軍隊蜂
東の草原に出てから三日目の早朝。
今日で一度、フルールに引き返す予定になっている。
初日に私達を襲った
五~六匹からなる
私達は、キロの森が見える位置まで近づき、森に沿うようにして移動していた。
すると森の方面から、茶色い巨体の魔物が出てくる所を発見する。
「あれは……
リステルが首をかしげて言う。
「こっちに向かって来てる訳じゃないみたいね?」
リステルの言葉に、ルーリも不思議そうな顔をする。
元々キロの森には存在していなかった、トカゲの魔物。
マナの異常が起こってから、確認されるようになったそうだ。
「自分から好んで日に当たる魔物じゃないはずなんだけどね」
アミールさんが疑問を口にする。
鈍重そうな見た目とは裏腹に、かなり俊敏。
名前にアーマーとつくだけあって、武器での攻撃が中々通用しない。
私もキロの森の調査の時に何匹か倒したが、武器で攻撃するよりも、魔法で攻撃した方が簡単に倒せる。
その硬さから、
獲物と見るや否や、何も考えないで突撃する
肉食の魔物ではあるが、虫型の魔物を好んで食べることから、襲っては来るが、逃げても執拗には追いかけてこない。
そして、アミールさんが言ってた通り、余程の事が無い限り、自分から日の当たる場所には出てこない。
そんな特徴がある魔物だそうだ。
「どうします? 見逃しますか?」
私はみんなに意見を聞く。
「出てきた理由が知りたいから、少し後を追うか?」
シルヴァさんが言うと、
「森の中で何かあった可能性は?」
と、私が聞き返す。
「いや、森で何かあったのなら、他の魔物も出て来てないとおかしいな。それに、俊敏な
スティレスさんが、のそのそと森を出て行く
『……虫』
スティレスさんの「虫」と言う単語に、私、リステル、ルーリ、ハルル、サフィーアの顔から血の気が引く。
「む、虫とは、どんな虫じゃ?」
サフィーアが恐る恐る聞く。
「そうねー? 草原に出る虫の魔物って言えばー、蟻種に蝶種、蜂種、それから飛蝗種もいるかしらー?」
カルハさんがのほほ~んと言う。
正直耳を塞ぎたいです。
聞きたくないです!
ただでさえキロの森の中で、でっかいダンゴムシが何匹かまとまって転がって襲ってきたのだ。
思い出しただけでも叫び声が出そうだ。
この記憶を抹消したい!
普通の虫すらダメなのよ?
それが、全高が私達とおんなじ位の虫が、いきなり襲い掛かってくるのを考えてみて?
卒倒しなかったのを褒めてください。
「もしかしてサフィーアも虫苦手?」
青い顔をしたハルルが、サフィーアの手を繋いで聞く。
「すまんのう……。情けない話じゃが、小さい虫すら苦手じゃ」
少し恥ずかしそうに、うつむくサフィーア。
「私達も虫は苦手なんだよ……」
ハルルとは反対側の手を繋いで私も話す。
「あー……。そう言えばお嬢様も虫苦手でしたっけ? あれ? お嬢様?」
コルトさんがリステルの方を見ながら言うけど、そこには既にリステルはいないです。
私の手を繋いで、プルプル震えています。
ちなみにルーリは顔を真っ青にして、ハルルの手を繋いでいる。
そう。
私達五人の共通点。
サフィーアも男性が苦手なんだけど、それともう一つ。
虫が大の苦手!
と言う、共通点があったりする。
蝶も綺麗とか思わないよっ!
「あー。確かに虫は厄介だよなー? あいつらの生命力はえげつねーから。首を落としても、しばらくは元気に動くんだもんなー」
スティレスさんが呑気にそんなことを言う。
違うんです。
そうじゃないんです。
厄介とかじゃなくて、気持ち悪いんです……。
「ねぇコルト? 本当に見に行くの?」
「そうですね。
プルプル震えながら私の手を握るリステルに、容赦なくコルトさんは言う。
「サーフェ? 何ですか?」
「
ご親切にも、アミールさんが丁寧に説明してくれる。
私の体はもう鳥肌が立ちそうだ。
「あれが大量発生したら、植物だけじゃなくて人間も喰いだすからな……。そうなったら災害級の魔物の群れって言われてるな。何より一瞬で植物が喰い尽くされるんだ。見かけたら速攻で潰さないとヤバい」
スティレスさんが、渋い顔をしている。
人喰い飛蝗とか、考えたくもない。
そう言えば聞いたことがあるなー。
蝗害って言うんだっけ?
私の世界にも、飛蝗の大量発生が起こったって歴史にも残ってたはず。
むしろ聞きたくない!
