旅立つ前の団欒

 フルールの領主と会う日が来た。


 まずは四人で冒険者ギルドへ行き、ガレーナさんに会いに行く。

 コルトさん達は、お家で待機することになっている。

 そして、ガレーナさんに同行してもらって、領主のお屋敷へ向かう。

 私達が、領主のお屋敷の場所を聞いて、直接出向くのは失礼なことにあたるらしい。

 手紙まで出しておいて、非常に面倒くさい風習だと思った。


 領主のお屋敷は、ルーリの家がある中流区よりも、北西にある上流区の一番奥にあると言う。

 上流区は壁で仕切られていて、出入り口には、警備兵が立っていた。


「ごきげんよう。以前に話していた、領主様が面会なさりたいとおっしゃっていた、四人を連れてまいりましたわ。通っても良くて?」


「これはガレーナ様。では、領主様からの手紙を受け取っていると思いますので、そちらを見せてください」


 警備の人と話していたガレーナさんは、私達の方を向き、


「この間、渡した領主様からの手紙を、見せてあげてくださいな」


「はい。これですね」


 リステルが空間収納から封蝋で閉じられた手紙をだし、警備の人に見せる。


「確認しました。確かに領主様の封蝋ですね。お通りください」


 そう言って、問題なく通ることができた。


 そうそう、言い忘れていたけど、私達の服装はいつも通りだよ!

 ドレスを着たりはしていません!

 ただし武器は空間収納の中だけどね。

 ガレーナさんも、ギルドの制服のままだしね。

 着ていく服で慌てた私を、リステルとコルトさん達が笑っていた。

 貴族でもない私が、そんなことを気にしなくてもいいらしい。

 みすぼらしい格好じゃなかったら、別にかまわないと教えてくれた。

 むしろ、冒険者だから、いつも通りの方がいいとまで言われた。


「上流区に入ったのは初めてだけど、こうも街の様子ってかわるのね……」


 ルーリがキョロキョロと周りを見ていた。

 つられて私とハルルもキョロキョロする。


「中流区の建物より大きいし綺麗ね。歩いている人の服装も全然違うね」


 そう言いながら、大通りを歩く。

 横を通る馬車も、綺麗なものが多かった。


 しばらく道なりに歩いていると、大きなお屋敷が見えてきた。


「あれが、領主様のお屋敷ですわ」


 すっごいでかい!

 冒険者ギルドも広くて大きいとおもったけど、それ以上に広かった。

 何より、とても綺麗なお屋敷だった。

 お屋敷と言うより、小さなお城って言ったほうが良い気がする。


「うわー……。このお屋敷をみると、流石に緊張してきちゃうね」


 私がそんなことを口から漏らすと、


「そうね。流石に私も緊張してきちゃった……」


 私とルーリが手を繋いで歩く。

 もう片方の手をハルルが握ってきた。


「ハルルも緊張してるの?」


「ううん。早く帰りたい」


 うちのハルルちゃんの顔に、しっかりと、面倒臭いと書いてあるのが見えた。


 門番に手紙を見せて、中に入れてもらい、待合室みたいなところに案内される。

 しばらくすると、メイドさんがやってきて、


「どうぞこちらへ」


 と、広い執務室みたいな部屋へ案内された。

 私はてっきり、広い部屋の一番奥に椅子が置いてあって、そこに領主が座っている、謁見室? みたいな所に案内されると思っていたので、少し拍子抜けしてしまった。


「私は、フルールの領主。アルセニック・ディマルチャ・フルールだ。よく来てくれた。風竜殺しの英雄たち」


 そういって、中年の男性は、右てを胸に当て、優雅に挨拶をした。


「それにしても、報告は聞いていたが、本当に少女四人なのだな……。名前を教えてもらえないかな?」


「リステルです」


「ルーリです」


「瑪瑙です」


「ハルル」


 ……。

 ハルルちゃん、せめて「です」をつけて!

