第228話 なりゆき君

「まずは、クロノスさんのところへ移動します」


「ほう。何故ナリユキ殿では無くてクロノスのところだ?」


「敵の目的はあくまでナリユキ君です。クロノスさん達はナリユキ君が自由に動けないように人質にされているだけ――で、あればクロノスさんのところに転移テレポートするほうが無難です。それにクロノスさん達は枷をされているので身動きはとれません。ものすごく強い人間がクロノスさん達を見張っているのは人手リソースの無駄……あ」


「大丈夫。余も転生者と話す機会はあるのでそれくらいの用語は理解できる」


 良かった~。使う言葉もどんどんナリユキ君化してきているから無意識のうちに人手リソースなんて使ってしまった。


「ありがとうございます。それでクロノスさんの所に着けば、見張りがいれば無力化します。私には忍ぶ者というスキルがありますので、音を立てずに移動できます。ですので雑魚敵相手であれば気付かれないでしょう。そしてクロノスさん達を開放して、ナリユキ君の居場所を聞き出します。聞き出してもし牢に閉じ込められているのであれば、ナリユキ君の所へ移動します。まあ転移テレポートイヤリングがマカロフ卿が知っていなければの話ですけど。もし知っているのであればクロノスさん達の見張りに、黒の殲滅軍ブラック・ジェノサイドクラスの人がいると厄介ですが――」


「まあいいだろう。前提として奴等は転移テレポートイヤリングを知らん。それは余の国が情報を一切遮断しているからだ。ナリユキ殿に売ったのは、彼なら有効活用してくれると思ったからだ」


「成程。そうでしたか――因みに強制転移フォース・テレポートは出来ないんですよね?」


 そもそもの質問だ。青龍リオ・シェンランさんには名前と顔を浮かべて、自分の元へ呼ぶことができるアクティブスキルを有している。


「それが出来ていたらこんな大事にはなっておらんだろ。まあ呼ぶことは出来ないのは分かっていて一度試してみたがやはり駄目だった」


 はあと溜め息をつく青龍リオ・シェンランさん。


「その出来ない条件って何なんですか?」


「発動しないのは相手がスキルを使えない状況にあるときだ。余の国もアードルハイム帝国に捕らえられていた国民か何人かいたらしくてな。報告を受けた時に絵と名前が書かれた紙を渡されたが出来なかったのだ。だからアードルハイム帝国の拉致監禁は様々な国にとって問題だった。それにアードルハイム皇帝のスキルが恐ろしいこともあり、アードルハイム帝国に歯向かう事ができないというのが現状だったがな」


「――それ考えるとマーズベルって」


「凄いことをやり遂げたな」


 青龍リオ・シェンランさんはそう言って微笑んでいた。


「雑談はここまでだ。一度転移テレポートイヤリングを取りに戻る。少し待ってていてくれ」


「はい」


 私がそう言うと青龍リオ・シェンランさんは頷くなりこの場から消えて行った。果たして上手くいくのだろうか――少しの不安が大きな不安へと膨れ上がる。どこか恋愛と似ている気もするけど、大好きな人がピンチな時に助けられないのは私は嫌だ。ナリユキ君――いや、なりゆき君は私にいっぱいの幸せをくれた大切な人。


 思い返せば、動画配信者のべりーだけが唯一の居場所だった。それこそプライベートでは、どれだけ恋愛の知識を深めたりしても恋愛は上手くいかず、男性にただ振り回されて終わる。


 両親は、私と優秀なお姉ちゃんをよく比較されていた。超名門の大学を主席で卒業して、新卒でベンチャー企業に入社した後、独立するというアグレッシブな性格と、結果を出し続けるパワフルさを持っていた。それに大学時代にはミスコンも出たりと、容姿端麗で成績優秀という自慢なお姉ちゃん――。


 そんな自慢なお姉ちゃんとよく比較されて、私の家での立場は年齢を重ねるごとにどんどんと無くなっていった。学生時代に励んでいたフェンシングも、都大会で優勝しても「それくらい普通でしょ?」と母親に一蹴されてしまった。私は認められるためにもっと頑張らなくちゃと思い、練習をより打ち込んだけど、母親の冷たい台詞が脳裏に焼き付いていた。好きだったフェンシングも認められるためのスポーツになり、気付けば辛いものになっていた。そして練習も惰性になっていった。


 次第に私はゲームと動画を観る事が当たり前になり、私も一度トライしてみようとSNSでの発信と動画を発信していたら、30万人というファンがついてくれた。「どうせできない」「お姉ちゃんを見習え」「産むんじゃなかった」など他にも色々言われたけど、そんな言葉を浴びせられ続けた私にとっては多すぎるファン数だった。でもそれは動画配信を通しての話――。


 元カレと両親には否定され続けて、一部のファンからはストーカーされるという何とも生き辛い世界――窮屈でしかなかった――。


 そんな時に、お姉ちゃんに恨みを持つ人間が私の家に放火をしかけてきた――。このとき私はもう死んでもいいと思い、放火されて燃え行く家のなかで私は焼け死んだ。自由が欲しかったから熱くはなかった。寧ろ幸福とすら思えた。だって待ち望んでいるのはただの【無】。一切の感情が生まれない世界。


 の筈だった――。


 そんな思いで死んだのに、何故か異世界に飛ばされて、なりゆき君という何でも許容してくれる素敵な人に出会えることができた。


 だから、私はなりゆき君の為なら死ねる。自分がどれだけ酷い目あおうともなりゆき君の為なら――。


 だから大丈夫だ! 何も怖くない!

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