は何も考えられなくなり、ただ茫然と立ち尽くしていた。
「う……そ……リステル……嘘よね? 起きてっ! 目を覚ましてっ!!!」
私の叫びは届かず、リステルは動かない。
「お前ええええええっ!!!!!!」
「ハルルダメッ!!!!」
アルバスティアの後ろからハルルが襲い掛かり、真っ青に燃え盛る大鎌を大上段から振り下ろした。
だが、アルバスティアは後ろに目があるかのように、振り向きもせず、体を半歩ずらしてあっさりと躱す。
「ふっとべええええええ!」
青い爆炎が噴き上がると思った瞬間、ハルルの大鎌が宙を舞い、噴き出していた青い炎が掻き消た。
弧を描く大鎌にはハルルの右腕が、未だに握られていた。
「うあああああああああああああっ!!!!!!」
ハルルが叫び声をあげ、左手で失った右腕を押さえ、膝をつく。
「ハルルっ!!!」
「ふっ! はあっ……はあっ……!! 殺す! 絶対殺すっ!!!!!」
「……今のは少し危なかったのです。その尋常ではない怪力。
ハルルは空間収納から短剣を取り出し、左手で構える。
右肩からだくだくと血が流れているにもかかわらず、そんな事はお構いなしにと姿勢を低くした瞬間、ハルルはぐらりと姿勢を崩し、倒れた。
左足を風の魔法で斬り飛ばされていた。
「ぐうううううううううっ!!! めの……う……お姉……ちゃん……に……げて……」
「ハルルっ! ハルルっ!!! アルバスティア!!! お願いもうやめてっ!!!!!!!」
「知らないのです。それよりこの子も連れて帰りましょう」
「ドミネイ――」
倒れ伏すハルルの頭に手を置き、魔法を発動した瞬間、
「エスカッシャン・サファイア!!!!」
アルバスティアの手を弾き、ハルルを青い結晶が守った。
「おや? この魔法は……」
「瑪瑙っ!! その二人を引きずってでも逃げるのじゃっ!!! 急げっ!!!」
サフィーアの声に無心で体を動かす。
火の魔力を纏い、リステルを担ぎ、ハルルに近づく。
青い結晶の結界は、私が近づくとサフィーアが解除し、ハルルも担ぎ上げ、距離をとる。
「宝石魔法? まさかまさか、アナタ
「ヘイル・ブルージュエル!!」
サフィーアは何も答えず、問答無用でアルバスティアに青い宝石の雨を降らせ、攻撃する。
舞い上がった土煙が次第に腫れていくと、そこには氷の壁が作られていた。
「ブレイクシュート」
アルバスティアが氷の壁に触れると、たちまち砕け、氷片となってサフィーアへ襲い掛かる。
「エスカッシャン・サファイア!」
寸前のところで、青く煌めく結晶の結界が現れ、サフィーアを守る。
「ほうほう。かなりの強度なのです! ではこれではどうなのです?」
アルバスティアは指をパチンと鳴らす。
「フラッシュオーバー」
その瞬間、サフィーアの青く煌めく結晶の中から爆音が響き、紅蓮の火炎で満たされた。
「うあああああああああああっ!!!!!」
サフィーアの絶叫が響き、結晶が砕け散り、破片はすぐさま霧散して消えていく。
「サフィーアっ!!!!!!!!!!」
サフィーアは顔を押さえてうずくまる。
その体は、酷い火傷で爛れていた。
「お願い……、もうやめて……。ついて行くから、これ以上傷つけないで……」
ピキッ。
パキンッ。
膝をついて私は懇願する。
「ふっ、ふふふふ! あははははははははっ!! 最初からそう言っておけば良かったのです!!! 大丈夫、大丈夫なのですよ! 殺さない程度に痛めつけただけなのです!! さあさあ! 治癒魔法をかけてあげるのです! そうしたら、さっさと私についてくると良いのです!」
「……わかった」
「だ……め。め……のう……いかな……い……で……」
「瑪瑙お姉ちゃん……ダメ……だよ……」
「行く……な瑪瑙!」
皆、苦しいはずなのに、必死に私を止める。
「ごめんね……ごめんね……」
涙を流しながら、治癒魔法を行使しようとした時、
「アーススパイク!」
アルバスティアの足元から土の槍が飛び出した。
だが、アルバスティアはそれが前もってわかっていたかのように軽々と躱す。
「!!」