 お姉ちゃん、胃がキリキリしちゃう!


「素敵な名前だな。これからその名前が、どこまで人々に広がるのか楽しみだ。まず、風竜ウィンドドラゴンの死体を、私の街へ売ってくれて感謝している。死体は骨まで余すところなく利用させてもらった。ここに白金貨八百枚を用意している。受け取ってほしい」


 そう言って、そばに控えていた、メイドさんから大きな袋を渡されたリステルが、


「うわっ重っ!」


 と言って、落としかけたけど、踏ん張って、空間収納に慌ててしまっている。

 メイドさん力持ち?


「白金貨八百枚しかないことを許してほしい。オークションに出していたら、その三倍はついたはずだ。それに、渡すのも遅くなってしまった。本当はもっと早くに会って、報酬を渡したかったのだが、王城への報告や、報酬を決める会議に時間がかかりすぎてしまったのだ。なにしろ風竜ウィンドドラゴンを二匹も討伐したなんてことは、前代未聞だったからな。すまない」


 そう言って、領主様は頭を下げた。


 んー。

 悪い人ではなさそうだ。

 漫画やアニメにでてくる、嫌な感じの貴族? ではないみたい。


「さて、ガレーナから既に聞いているとは思うのだが、この度正式に、叙勲が決定された。褒賞もでるそうだ。これが、その旨を書いた書状になる」


 メイドさんが、封蝋で閉じられた手紙をリステルに渡す。


「開けて、中を読んでくれ」


「わかりました」


 リステルは手紙を開き、中を確認する。

 ハルルが後ろに回ってぴょこぴょこと飛んで、覗こうとしている。

 物怖じしない子ね、ハルルちゃん……。

 そんなハルルを見て、腰をかがんで、一緒に見ている。


「二週間後に、ハルモニカの王城で叙勲式ですか。徒歩の私達だと間に合いませんが?」


「それは問題ない。主役となる君たちのことは、しっかりと手助けせよと、命を受けている。馬車を出すことになっているので、安心してくれてかまわない。風竜ウィンドドラゴンを倒してしまう君たちのことだ。護衛はいらないだろうが、護衛もつける。御者はもちろん女性だ。安心してほしい」


 あ、私達が男の人が苦手なのは、知っているのね。


「護衛は、君たちが選んでくれてかまわない。護衛用にも馬車を一台出す。十日ほどで、首都には着くだろう。急で申し訳ないのだが、明日には出発できるようにしておいてほしい」


 ホントに急な話ね!


「ご配慮いただきありがとうございます。それでは、急ぎ準備に入りたいと思います」


「上流区とここの守衛と家の者には、話を通しておく。明日の朝には、馬車も用意しておくので、護衛の者も連れて、ここへ来ると良い。そのまま出発してもらってかまわない。私も叙勲式に顔をだすので、その時にまた会おう」


 そう言って、私達は退室したのであった。


「「はぁ」」


 私とルーリは大きなため息をついた。

 そんな私達をみて、リステルはクスクス笑っている。

 流石になれているみたいで、終始堂々としていましたね、リステルさん。

 まぁ、別の意味で堂々とフリーダムなハルルちゃんもいたんだけど。


「二人ともお疲れ様! でも、今から戻って準備はじめないとね。護衛はコルト達に頼んでみよう。嫌な顔するだろうなー……」


「リステルお姉ちゃん、お城に戻って大丈夫?」


「あー。もうこの書状が来ている時点で、逃げられないよ。正体ばれても、もう真正面から脱走してやる……」


 リステルは何やら物騒なことを言っている。


「馬車での旅って初めてだから、どうすればいいのかわからないわ」


 ルーリが心配そうに言う。


「あー大丈夫。所々に宿場町があるよ。そこで食事と宿泊することになるから。野宿はよっぽど何か起こらないとしないよ。四大都市のフルールとハルモニカ間の街道は整備されて割と快適だし」


