第501話 3人目のZ級Ⅳ

 マーズベル湖。風車。マーズベル山脈の鉱山。マーズベルワインのワイナリー。リリアン・クロック。リリアンの飲食店。それらを見学しながら、これからマーズベルに住むことになると伝えて挨拶回りをしていた。


「皆いい人達ね」


「そうだろ?」


 今いる場所はリリアンにある西洋風の外観をした居酒屋だった。ノアは用事があるから私とナリユキとミクちゃんの三人で来ていた。


 そしてこの居酒屋は、ナリユキ達が住んでいた料理がたくさん出てくるのだけれどこれがまた美味しい。焼き鳥。鶏のお刺身を始め、おでんといったお料理も出てきた。私がカルベリアツリーのダンジョンにいる前では、まだこんな料理は並んでいなかった。確か焼き魚や、お豆腐、納豆のような言わば健康食とされているものが多かったと聞く。


「お酒も日本酒美味しいわね。ワイナリーで飲んだ赤ワインも美味しかったけど」


「でも、本当はご飯摂らなくても生きていけるんだろ?」


「そうね。これも天衣無縫オーディンの力を持つ人間の特性よ。水だけで生きているのよ。動いてもエネルギーは減らないし、必要なたんぱく質、ビタミン、アミノ酸、カルシウムなどなど。全て体が勝手に合成してくれるのよ」


「凄いよね本当に」


「でも味覚が分からない訳じゃないし、食べ物を食べる事の幸福は分かるわ」


「めちゃくちゃ美味しそうに食べるもんな。ここに連れて来て正解だな」


「日本っぽいお店に連れて来て正解だね。今度は海鮮系行った方がいいね! 割烹料理、お鮨なんかのお店」


 ミクちゃんはそう言ってねぎまを頬張っていた。そしてとろけた表情を浮かべている。


「俺焼き鳥が結構好きで、前の世界でも一人で色々なところ行っていたんだけど、ここの焼き鳥はそれらを凌ぐ美味さだな~。店長も転生者で前の世界では大阪駅周辺の地下の飲み屋街で焼き鳥を焼いていたらしいんだ」


「私はあまり食べないからどう比較したらいいか分からないけど、確かに焼き加減とこのタレは絶品ね」


「秘伝のタレってやつだな」


 ナリユキは心臓ココロをそう言って口に運んだ。臓器を食べるのは日本の風習らしい。お魚に関しても海外では白子を食べる風習が無いから、外国の転生者がリリアンのお店に歩み寄った際は驚くらしい。身近な人間で言うとロシア人のマカロフ卿が、グロテスクな見た目とは裏腹にクリーミーな旨味が口の中を駆け巡るので、心底驚いてて白子のファンになったとか。私も今度食べてみたい。それこそ先程ナリユキが食べている心臓ココロを食べたから白子にも興味がある。


「こうやって悠長にしていられるのも、ミクちゃんがZ級になったからでもあるな」


 ナリユキはそう言ってジョッキのビールをゴクゴクと飲んでいた。多分、ナリユキはビールの事を水か何かと思っている。半分くらいあったビールを一気に飲み干しておかわりを貰っていたからだ。


「ミクちゃんには闇払やみばらいがあるからでしょ?」


「そうだな。闇払やみばらいは強力なスキルだもんな。それにラファエルを倒した事によって攻撃スキルと回復スキルが大幅に強化され、ミクちゃんも神格化と類似のスキル、光の化身ってスキルがあるからな。まあ、俺もデアと戦って神格化のスキルを入手したし、今回のダンジョン攻略で俺達も別次元の強さを入手したのは言うまでもない」


「自信付いたよね!」


 ナリユキとミクちゃんはそう和気あいあいとしていた。この二人のやりとりを見ていると、何だか微笑ましく思えるのは気のせいかしら? この二人が作り出す平和な雰囲気をずっと眺めていたいものね。


「それにしても転生者がこんなにたくさんいるのは驚きね」


「そうだろ? この世界に死んで転生する条件の一つには何らかの強い想いがある者だけが、この世界に来るらしいからな。例えばここの焼き鳥を焼いてくれている店長は、来てくれているお客さんに、世界一の焼き鳥屋と言わせたかったらしい。他の従業員は頭の可笑しい店長だと思っていたらしいけどな」


「そうなのね。ナリユキは想像したものを具現化できたらもっと生産性が上がるのに――と思った訳でしょ? そもそも何でそう思ったの?」


 私からの単純な疑問だった。ナリユキが得たユニークスキルは、最強の三大神さんだいしんである至上神ゼウス万物神アルカナ天地神アースのユニークスキルではないが、その次に貴重とされている原初の三神さんしんのユニークスキル。いや、ユニークスキルだけの能力で言えば、攻撃に特化してないだけあってナリユキの言葉を借りると、チートには変わりない。


「まあ、俺が住んでいた日本っていう国の国内総生産GDPが全く成長していなんだよ。日本は3位だったけど成長率は下がってきている。その成長率を上げていくためには、手から何でも出せたら生産性上がるんじゃね!? って思った訳さ」


「――行きつく先は案外子供っぽい発想ね」


「うるせえな」


 私がそう言うとナリユキは顔を少し赤らめて、おかわりしたビールを照れ隠しのようにグイっと飲んだ。


「ミクちゃんは死ぬとき何を思ったの?」


「私はもっと自由になりたい。ただそれだけだったな~」


「何でそう思ったの?」


「親にお姉ちゃんと比較されていて罵声を浴びせられることもあったし、発信していたSNSの一部のファンからストーカーされたりと、まあ色々と私は前の世界では窮屈だったの」


「SNSが何か分からないけど、どちらにせよ深堀すると結構繊細そうね。やめておくわ」


「追々話すね」


 ミクちゃんはそう言って笑顔を見せてくれた。その笑顔には「もう吹っ切れているよ」と言った前向きな笑顔ではあったけど、私からすればミクちゃんが抱える奥深い闇を垣間見た気がする。けど今見せてくれた笑顔は本物。恐らくそれはナリユキと出会ったからだ。ナリユキがミクちゃんを前向きな女の子に変えて、心底楽しいと思える人生を歩めるようになったのだ。


 そして今日一日ナリユキとミクちゃんにリリアンに案内されながら二人の様子を見ていて出来た目標がある。それはこの二人を守る事。この二人の幸せそうな空間を壊したくない。何故かそう思えた。


 私はいつからこんなにお人好しの性格になったのかしら。


 そう思いにふけながら熱燗を口に運んだ。二人で楽しそうに会話しているところを眺めながら飲むこの熱燗というお酒が私を温かい気持ちにさせてくれた。


「デア、何笑っているんだ?」


 私はナリユキにそう問いかけられた。どうやら自然と笑みが零れていたらしい。


「何でもないわ」


 そう私があしらうと二人は怪訝な表情を浮かべながら首を傾げていた。



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