第251話 転生者の店

「タテワキさん、今日来るのかな?」


 私はビールを片手にランベリオンにそう問いかけた。


「――正直分からん」


 ランベリオンのその曖昧な言葉に私は思わず不貞腐れてしまった。でもまあいいもん。情報はある程度揃ったからあとは来てくれた時に教えるだけ。


「しかし、ナリユキ殿が無事でよかった。でなければこうしてお酒を飲むこともできなっただろうに」


 ランベリオンはそう言って嬉しそうな表情を浮かべながら、まるで水を飲むかのようにビールを流し込んだ。「すまない! もう一丁!」とグラスを上げながら店員に声をかける様は、サラリーマンのおじさんそのものだ。マカロフ卿に捕まったと報せを聞いたときは、私もランベリオンも悲しい感情を持ちつつ、ただただアジトを探すことに専念してたからな~。こうして羽を伸ばすことができるのはいいことだ。


 ログウェルのクロックスタウンの飲み屋街にある大衆居酒屋的な飲み屋さんで、私とランベリオンは飲んでいた。ここを選んだ理由としては、ここのお客さんがランベリオンを含めて、ナリユキさん達の事を慕っているそうだ。それもそのはず、ベリトが逃げながらここの町の人達を洗脳していたらしいので、ナリユキさん達はそれを解いてベリトを仲間に入れたので、町長からは感謝されたいう経緯がある。なので、マーズベルの国民であれば、クロックスタウンはホームだ。今は落ち着いているが、マーズベルの国民というだけで、町の酔っ払いに絡まれたりなんかもする。


 テーブルの上に置かれている料理は焼き鳥や野菜の焼き串、ポテト、お豆腐と言った日本の居酒屋さんに近いメニューとなっており、異世界の飲み屋さんに来た感じはせず、寧ろ居心地が良い。


「どうですか? 楽しめておりますか?」


 そう優しい口調で声をかけてくれたのは、短い黒髪をジェルでセットしている一重瞼の男性だった。黒いシャツにジーンズという出で立ちはこの世界では目立つ風貌をしている。


「お蔭様で楽しめておりますよ。日本人の異世界居酒屋ってそりゃ売れますよね」


 私は50名程入るお店が満席だったのでそう言った。


「ありがとうございます。異世界でも焼き鳥などをメインにした日本の居酒屋を発信したかったんですよ。しかし、私からすれば、お姉さんのような卓越した強さが羨ましいと思います。私は異世界転生したのに、戦闘系のスキルは少ないですからね」


「こっちに来た時にどう動いたかが問題ですからね。 アキラ店長は恐らく、何のお店を出そう? と考えたんじゃないですか?」


 私がそう言うとアキラ店長は「確かにそうですね!」と言いながら笑っていた。


「ナリユキ殿もそうだが、異世界転生して冒険者になろう! って思わないところが凄いな。普通の発想とは全然違う」


「いえいえ。そんなことありません。そう言えば、お礼を申し上げるのが遅れておりました。ランベリオン様、先日はありがとうございました」


「気にするな。寧ろ我々が巻き込んでしまったからな」


「いえいえ。私も洗脳されていた一人なのでお礼を言わせて下さい。しかしあの後、ベリト様は改心されてアードルハイム帝国壊滅作戦で大活躍と伺いました。今ではログウェルにいる皆は、ベリト様の事を恨んでいる人は少ないでしょう」


 アキラ店長がそう言うと周りのお客さんが「そうだぞ!」や、「頭が上がらねえよ!」と私達に向かって言って来た。前の世界と違ったところはこういうところだ。こっちの世界では、自分が過去に何かをされたとしても、その犯した罪以上に、人々から感謝されることを成し遂げると、自分がされた昔の嫌な事は水に流すことが多い。前の世界では私もそうだけど、昔の事をネチネチしていて、例え何か成し遂げてもその当事者には認められない事が多かった。なので、倫理観は間違いなくこっちの世界のほうが素敵だと思っている。


「それは何よりですね」


「ええ。ところでお味はいかがですか?」


「とっても美味しいですよ! 塩加減とか抜群ですよ。このササミ!」


 私は少し興奮気味に言っていた。だってめちゃくちゃ美味しいだもんここのお店の焼き鳥。


「ありがとうございます。怪鳥のつくねなどもなかなか美味しいので是非食べてみてください。それでは」


 アキラ店長はそう言って厨房の方へと戻って行った。


「絶品だな。ナリユキ殿やミク殿も気に入りそうだ」


「ランベリオンって本当にあの2人の事好きだよね」


「そういうミユキ殿もナリユキ殿の事ばかりではないか」


「そ! そんな事ないわよ!」


 私がそう言うとランベリオンは「どうだろうな」と茶化して来た。ニヤニヤしているのが無性に腹が立つ。私は、タテワキさんとミクちゃんが幸せになってくれればそれでもん。それにタテワキさんの事は男として見たことが無いし――。


「乙女の顔しているな」


 ランベリオンにそう言われたので私はムッとしていた。


「アンタ本当に鋭いのか鈍感なのかどっちなのよ」


「知らんな」


 そうランベリオンはニヤニヤしながらビールを飲んでいた。何なのこの飛竜ワイバーン


「それよりそろそろ日本酒飲もうではないか。マーズベル以外で日本酒が飲めるのは珍しいぞ?」


「――分かった」


 ランベリオンはニッと笑みを浮かべなり、店員さんを呼んでいた。まさかランベリオンを2人でこんなに飲むとはねえ~。顔も熱くなってきているしそろそろヤバいかな? いや、でもタテワキさんが無事だったからそれを祝うかの如く飲めばいいだけだ。肝心な本人いないから、機会を見て絶対に飲みに誘ってやる。


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