「リステルお姉ちゃん、詳しい」


 ハルルの言葉に、リステルはハルルの頭を撫でながら、


「これでも一人旅は結構長いことしてきたからね! ただ、瑪瑙のご飯はしばらくお預けね」


 あ、ハルルの顔がすっごく嫌そうな顔になった。


「ハルル。旅先で色々な物を食べるのも、旅の楽しみだから、ね?」


 そう言うリステルに、


「瑪瑙お姉ちゃんのご飯より美味しい?」


 聞き返すハルル。


「……」


 あ、目をそらした。


「むぅ」


「あっほら! 瑪瑙が沢山お菓子を作って持って行ってくれるよきっと!」


「はあ?! 準備なんてしてないんだけど?!」


「瑪瑙お姉ちゃんだめなの?」


 うるうるした目で見られる。


「あーもう! ハルルは可愛いなー! お姉ちゃん頑張っちゃう! 旅の準備はリステルに任せた! ハルルも手伝ってくれる?」


「ん!」


 ハルルを抱きしめ、ナデナデする。


「もう余計なことを言うから。旅の準備は私とリステルがするから、瑪瑙はお菓子いっぱい作っておいてね?」


「はいはーい。後はお任せた!」


 そんなこんなで、上流区の入り口で、ガレーナさんと別れ、家に戻ってきた。



「っと言うわけで、コルト達には護衛をしてもらおうと思うんだけど良いよね?」


「「「……」」」


 うーわー。

 すっごい嫌そうな顔してる。


「お嬢様が城に戻ると言うのなら、行かないわけにはいきませんが。一応聞きますが、選択権は私達にあ――」


「ないよ?」


 食い気味に、ステキな笑顔でバッサリ言い切った。

 あれは天使の笑顔なんかじゃない。

 悪魔の笑顔だわ……。


「はあ……。わかりました。では早速準備に取り掛かりましょう。比較的安全な旅とは言え、準備はきちんとしておくのが常識です」


「あ、私とハルルはお手伝いできませんので、よろしくお願いします」


「え? 何でですか?」


 コルトさんがポカンとした顔で私とハルルをみた。


「瑪瑙お姉ちゃんと、今からお菓子作る!」


「!! それは大事ですね! 是が非でもよろしくお願いします! 大量に! ハルルがいっぱい食べても私達の分がしっかり残るくらいに作ってください!」


 コルトさんが私の両手をがっしりと掴み、凄い形相で言ってきた。


「……頑張ります」


「では、今からみんなで買い出しに行きましょう。私とリステルで旅に必要なものを、コルトさん達に教えてもらいながら買っておくので、瑪瑙とハルルはお菓子作り頑張って!」


「あ、私も買い出しには行くよ。流石に大量に作るとなると、材料が足らないから」


「じゃー、私はメノウちゃんの方のお手伝いをするわー」


 カルハさんが手を上げて言った。


「あ、助かります!」


「コルトだけだと心配だから、私はリステル様の方を手伝うぞ」


「ちょっとシルヴァ! それどういう意味ですか!」


 こうして、二手に分かれて準備を始めたのだった。



 そして、私とハルルとカルハさんの戦いが幕を開けた!


 買い物は迅速に終わらせた!

 大量に材料を買い込んで、いざ戦場キッチンへ!