「ちなみに
と、これまた親切にコルトさんが、ご自身の腰辺りで手を動かしている。
私達五人の足がぴたっと止まる。
「コルトォォォォォ! 知りたく無いこと教えなくて良いのにぃぃぃぃ!」
リステルが震えながら叫んでいる。
「ちなみに大量発生した時の数は、万以上って言われているな」
シルヴァさんの止めの一言に、五人一斉に座り込む。
「よし! 見なかったことにしよう!」
リステルが良いことを思いついたと言わんばかりに、声を上げる。
『賛成!』
私を含めた残りの四人が、即同意する。
さぁ皆さん帰りますよ!
そう心の中で思うと、
「馬鹿な事言っていないで、さっさと後を追うぞー」
シルヴァさんにバッサリと切り捨てられた。
「風竜殺しの英雄も、虫には形無しね?」
アミールさんが笑う。
「普通の虫すらダメなんですよー!」
涙目になって訴えるも、調査は続行される。
おかしいぞー?
指名依頼を受けたのは、私達四人なんだけどなー?
さて。
帰ろうとしたことは置いておいて、改めて周囲を警戒しつつ進む。
私達が追っていることを気づいているのかいないのか、そんなことお構いなしとばかりに、のっしのっしと私達の前を進む大きなトカゲさん。
「止まって!」
ハルルが突然声を上げる。
その声に合わせ、臨戦態勢をとる。
「違う。森からまた
今度は二匹の巨大トカゲが、のっしのっしと現れて、私達が追っている
「あーこりゃ虫確定だな」
スティレスさんがご無体なことをおっしゃる。
「同じ方向に呑気に進むってことは、少なくとも移動するタイプの
アミールさんが安堵したように言う。
私達は全然心穏やかではないんですが?
「だったら戻ろうか?
リステルさんが必死に説得している。
「ハルルも帰る!」
珍しくハルルちゃんも必死に言う。
「だめよー? 調査するのも依頼の内容に入っていたでしょー?」
のほほ~んとカルハさんが、却下する。
そう言えばそうだった……。
私達はまた、大きなトカゲさんの後ろをコソコソと追いかける。
え?
虫はダメなのに、トカゲは大丈夫なのかって?
何かね。
大きすぎて、もう爬虫類とかそんなことを思うレベルじゃないのよね。
ヌルヌルテカテカしてないしね。
可愛くは全くないよっ!
ふぅ。
馬鹿なことを考えてないで集中しないと。
ここまで、
油断していると、襲ってくるかもしれない。
正直な話、ハルルに指摘されるまで、かなり焦っていた。
自分が率先して言い出したことでもあるから、私が一番頑張らないとって、かなり気負ってもいた。
長期間を必要とする依頼を、できるだけ早く終わらせたい、終わらせなくちゃと、今も少なからず焦りを覚えている。
だから無茶な行動もした。
何とか早く終わらせて、オルケストゥーラ王国へ向かう旅に出たい。
一日一日が過ぎていくことへの焦りと、フルールの現状を無視して放っておけないと言う気持ちの板挟みになってしまっていた。
ハルルが言葉に出してくれたおかげで、何とか冷静さを取り戻すことができた。
……虫の事以外ではね!
そして、それはやって来る。
羽音を轟かせて。
私達の遥か上空を、一匹の虫が通り過ぎた。
「……
シルヴァさんが眉をしかめて言う。
私達の頭上を通り過ぎて行ったのは、蜂。
スズメバチに似ているかもしれない。
ただ、大きさが異常だ。
私と同じくらいあるか、それよりもたぶん大きいだろう。
流石のこれには、眩暈を覚える。
「不味いですね。
コルトさんも険しい顔で言う。
カルハさんもため息をつきながら、
「最悪の事態にー、最悪の魔物が重なったわけねー」
と、いつもののほほ~んが消えて、眼を鋭くしている。
「これは、撤退ね」
「だな。わかっただけでも命が助かった」
アミールさんとスティレスさんが、すぐに撤退を提案する。
「そんなに強い魔物なんですか?」
見た目だけでもとてつもない恐怖を与えてくる蜂を見てしまったのだ。
撤退すると言う言葉は、嬉しいはずなんだけど、コルトさん達の様子を見ていると、素直に喜べる雰囲気じゃなかった。
蜂種の中でもトップクラスに厄介な魔物。
軍隊とついているだけあって、一つの巣に夥しい数の
フルールにいる狼種の魔物の天敵だ。
この魔物の厄介な所は、数もそうだが、毒を持っている所。
幸いと言っていいのか、死に至る毒ではないが、体が一時的にマヒをすると言う毒だ。
これを針で突き刺すことで注入するか、噴霧することで、行動不能にした
人間をあまり襲うことは無いそうだ。
巣や
「
「固くて針が通らないし、毒も効かないんだよあいつら。
私の質問に、スティレスさんが答えてくれる。
「さて、
コルトさんがそう言うと、
「
アミールさんがため息を漏らす。
「どうしてですか?」
と、ルーリ。
「
アミールさんが説明を続ける。
「恐らくだけど、
「
「無理だろうな。
スティレスさんが肩をすくめて言う。
私達は
「第一に、
コルトさんが真剣な顔をして言う。
「
さっきから私は質問してばっかりだね。
「無いな。
