第104話 始動Ⅳ

「因みにあの兵士の方のお名前はご存じですか?」


「はい。第3騎士団のヴァンという兵士です。ここは第3騎士団の管轄なので」


「成程。場所を移しませんか? 座れるところならどこでもいいのですが」


「そ――そうでしたね。気が利かなくて申し訳ございません」


「いえいえ」


 そう言うと町会長の家に招かれた。家は平屋の木造建て。町会長とは名ばかりで、家の支柱が削れていたりしている。長年使っていて、家の修繕費も無いという感じだろうか。マーズベルに来ればこんな貧乏な生活をしなくても済むのになとか考えていた。


「ボロボロの家で申し訳ございません」


「いえいえ」


 私達は食卓で3人横に並んで座らされた。


「コーヒーで宜しかったでしょうか?」


「はい。ありがとうございます」


 町会長がコーヒーを用意してくれている間、私は家の周りを見渡した。特に無駄のないシンプルな家。唯一気になるとすれば、正面に見える本棚に置かれている、写真立てに飾られている数十枚の写真だ。

 

 女性騎士と町会長とツーショットの写真や、ゴーストタウンの今の町とは違い、写真に写っている民間人達の集合写真はものすごく活気があり、町の雰囲気はとても明るいものだった。


 そして、不思議なことに写真立てにある写真は全て、その女性騎士が写っていた。


「この女性は誰ですか? 見たところ帝国兵のようですが」


「そうですね。彼女は私の孫で、とても正義感が強い子でした」


「でした――。と言うと?」


「既に他界しております」


 そう言って町会長さんは4つのコーヒーを持ってきて、私達に配膳してくれた。


「そうだったんですね」


「とても正義感が強い子で、帝国軍のやり方に反対していた孫でした。第5騎士団長を務めておりましたが、罪を問われて死刑になりました」


「騎士団長が死刑になるのですか?」


「ええ。不当な理由で捕らわれている人々を逃がしたのです。ほんの数人ではありましたが、国外逃亡できた人間もいます。しかし孫は捕まってしまい死刑されてしまいました」


「その女性の方のお名前を伺ってもいいですか?」


「カレス・ロビンソンです。そして私の名前がストーガ・ロビンソンです」


 ――。90年代のバンドの曲のタイトルみたいな名前だ――。


「第5騎士団といえば、今はラングドール様では?」


「ええ、そうです」


 アリスちゃんの質問にそう頷き、そのまま話を続けた。


「ラングドール様はカレスの事をとても慕っておりました。ですので、この町の事をとてもよくしようとしてくれましたが、方針転換によりここは第3騎士団の管轄になってしまったのです」


「それで酷い仕打ちを受けているわけですね」


「そうです。帝都の中心地はまだここまで酷くないのですが、離れていくにつれて行いは酷いものです」


「何故距離が関係あるのですか?」


「ラングドール様が警備しているからです。ラングドール様は。民間人に対して不当な扱いを行う兵士には、注意喚起を行います。酷いときにはその兵士に対して拷問を行うとも聞きました。彼は私達市民の味方です」


「それだと、他の兵士達には嫌われそうですね」


「仰る通りです。なので、聞いた話では、ラングドール様を適当な理由を付けて処罰を行うという話も出ているらしいです。しかし、彼は若いながら第1騎士団長のガープ様の次に強い。実質この国で№2の実力を持っているのです。そんな戦力を皇帝はみすみす適当な理由をつけて処罰することなんて許しません。皇帝からすれば彼は貴重な奴隷なのですから」


「奴隷――ですか」


「ええ。ここに住んでいる者は皆、アードルハイム皇帝の奴隷ですよ」


 ロビンソンさんはそう力強く言っていた。闇が深いというべきか――。ロビンソンさんの瞳には光など宿っていなかった。


 ベリトさんはアードルハイム共和国の時の国主に、利用されるだけ利用されて大切な人を殺され、精神がボロボロになった。そしていつのにか日か、いつか復讐するという目標だけに生きてきた。


 フィオナさんは、仲間を助けるために潜入したけど、捕まってしまい、特殊なユニークスキルを活用する為に、毎日毎日犯された――。


 そうか――。そうだよね。捕まっていなくてもこの国に自由なんか無いんだ。


「私達に何かできることは無いでしょうか?」


「いいの? それだとここで時間費やすることになるし、あいつ等も――」


「いいのよ。それにあの人なら黙って見過ごすようなことしないでしょ? あの人は生産性って言いながら、明らかに生産性ないこともしたりするし」


「まあ確かにそうだね」


「本当に助けて頂けるのですか? 確かに聖女様はとてつもなく素晴らしい治癒ヒールをお持ちの方なので、とても強いお方だとは認識しておりますが――。傷を治してもらってそこまでして頂けるのは――。それに金品などありませんし」


「そうですね――。ロビンソンが共有できる範囲の情報を、私達に頂ければいいですよ。勿論、他言できないような情報を無理やり聞こうなんて野暮な事はしません。情報の真偽については、言っていることが本当か嘘かは見破ることができる方法がありますので、ロビンソンさんが適当に嘘を並べて情報を与えているつもり――。ということはできませんし」


「それは何かのスキルか何かですか?」


「そうです。なので、今まで通り嘘偽りなく接していただければいいのです」


「そ――そうでしたか。いやはや流石聖女様というべきか。勿論嘘偽りなく接します。それが私達にできる最善の行動だと思っておりますので」


 そう強く言ったロビンソンさんの瞳には、おぼろげながら光が宿った。

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