 まず簡単なところで、クッキーを大量に焼く。

 普段だと、型抜きで、色々な形にくりぬくんだけど、丸めて魔法で冷やして切る。

 オーブンもどきの魔導具へ放り込み、焼く。

 焼いている間にも、次々に生地を作る。


「この冷やして固めるってー、どうしてなのー?」


「普通のクッキーと違って、バターを多めに使うんです。なので、生地が柔らかくなって、型抜きできないんです。だから、冷やして固めて、包丁で切るんです。そのかわり、触感はサクサクになりますよ? 量を作らなきゃいけないですから、型を取るより、生地をそのまま丸めて切った方が早いですからね」


「なるほどー。こんどレシピ教えてもらっても良いー?」


「もちろん、いいですよ!」


 三人で、黙々と作っていく。


「そういえば、白金貨っていうのを貰ったんですが、あれって金貨の価値とどれくらい違うんですか?」


「白金貨かー。また大金を貰ったわねー。金貨の百倍よー。だいたい一般にはでまわらないのよねー。大きな商談に使われたりするための通貨ねー」


「ハルル初めて見た」


 材料を入れた木製のボールをもって、せっせとかき混ぜてるハルルが言った。


「私達もこの一か月ちょっとでー、白金貨数枚分は稼いでるのよー? 支払いは全部金貨だけどー。白金貨は普通の買い物じゃ使えないからー、両替してもらわないとだめなのよねー。手数料もしっかりとられちゃうわー」


「うわーめんどくさそう。ハルル、あーん」


「あーん。んぐんぐ。サクサク美味しい!」


 幸せそうな顔をするハルルにほっこりする。


 バスケットてんこ盛りになるまで、クッキーを焼いた。

 すっごいしんどい。

 状態維持プリザベイションをかけて、空間収納にしまう。

 他の焼き菓子も沢山作っておいた。


「それにしてもー、首都かー。いつかは帰らないといけないと思ってたけど―。思ったより早かったわねー」


「そういえば、首都ハルモニカってどこにあるんですか?」


「フルールからずっと南に行ったところよー。馬車なら七日あればいけるかしらー?」


「あれ? 私達は十日ほどっていわれましたけど」


「あーゆっくり行けばそれくらいになるかしらー? 大体多めに言うのがあたりまえだからねー」


「正確な時間とか言わないんですか?」


「言わないわよー? 道中何があるかわからないんだしー」


 あーそうか。

 電車とかバスとかとは違って、移動手段は馬車だった。

 そんな話をしていると。


「だから、メノウなら無駄にはしないはずです! いっぱい作っても、ハルルもいるじゃないですか!」


「だからって、わざわざ多めに買う必要もないだろう! あんまりメノウばっかりに負担をかけるなって言っているんだ!」


「あいだっ!」


 騒ぎながら家に入ってきた。


「お帰りなさーい。お疲れ様。買い物どうだった?」


 私はそう言って出迎える。


「疲れたわ……。ずっとあの調子だもの……」


 ルーリがげっそりした顔で話す。


 ルーリから話を聞くと、何かあっても良いようにと多めに買う派のコルトさんと、宿場町が定期的にあるんだから、ある程度で十分派のシルヴァさんがずっと言い合いをしていたそうだ。


 リステルとルーリがなだめて、その間を取って、買い物をすることになったのだが、あれもいる、これもいると言うコルトさんに対して、それはいらない、これもいらないと、意見が全く合わないシルヴァさんのせいで、激しく疲れたらしい。


 さっきの会話も、余った食材は、私が美味しく調理してくれるから無駄にならないと言うコルトさんと、余らないようにするのが良いんだと言うシルヴァさんが言い合っていたそうだ。