スティレスさんが教えてくれる。
「そうと決まれば撤退を始めますか」
「いや、しばらくここで待機だ」
アミールさんの言葉をシルヴァさんが否定する。
「シルヴァ。どうして?」
リステルが首をかしげて言う。
「
捕獲するとシルヴァさんの言葉を聞いて、私達五人は思いっきり顔をしかめる。
「でもどうやって捕まえるの? 生け捕りは無理だし、ちょっとでも攻撃すると、仲間を呼び寄せて襲ってくるわよ?」
アミールさんの言葉に、私は激しく嫌な予感がする。
「そこはメノウちゃんの出番ねー。ウォーターコフィンで捕まえてー、フリージングで一気に凍らしてしまうのよー」
カルハさんが私の肩をポンと叩きながら言う。
ほらやっぱりーっ!
そんなわけで、もう少し進んだところで、私達は
「瑪瑙頑張ってね?」
っと、虫嫌い仲間から、生暖かい目で応援された。
しばらく待っていると、
「瑪瑙お姉ちゃん来たよ!」
ハルルが私に教えてくれる。
鳥肌が立つような羽音を立てながら、頭上を通過しようとする
一瞬で水の棺に捕らわれる巨大な蜂。
「フリージング!」
抵抗する間も与えずに、水の棺ごと一気に凍らせる。
上空から、巨大な氷の塊になって降ってくる。
「上手くいきましたか?」
落ちてきた氷の塊に近づかないで、私は聞く。
残りの四人も遠巻きに見ているだけで、近づこうとはしない。
「よし! いい感じだ。この調子で後最低二匹は頼む」
そんな私達の様子に、シルヴァさんは苦笑しながら言う。
それからしばらくは、同じ場所で捕獲を試みた。
合計四匹を無事に捕獲することができた。
捕獲した
正直、死んでいるとわかっていても、見るのが怖かった……。
「撤収しますが、道中
コルトさんの言葉に、私達は気を引き締め直して、フルールへの帰還を始める。
不思議なことに、魔物の襲撃が全く無く、フルールに到着することができた。
そして、私達は報告をするために冒険者ギルドいる。
「
ガレーナさんが暗い顔をして落ち込む。
「報告にあった赤い狼を見つけることはできなかった……か」
そこには、今回の依頼主であるサルファーさんも、もちろんいる。
私達の報告した内容に、ガレーナさんと同じく表情を暗くする。
「解毒薬の件は、了解いたしましたわ。
「はい。すぐに薬師の方に連絡を取ります。後職員も何人か呼んできますね? あ、死体は今出さなくていいですから! 止めてくださいお願いします! シルヴァ様まってください! いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
部屋中に響き渡るセレンさんの叫び声。
そして、シルヴァさんが空間収納から取り出した、
セレンさんは涙目になって、叫びながら慌てて部屋から出て行った。
セレンさんも虫がダメな人だったようだ。
「メノウ。氷だけを壊しておいてくれないか?」
シルヴァさんが私に言う。
その言葉に、私を含めた五人の顔色が一気に悪くなる。
「シルヴァ。ちゃんと死んでるよね?」
リステルが、氷の塊から逃げるように離れ、剣を抜いて構える。
ハルルも大鎌を構えて、臨戦態勢だ。
ルーリは床に手を置き、いつでも魔法を発動できる体勢をとっている。
サフィーアはプルプル震えながら、
「エスカッシャン・サファイア……エスカッシャン・サファイア……」
と、うわごとの様に呟いている。
私もそそくさと、みんなのいる方に逃げる。
「ちゃんと死んでいますよ。っと言うか、みんなちょっと怖がり過ぎですよ?」
コルトさんが笑いながら言う。
「わかりました。それじゃあ氷を砕きますね」
私は、指をパチンと鳴らす。
バキンと凄い音がなり、氷だけが砕けて、巨大な蜂の死体が転がる。
「わっ!!!!」
「ひぃっ! エスカッシャン・サファイア!!」
私達の周りを青く煌めく結界が覆った。
「アッハッハッハッハ! いくら何でも驚きすぎだろう? 腹いてーっ!」
声を上げて笑っているのはスティレスさん。
ちなみに、「わっ!!!!」っと叫んだのもスティレスさんだ。
私達はその場にへたり込む。
「ちょっと悪ふざけが過ぎるわね!」
「あでっ!」
アミールさんが、スティレスさんの後頭部にチョップを入れる。
「スーティーレースーさぁぁぁん?」
流石に腹が立ったので、スティレスさんの周りだけ、フローズンミストで温度をがくっと下げた。
白い霧に覆われるスティレスさん。
「寒っ! すまんすまん。 そこまで怖がるとは思ってなかったんだって」
半笑いになりながら、謝るスティレスさん。
そんなやり取りを、呆れたように眺めている他の人達。
「あの……。話しを進めてもよろしいでしょうか?」
「あの子達は気にしないでくださいー」
ガレーナさんの問いかけに、カルハさんが頬に手を当て、のほほ~んと言う。
「コホン。皆さんが助けた一団から報告を受けましたが、近郊で凡そ七十匹の群れが現れることも異常ですが、皆さんが話してくださった、
ほんとに無視して話し始めちゃった!
