社員食堂の小人さんと秘密のお手紙 2

 オンライン社員食堂は、他企業でも実施しているのだろう。好評を博しているのか協賛店が増えたようで、メニューに中華が加わった。ラーメンはないけれど、汁なし担々麺の香りが執務室を占拠し、IDを申請する者も増えたらしい。水曜日が担々麺の日であるため、社内は担々麺に満ち溢れた。

 チャーハンも素晴らしい。油のしっとり具合と、パラパラさが両立している。単品だけでも満足の一品だが、餡かけチャーハンは他の追随を許さない旨さだと美月は思っている。もう閉店してしまった、地元の中華料理店を思い出す味だった。

 美月は「食べるの大好き」ではあるが、特段グルメというわけでもない。

 まるでどこかの漫画ように、食べただけで調味料を言い当てたり、隠し味を感じたりするような舌は持っていない。

 すべて「おいしい」の一言だ。なかなか残念舌だと、自分でも思う。

 そんな美月だったが、満を持して登場したカレーに戦慄した。

 人気メニューともいえるカレーの登場に皆が喜び、金曜日はカレーDAY。一風変わった辛みはいったいなんなのか、衝立を挟んで疑問が飛び交うなか、美月は確信していた。

(これ、きっと、ラー油だ)

 美月が通った中華料理店の裏メニュー。中華なのになぜかカレーがあるというカオスな店だったが、ラーメン用の出汁を使ったカレーはとても美味しかった。味はあっさりめ、そこにコクと辛みを作り出していたのが、ラー油である。常連の美月に、じいちゃん店主が教えてくれた秘密の味だ。

 体を壊して店をたたみ、二度と食べられないと思っていたあの味に巡り合えたことに美月は興奮し、返却用の箱にそっとメモを忍ばせた。



 翌週の月曜日。天丼をチョイスした美月は、どんぶりの下に折りたたまれたメモがあることに気づいた。

 食堂の小人さんにしてはめずらしいミス。うるさいひとならば、文句を言いそうだなーと思いながら開いてみると、そこには綺麗で読み易い手書きの文字が並んでいた。


『いつもオンライン社員食堂をご利用いただき、ありがとうございます。カレーの味、よく気づきましたね。驚きました。今後ともごひいきに』


(うわあ! 小人さんからのメッセージだ)

 未知との遭遇。見えない精霊のような食堂のヌシが、実は人間であったのだと、至極当たり前の事実に、美月は動揺した。

 たとえば通販でなにかを購入しても、印刷された定型文が同封されているだけで、こんなふうに、「中のひと」を感じることはないといっていいだろう。

 こそばゆい気持ちになりながら、返事とばかりにメモをしたためた。かつて通っていた店のカレーによく似ていたこと、とても懐かしかったこと。これからも楽しみにしていることを加えて、箱に入れておいた。

 翌日の唐揚げプレートにはやはりメモが入っていて、昨日とおなじ人物であろうひとの字が並んでいる。なんとも丁寧なひとだ、と美月は感心した。

 和食、洋食、中華。どのジャンルを注文しても、同じひとが用意をしているのかもしれないと気づいたのは、御礼メモを入れるようになって一ヶ月ほど経ったころだろうか。たぶん、各会社ごとに担当者がいるのだろう。その証拠に、漬物が苦手でいつも残して返却していた同僚は、付け合わせがぷちサラダに変わったらしい。きめ細かなサービスに、オンライン社員食堂の株は上がるばかりである。

 社食としては高いけれど、外食としては適正価格。外での飲食が制限されるなか、会社でそれらが食べられるのはとても嬉しいことだった。女子向けの簡易カフェプレートも登場し、とても人気らしい。たしかに見た目もオシャレだったけれど、あいにく美月はがっつり派である。

 しかし「今野さん、あれどうだった?」などと訊ねられることも多く、これは一度ぐらいは味わっておくべきかもしれないと注文したところ、驚きの事態になった。

 あきらかに、量が多い。

 パンとライス、どちらかを選択する方式なのに、なぜか両方ついていた。

 いつものようにメモが添えてあり、開いてみると見慣れた文字。


『今野さんは物足りないと感じるかと思いましたので、ささやかながらボリュームアップしておきます。くれぐれも内緒でお願いします。いつもご利用いただき、ありがとうございます』


 ――小人さん、まじ女神!!


 堪能し、御礼のメモを忍ばせた箱を返却寸前に、美月はふと気づいた。

 もしかして、名前、バレてる?

 箱には社員番号と名字が記されているので、たしかに把握されていてもおかしくはない。なにしろ美月は常連だ。単なるお客さんではなく「今野美月」個人に宛てたメッセージなのだと思うと、急に特別な気がしてくる。こんな時期だからこそ、人と人の交流がありがたい。

 箱を開けると、底に置いたメモを取り出す。胸元のポケットにさしているボールペンを持つと、メモの下に「今野」と付け加えることにした。今日の昼食は遅番なので、あとからひとが大勢やってくるということもないだろう。

 余白に追加メッセージも加えて、満足する。しっかりと蓋を押しこむと、返却エリアに置いて、その場をあとにした。




 オンライン社員食堂は、法人契約を結んであるのか、代金は給与天引きされる。これなら提供する店側も資金回収に悩むこともないだろう。どれぐらいのマージンがあるのかは知らないけれど、最終的な仕上げは食堂内の調理場を使っているらしいことは、漂う香りで知れた。たしかにそうでなければ、熱々の状態で提供するのは不可能だろう。

(それでいてなお、配膳風景を誰も知らない。小人さん、まじ小人さん)

 食堂で働いていたパートさん説が濃厚だが、ならば姿を隠す意味はあまりないだろう。

 ならば、とてつもなくシャイなひとなのだろうか?

 メモの印象は、落ち着いた物腰の美人。字が下手な美月は、彼女の美しい字にも魅せられている。

(きっと指も綺麗で、でも料理するからネイルとかはしてなくて、髪もきちっとまとめて、すらっとした美人。きっとそう)

 言うまでもなく、美月の願望である。

 年齢もわからないし、彼女自身が店を持っているともかぎらない。このサービスのために雇われているかもしれないのだ。

 けれど、もしも働いているのであれば、通いたいと思うぐらいには、彼女の料理と人柄にすっかり惚れ込んでしまった。美味しいものは正義である。



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