第135話 始動Ⅶ
「前提から話すと、俺が良く夕刻になると、仕事を切り上げようって言うだろ?」
「そうだな。我等は24時間フル稼働しろと言われても全然できるのだが」
「俺達の国には労働基準法と法律が定められていてな、1日で働く時間は8時間なんだ。それを超えると残業と呼ばれる労働形態に変わるんだ。月の計算で45時間を超えると法律を破ったことになるんだ。彼女はその3倍以上の残業を行っていた。それは会社という組織が普段から社員と呼ばれる働く人間に、それが当たり前だと教えていたからだ。というか彼女がいた業界は、残業が当たり前だったから、それを可笑しいと指摘する人間がいなかった。そんな彼女は当たり前の価値観に少しずつ慣れてしまった。自然界でもそうだろ? 同じ環境にいたら始めは苦手だったかもしれないけど、環境に適応していること」
「そうだな」
「ええ」
我とアリシアが返事をするとナリユキ殿は続けた。
「しかし、彼女の脳は疲労しきっていた。そこから細かいミスを続けて――。最終的には覇気が無くなり、顧客からもクレームの対象となったりなどが起きて、会社に損失を与えてしまった。そしてその一度の失敗で彼女はだんだんと心を病んでしまった。しかし、彼女は顔もスタイルもよかった。だから、セクハラが嫌でも受け入れるしかなかった。因みにセクハラというのは女性が嫌がる事だ――」
ナリユキ殿はそう言ってアリシアの肩にポンと手を置いた。
「相手が嫌がるならこれもセクハラにあたる」
「もっと触ってもらっても大丈夫ですよ? 何ならこの身をナリユキ様に差し上げることに造作もありません」
「――。変態はさておき」
うむ。確かに変態ではあるな。
「ただ彼女がされたのは性行為の強要だ。こうなるとセクハラとパワハラだな。パワハラってのは簡単に言うと、立場が強い者が、立場の弱い者に圧力をかけることだ。分かりやすく言うと、アードルハイム皇帝だな」
「成程」
相変わらず分かりやすい例えだな。成程。これから使おう。
「そんな悩みを抱えていた彼女の話を聞いた俺は会社を辞めてしばらく休んだらいいって言ったんだ」
「ん? 真っ当な意見ではないのか?」
「そうですね。ナリユキ様は別に間違ったことを言っておりません」
「確かにそうかもしれない。けれども精神状態が追い詰められた人間には、それは新たな悩みになってしまうんだ。その心理状況を俺は理解していなかった。学生の時はよくじっくり話を聞いていただけどな。俺は生産性を意識していたから、話を早めに切り上げてしまったんだよな。それで彼女は頼れる人がいなくなって自殺した。だから――。自分が大切にしている人が困っていたら、例え自分の時間をたくさん割いても寄り添っていこうと思ったわけだ」
「ナリユキ殿に落ち度はない。そこでその人物がナリユキ殿を責めようなら筋違いって話だと思う」
「そうか?」
いつになくナリユキ殿は弱気になっている。芯がブレない人間と思っていたが、身近な人が死に関わるときは、悩み始めるのだろう。いつもナリユキ殿なら悩んでいる時間は生産性が下がるって言うのにな。そう考えると、生産性という言葉を借りて、自分を奮い立たせているのかもしれない。少し背伸びをするために、色々な言葉を取り繕って、自分の信念を貫こうとする姿勢――。我等の種族には少なくとも無いな。
「気にするな。今はミク殿達を助けることを専念にするんだ」
「そうだな有難う。とりあえず、ベリトに連絡だな」
ナリユキ殿はそう言って目を瞑った。
《ああ俺だ。今大丈夫か?》
そう話を始めた。この時、我等にベリトの話声は聞こえないから、ナリユキ殿の言葉を読み取って会話を予測するという流れになる。
話の内容としては、今どこにいるのか聞くと、とりあえず空を飛んでミク殿達がいそうな、アードルハイム帝国軍基地に向かっているとのことだった。そしてどうやら、ベリトはレン・フジワラと会っており、彼は魔眼を持っているそうだ。そして、ここの黒焦げになった人間も、魔眼の効果によるものらしい。我はどのような人間かは残念ながら見ていなかったが、ナリユキ殿如く、彼も化物級の強さを手に入れたのだ。
「ふう。とりあえずベリトが行ってくれているらしいな」
「そのようですね」
アリシアがそう頷くと、建物の中から、金髪の青年が出てきた。彼は右目を閉じながら、ナリユキ殿を指すなり「あっ!」と声を出していた。
「ナリユキさんやん! 何でこんなところおるん!? あれ? そこの少年どうやって解放したん凄くない?」
バリバリの関西弁だった。我も何度か聞いたことがあるから、この特徴的な話し方は覚えている。転生者の商人でいたな。
「レンさん。ベリトに会ったんだって?」
「ああ。あのやたらめったら強い兄ちゃんですよね? 会いましたよ」
これまた癖が強い青年だな。軽さで言うとカーネル王と並ぶし。
「ベリトにさっき聞いたんだ。魔眼を手に入れたんだって?」
「そうですよ。お蔭さんで右目は普段失明やわ。あっ――。とりあえず俺のペンカメラ渡しときますわ」
レン殿はそう言って、ナリユキ殿にペンを渡した。改めて見ると変わった形をしている。よく没収されなかったな。
「サンキュ。じゃあ俺からはこれを」
そう言ってナリユキ殿が渡したのは眼帯だった。
「うわ。一気に厨二病っぽくない? でも有難いですわ――。これどう付けるねん」
レン殿がそう言ったので、アリシアがすかさず、レン殿の眼帯を付けてあげていた。
「有難うな
「そうだな。皆行くぞ」
ナリユキ殿がそう発破をかけたので、いつものリーダーのナリユキ殿を見て、我も、ノアも、アリシアも笑みが自然と零れていた。
「いつものナリユキだ。リベンジマッチだね!」
ノアの言葉に我は「そうだな」と応えた。
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