「ただ、その後はこちらもぱったりと襲撃が無くなっている」
サルファーさんが警備隊側の報告も合わせて話す。
私達が東の草原に出ている間、冒険者ギルドと警備隊は、東門近郊に多くの人員を集めていたそうだ。
ただ、集めたのは良いんだけど、今まで近郊に頻繁に現れていた
「正直なところ、現在東の草原で何が起こっているのか、全く予想ができませんの。過去の記録を遡って見ても、今回のようなことは、一切記録にはありませんでしたわ」
ガレーナさんが言うと、
「こちらも記憶にある限りだが、ここまでややこしい事態が重なったという記録は無かったはずだ」
サルファーさんも続き、頷く。
「そもそも
「これも、キロの森の異常のせいでしょうか?」
ガレーナさんの言葉に、ルーリが質問をする。
私達はちゃんと話すため、席に着く。
死体から一番遠い場所を選んで座っているのはご愛嬌だと思ってください。
「その可能性が高いと思われますわ」
頷くガレーナさん。
「今後の方針ですが、まずは赤い狼を探そうと思っています。それが片付き次第、
そう話すのはコルトさん。
それにしても、今回はコルトさん達がいてくれて、本当によかったと思う。
魔物の知識に関しては、リステルもルーリもハルルもある程度はあるのだけど、コルトさん達とアミールさん達には敵わない。
もちろん異世界から来た私が知っているはずもなく、自称世間知らずのサフィーアも、魔物に関する知識は全くない様子。
経験豊富な人がいるおかげで、戦わなきゃいけない時に、的確な指示が飛んでくる。
もし私達だけで、事を進めなくちゃいけなかった場合、
攻撃を仕掛けた場合の事は、考えたくもない。
逃げた場合も、報告は出来ても、解毒薬が必要なんて考えもしなかっただろう。
死体を確保できたのは間違いなく、シルヴァさんの経験の深さから来ているだろう。
私は旅をするという事を、甘く考えていたことを思い知らされた。
この世界は私の知っている世界ではない。
魔物と呼ばれるバケモノが、当たり前のように跋扈している世界だ。
もっと慎重にならなくちゃダメだ。
虫は……克服できる気がしないけど。
「薬師との連絡が取れました。材料となる死体があるのならすぐに製薬に取り掛かってくれるそうです」
そう言って、何人もの職員を連れて、セレンさんが入ってくる。
「では、皆さん死体を運んでく……ださ……い」
さっきまで氷で覆われていた死体は、今やむき出しで置かれている。
それを目にしたセレンさんは、顔の色をみるみる青色に変えていき、
「きゃあああああああああああっ!」
っと叫びながら、部屋を飛び出していった。
そんなセレンさんを見送りつつ、私は心の中で手を合わせるのだった。
お気の毒に。
そんな呑気な時間を過ごしている私達には、知る由もなかった。
赤い狼が、着々と準備が進めていることを。
自分達の最大の天敵である
だが、
人間だ。
それもたった十匹程度の群れだ。
戦って勝機があるのは、人間の方だ。
だがその人間に、一瞬で仲間が大量に殺された。
わざわざ
このままでは、
もっともっと群れを大きくして、一瞬で決着をつけるしかない。
そう思い、赤い狼は草原にいる生き残っている仲間を片っ端から集め始めた。
そして今、夥しい数の仲間を引き連れ、赤い狼はとうとう牙を剥く。
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