どうか死んでいてくれ
それから、いおり君とは何度か食事をした。
暗黙のルールとして私達は小学生のころの話を一切せず、いおり君は今構想を練っている書きものの話や最近読んだ本への批評、時々は書きかけの文章も見せてくれた。私はそれに対して適当な相槌や感想を返し、復帰した自身のアルバイト先のくだらない笑い話などを交えながら、基本的には彼の話の聞き役に徹していた。
「書きものの内容的にいつも相手の話訊いてばっかりだからさ、茜ちゃんにはついつい喋りすぎるちゃうらしいんだよね」
いおり君が申し訳なさそうに笑う。私も、このお喋りめ、と簡単な悪態を吐きながら笑い返す。いおり君と話しているとき私は『いおり君と話をしている』以上のことは何も感じない。けれど彼と別れ一人きりになった途端、私は昔のことを思い出すようになっていた。それはまるで過去の記憶が雪崩として私を一気に飲み込んでいくようで、恐ろしい、という言葉では足りないほどの恐怖に満ちていた。
父のことはもはやほとんど覚えていない。父が今どこにいるのか、そもそも生きているのか、その程度のことすら私は知らない。私の中に残っている父の痕跡は、彼の行いに対する断片的な負の感情のみだ。いおり君と会った日の夜私はいつも父のことを思い、自然な流れで「どうか死んでいてくれ」と父を痛烈に呪った。
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