 私の中で、食材切る係にコルトさんを追加した瞬間だった。


「ちなみに二人はどっち派なの?」


「私達、馬車での旅はしたことないから、基準がわからないのよ。お互いの言いたいことはわかるんだけどね」


 と、リステルもお疲れのご様子。


 いいタイミングで、チーズの香りがふわっと漂った。


「そろそろスコーンが焼けるから、みんな座って、お茶にしましょ?」


「「「「はーい」」」」


 買い物組四人が、返事をして席に着く。


「ハルル―。みんなに配ってあげてー。私は紅茶を淹れるからー」


「んー」


「お帰りなさーい。リステルちゃんもルーリちゃんもお疲れ様ー。大変だったでしょー?」


「正直こんなに疲れたのは初めてかもしれません。カルハさんこうなることをわかってて瑪瑙のお手伝いをしたんですか?」


「うふふふー。わかっていたけど、メノウちゃんとハルルちゃんだけだと大変だと思ったからよー。ルーリちゃん酷いわー」


「はい、どうぞ」


 みんなにスコーンと紅茶がいきわたったところで、静かになる。


「「「「「「いただきまーす」」」」」」


「どうぞ召し上がれー」


「ん? このスコーン甘くないぞ? チーズが入ってる?」


「あ、ホント! こっちは玉ねぎとベーコンも入ってますね」


「お口に合いませんでしたか?」


「んー! 瑪瑙美味しい! 甘くないスコーンなんて初めて!」


 リステルが目を輝かせて言う。


「良いわねこれ。おやつって感じじゃなくて、軽食って感じがするわ」


 ルーリもお気に召したようだ。


「美味しい! 美味しい!」


 ハルルはもっきゅもっきゅ食べている。


「メノウちゃん。作ってるのは見てたけど、こんなに美味しいとはおもわなかったわー。これは何ー?」


「セイボリースコーンって言って、おやつじゃなくて、お食事用のスコーンなんですよ。お口に合って良かったです」


「メノウ。これもいっぱい作ってくれたんですか?」


「普通のスコーンもセイボリーも、バスケットいっぱいに作って、空間収納にしまってますよ」


「すっごく疲れたわー。私達三人に、感謝してよねー?」


「ハルルも頑張った! クッキーも甘くてサクサクだった!」


「あー! ハルルつまみ食いしたの? ずるーい!」


「リステルお姉ちゃん。つまみ食いじゃない。味見」


 ニヤっと不敵に笑うハルル。

 ハルルちゃん最近、表情豊かになってきてる気がする。


「はいはい。拗ねないのリステル。どの道あの二人が来る時点で、リステルは買い物側になるのは必然だったんだから、ね?」


 ルーリがリステルの頭を撫でている。


「ねえねえ。これからの旅の行程ってどうなるの?」


「あ、そうですね。四人は馬車での旅は初めてでしたね。話しておきましょう」


 そう言って、コルトさんが説明をしてくれた。


 ここからずっと南に行った先に、首都ハルモニカはある。

 馬車なら二日ほどで、ラズーカに到着し、さらに二日進むと、タルフリーンと言う街に着くそうだ。

 そして、さらに二日ほど進むと、首都ハルモニカに到着する流れらしい。

 二日と言っても、間の日は野宿するわけではなく、各地に宿場町が存在しているので、そこで宿をとって、休む。

その行程を繰り返して首都へと向かう。

 宿場町には行商人が必ずと言っていいほどいるらしく、買い物も一応できるとは、シルヴァさん談。


 ラズーカの街は、フルールに比べるとかなり小さな街。

 ただ、フルールとラズーカを行き来する商人が多いことから、比較的、豊な街になっている。

 リステルがアミールさんとスティレスさんと出会ったと言っていた街だ。


 タルフリーンの街は、少し特殊な街。

 街から西へ一日ほど歩いて行った場所に、山間に面した、テインハレス特別保護領と言う、タルフリーンの領主が管理する、人間ではない種族、宝石族ジュエリーと呼ばれる亜人が住んでいる街がある。