「ルーリ! もうやめてっ! 治癒魔法をかけるから、みんなをお願いっ!」
「イヤよっ! 絶対イヤっ!!!!!!」
そう言ってルーリは次々とアーススパイクを放つ。
だが、全く当たる様子がなく、アルバスティアは余裕をもって躱していく。
「なんとまあ面倒くさい相手なのです」
「あなたその避け方、魔力の流れが見えるわね?」
「……おや?」
ルーリが問いかけた次の瞬間。
土を巻き上げながら、いくつもの土の槍がアルバスティアを襲った。
その一本が、アルバスティアの左足を貫いた。
「ぐっ!!! 大した魔法使いでもないくせにいいいっ!」
初めて苦痛に歪み、激昂するアルバスティア。
私は咄嗟にルーリの前に庇うように立った。
「もうやめて! ついて行くって言――」
「アイスジャベリン!!」
「か……はっ!」
私の腹部に氷の槍が突き刺さり、貫いた。
「瑪瑙っ!!! いやあああああああっ!!!!!」
「しまった! なんという事を……」
「げほっ」
私の口から血が溢れていく。
足に力が入らなくなり、私は崩れ落ちる。
火傷をしたのかと勘違いする熱を感じたかと思った瞬間、激痛と身も凍るような寒さが私を襲った。
痛みと寒さで意識が朦朧とする。
そしてどんどん眠くなる。
……ああ……私……死ぬんだ。
息もどんどん苦しくなり、浅くなる。
「瑪瑙っ! やだっやだよっ!!!」
ルーリの泣き叫ぶ声が聞こえる。
「ヒーリング! ヒーリング!」
必死に治癒魔法を行使しているみたいだけど、たぶん傷が深すぎるのだろう。
私には効果が無いようだった。
「邪魔なのです!」
ルーリが吹き飛ばされた。
それを見た瞬間、必死に抑えていた黒い何かが、私の中から湧き上がって来た。
「まだ、まだ息がある今なら! 一か八か
私を仰向けにし、服に手をかけるアルバスティアの手首を掴む。
「――?!」
「あなたは……。あなたはどうして! そんな簡単に、人を傷つけられるのっ!!!!」
怒りのまま、彼女の手首を握り潰す。
「があああああああああああああっ!!!!!」
潰された痛みに叫びながら、私から後ずさるように逃げていく。
「あなたは絶対に許さないっ!!!!」
その瞬間私から、赤黄青緑の四色に光る粒子が溢れだし、瞬く間に草原を埋め尽くす。
「あなたは、あなたはいったいなんなのですっ?! その力は一体?!」
問いかけには答えず、私は右手を握りしめる。
植物の太い蔓が突如として生え、アルバスティアを絡めとる。
「ぐううううっ!!!!」
ぎりぎりと絞める力を上げていき、四肢を潰し、首を潰――。
横腹を途轍もない力で蹴られ、私は吹き飛ばされる。
「大丈夫かスティア! アイツを捕まえればいいんだよな?!」
「ダメなのです! アナタではかなわないのですっ! ここは引くのですっ!!!!」
「あっああ! 行くぞっ!!」
少女に抱えられて、アルバスティアは逃げていく。
「待てっ! 待……て……」
息が苦しい。
意識が朦朧とする。
ダメだ。
今倒れちゃダメだっ!
あるだけの力を振り絞って、私は詠唱を始める。
「巡り廻る命の
草原を満たしていた四色の粒子は、渦を巻いて私の中へと吸い込まれていき、今度は先ほどより強い光を放つ青く煌めく粒子が私から溢れ、草原を満たしていく。
青く光る柱が草原から五つ天へと伸びて、私は意識を失った。
――――――――――――
「なあアイツは一体何なんだよ!」
「……わからないのです。ワタシが今まで見て来た力とは全く違ったのです……」
激痛を堪えながら、必死で考える。
最後に使った魔法。
植物を操った?
いや、そもそもあんな植物なんて見た事がない。
存在しているのだとしても、魔法で急成長なんて不可能だ。
……植物を生み出した?
それはまるで、命を創り出したという事になる。
そんな事はありえない。
何かきっと秘密があるに違いない。
「……化け物……め……」
そこであまりの痛みに耐えきれず、ワタシは気を失ってしまった。
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