乾きすぎた風が吹く

江池勉

序章

 地球も人間も、すでに渇き切って疲れてしまっていた。未来への希望などとうの昔に蒸発してしまっていて、残りカスでさえも燃えつきようとしていた。人類絶滅が、ただの妄想ではなく現実のものとして迫ってきていても、今を生きるのがやっとの人々にはなにを説いても響かず、他人事のようにしか感じられなかった。



   ☆



 果てがあるのかどうかわからぬほど広い砂漠は、まもなく夜明けを迎えようとしており、氷点下の冷え込みがもっとも厳しい時刻であった。光量調節のきかないヘッドライトの光が、消音器がろくに機能していないエンジンの爆音をさらしながら移動していた。

 舗装されていない砂漠の大地を走行しているのは、一台のトラックであった。他に車両はいない。荷台には仕入れた物資が積まれていた。あちこちからかき集めてきた物資は、どんなものでも高く売れた。物流が滞っているうえに、モノそのものの生産も低下してきている。人々はすべてのものを渇望していた。

 向かっているオアシスまであと半日というところであった。まだ遠いが、それでも一番近い町だった。

「だいじょうぶか、レリオ」

 運転席から後部座席を振り返って声をかけた。

 気遣う言葉に、後部座席に座る髭をはやした浅黒い男が黄色い歯を見せたが、顔色は悪く、額には脂汗の玉がいくつも光っていた。

「なんとか生きていますぜ、姐さん……」

「気をしっかりもて。ぜったいにたすけてやる」

 ステアリングを握っているのは、歳の頃三十を超えた、化粧っけのない、鷹のような目つきの女だった。これまでその目で散々修羅場を見てきた瞳にはカミソリを挟むほどの隙さえなかった。

「まさかこんなことになるとはな……想像もしてなかったぜ」

 彼女よりやや年齢としの若い男──レリオは苦しそうに呼吸する。

「あたいだってさ……。いま思い返すだけで、寒気がするよ」

「姐さん、おれ……このまま死ぬのかな……」

 レリオは、ほんのりと明るい東の方角に弱弱しく視線を向けた。

「気をしっかり持て。おまえはあいつらみたいにならない」

 姐さんと呼ばれた女は、レリオを励ますように言ったが、いつまで命がもつのか不安でしかたがなかった。

「こんなときに、もし旅賊に襲撃されたら、万事休すですね……」

「嫌なことを言うな」

 積み荷を狙う旅賊に対し、護衛を付けているのがキャラバンの常識だった。だが、いまはその護衛がいない。全滅していた。

 信じられなかった。命からがらその町から脱出するのが精一杯で。

 あの町にいたのは、たしかに人間だった。だが同時に、人間とはいえなかった。彼らの目には人間のような感情も理性も感じられず、その四肢は獣のように人間離れした動きを見せた。

 これも病嵐パンデミックのせいなのか……?

 これまでも絶望的な世界だったが、さらにそれが加速するような気がした。

 仲間を失い、心細さがさらにつのる。

 こんなとき、あいつがいてくれたらどんなに心強いだろう──。

 女は急にそんなことを思った。

「あいつ?」

 声に出てしまっていたらしい。レリオが訊いてきた。

「そうか、レリオは知らなかったんだな」

 女は遠くを見た。夜が後退し、砂漠の地平線が見え始めていた。

「そうだ、あいつの話をしよう。豪族警備軍相手にたった一人で向かっていって、しかも包囲を突破してまんまと脱出したやつさ」

「伝説的な話でやすね、そんな超人的な男がいるなんて」

「そうだねぇ、たしかに伝説といえるだろうさ。でも、実在した」

「まるで会ったことがあるような口振りじゃないっすか」

 女は含み笑い。その微笑みに、後部座席のレリオは少し元気をもらったかのように、話の続きを期待する。

 それに応えるように女──姐さんは語り始めた。

「あれは……そう、もう四、五年ほども過去まえだったかしらね。あたいはそいつに会ったことがあるんだよ。体中から発する強烈なオーラが周囲のすべてを威圧するかのようだった……」

 そして、明るくなってきた空を窓から見上げる。星の明かりが消えていくなかで、まぶしく輝く金星だけが夜明けに抵抗するかのように光っていた。まるでその話の主人公を象徴しているように。

「死神ニックス、と呼ばれていたそいつは、どこまでもタフなソルジャーだったよ……」

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