 管理と言っても、奴隷として扱っていると言うわけではなく、大切に保護されているらしい。


 宝石族ジュエリーとは、体の一部、主に胸元や額に、宝石が体の一部となっている亜人の事を言う。

 見た目はハルル程度までしか成長しないそうなのだが、寿命は五百年近くあり、長寿だ。

 容姿はとても皆可愛らしいのだが、無口、無表情なのが大半を占める。

 女性しか存在しないらしく、どうやって子孫を残しているのかは、コルトさんも知らないらしい。

「宝石魔法」と呼ばれる、宝石族ジュエリーだけが使うことができる、特殊な魔法が使えるそうだ。


 その昔、容姿の愛らしさが祟って、かなりの数を奴隷にされた歴史がある種族。

 中には、体の一部である宝石を抉り取られて殺される、と言う事もあったそうだ。

 その負の歴史を繰り返させないために、現在は、宝石族ジュエリーを奴隷にすることを禁止し、原則、男性の立ち入りも禁止して、保護領になっているのだとか。


 タルフリーンの街に入れば、少数だが、宝石族ジュエリーが暮らしていて、見かけることもあるらしい。


 宝石族ジュエリーかー。

 エルフとかドワーフとかだったら、良く話で出てくるけど、そんな亜人なんて聞いたことがない。

 少し会ってみたいなーって思った。


「リステルは宝石族ジュエリーって見たことあるの?」


「あるある。タルフリーンにも滞在していた時期があったからね。ハルルくらいの身長で、可愛かったなー」


「ハルルとどっちが可愛い?」


 ハルルが首をかしげて聞く。


「ハルルの方が可愛いー!」


 リステルがハルルに駆け寄って抱き着く。


「えへへー」


 微笑ましい光景だ。


「あー。お嬢様。道中は何もないと思うのですが、ハルモニカに着いたら、覚悟しておいた方がいいですよ? お嬢様の容姿は目立ちますから。どうせあの国王の前にも出なくちゃいけないんです。正体なんてすぐにばれるでしょう」


「大叔父様ねー。正直会いたくないけど、ここまで来たら覚悟を決めるよ。あーでも、お母さまには会いたいなー」


「それから、メノウ、ルーリ、ハルルは、礼儀作法ですね」


「「「えーっ!」」」


「それは私が教えるわー。領主と同じとおもっちゃだめよー? 宿屋に着いたらしっかり教えますからねー」


 そんな話をしていると、いつの間にか、夕暮れ時になっていた。

 今日は、コルトさん達もお夕飯を一緒に食べることになった。


「おっと! お夕飯の準備をしなくちゃ。リステル、ルーリ、ハルル、それからコルトさん、準備手伝ってくださいねー」


「「「はーい」」」


「……え? 私もですか?」


「コルトさん"も"ですよ」


 私はニッコリ笑顔で言う。

 お口だけニッコリ。


「メノウ……。目が笑っていませんよ……」


「頑張れよ!」


 シルヴァさんがニヤニヤ笑って言う。


「んー。お夕飯何にしようか?」


「はい!」


「はい、ハルルちゃん」


「瑪瑙お姉ちゃん特製ポテトサラダが食べたい!」


「あ、それ良いね」


 リステルも、


「私も食べたいわ」


 ルーリも賛成した。


 ふむ。

 ポテサラは決定だけど、他をどうしようか?

 そう言えば、突撃狼コマンドウルフのお肉が大量にあったっけ。

 どうせ、コルトさん達もいるんだ。

 ステーキでもするかー。


「メノウ特製なんですか? どんなサラダなんですか?」


「マヨネーズって調味料を使ったジャガイモのサラダだよ」


「それじゃー、メインはお肉と言う事で! お芋の皮むくよー手伝ってねー」


「「「はーい」」」


「もしかして、私もですか?」


「もちろん、コルトさんもですよ。はい、ペティナイフ」


「私も手伝うわー。後でレシピ教えてねー?」


 そう言って、カルハさんは自分の包丁を取り出して、みんなに交じってジャガイモの皮をむき始める。


「コルト頑張れよ!」


 シルヴァさんが笑いながらそう言う。


「メノウ。一人だけ手伝わないのっておかしいと思いませんか?」


「言われてみれば、そうですよね? みんな手伝ってくれてますよ? シルヴァさん」


「なっ?!」


「はい。ペティナイフどうぞ。指を切らないようにしてくださいね。


「「はい……」」


「っぷ! うっく! うふふふ! ダメー! お腹痛いわー!」


 カルハさんがお腹を抱えて笑っていた。


「どうしたんですか、カルハさん?」


「だってー。普段厳しい二人が、メノウちゃんにタジタジになってるんですものー! それがおかしくっておかしくってー! うふふふふふ」


「笑いながらしてると、指切りますよー」


 今日はいつになく賑やかだ。

 忙しいのも、ありがたい。

 ここ一か月は修行に打ち込んだおかげもあって、焦りや不安は誤魔化せている。

 ちょっとでも立ち止まると、不安に飲み込まれて動けなくなりそうなのだ。

 私のいた世界は今どうなっているのだろうか?

 私がいなくなった後、みんなはどう過ごしているだろうか?


 知る方法は何もない。


 私はいつの間にか、自分が本当に笑っているのか、作り笑いを浮かべているだけなのか、わからなくなってきていた。


 この中で、それに気づいているのは、ハルルだけだ。

 ハルルは誰にも言ってないみたいだった。


「瑪瑙お姉ちゃん。笑えてないよ……」


 偶然、二人きりになった時に、こそっと言われた。



「コルト! それは流石にひどいよー! 皮に実がごっそりついてる!」


「うう。不覚です。剣士である私が、刃物の扱いが下手なんて……」


 沈みかけた心が、そんな喧騒に呼び戻される。


「私は魔法使いだからな! 刃物の扱いは苦手だ!」


「あの、私も魔法使いなんですが……」


 ショリショリとジャガイモの皮を包丁でむく。

 あー、ピーラー使いたい。

 ポテサラなんて、ジャガイモの皮をピーラーでちゃちゃっとむいて、ビニール袋にいれてレンチンしちゃえばこんな時間かからないのにな……。

 寸胴鍋に水を入れて、どんどん皮をむいたジャガイモを入れていく。

 根物は水から。

 お料理の基本。


「瑪瑙お姉ちゃん。ニンジンは?」


 おっと忘れていた。


 私はニンジンは皮をむかない主義だ。

 だけどこの世界のニンジンの皮は、私の知っているニンジンより若干白くて固かった。

 なので、むかないといけない。


「はーい! ニンジン追加はいりまーす」


「「「「はーい」」」」


 リステル、ルーリ、ハルル、カルハさんは返事を返してくれた。


「「ええっ?!」」


 コルトさんとシルヴァさんは、がっくりうなだれていた。


「頑張ってくださいね! 私のいた世界にこんな言葉があります。『働かざる者食うべからず』です!」


「あらー。いい言葉ねー」


「え? じゃあ手伝わなかったら、お夕飯抜きってことですか?!」


 コルトさんが絶望の表情を浮かべる。


「そんなことは流石にしませんよ! ただおどかしてみただけです」


 みんなの笑い声が漏れる。

 もちろんその中には、私の笑い声も含まれている。


 ねぇハルル?

 私今、上手に笑えているのかな?


 お夕飯の準備から食後のお茶まで、終始笑い声が絶えない時間だった。

 明日からの長旅の、英気を養うように。



 そして次の日の朝。


 上流区を守っている壁の門の前で待ち合わせをし、領主の館へ行く。


「お館様より、御者と身の回りのお世話を仰せつかりました。ハウエルと申します」


「同じくカチエルです。何なりとお申し付けください」


「ラウラです。よろしくお願いいたします!」


「クルタって言います! 風竜ウィンドドラゴンを討伐された、英雄様方と、ご一緒に旅をできるなんて光栄です!」


 メイド服を着た四人組に挨拶をされた。

 四人は冒険者の経験もあり、ラウラさんはほんの少し魔法が使えるそうだ。


 そして、私達は馬車へ乗り込む。

 馬車には、フルールの街の紋章が入っていた。


 護衛役である、コルトさん達を乗せた馬車を先頭に出発する。


 私達の、首都ハルモニカへ向かう旅が、いよいよ始まったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る