【第十一話】聖騎士 ①
「いきなり来てずいぶんなご挨拶かましてくれるなァ、騎士様…………。流石に今のは承知できねぇぞ。殺してしまいそうだ」
恭司はそう言って、再び強い殺気を放った。
まるでお預けを食らった"ケモノ"のようだ。
冷えるような濃密な殺意────。
他を圧倒する絶望的オーラ────。
それはあっという間にこの場中に蔓延し、空気がピリピリと張り詰める。
しかし、
ユーラットはそんな強烈な殺気を浴びながらも、毛ほども気にした様子はなかった。
むしろ、ユーラットもまた恭司に向けて強い闘志を燃やし、熱く滾るような殺気を向ける。
それはまるで、親の仇を目にした"ケモノ"のようだった。
「貴様だけは絶対に許せない…………ッ!!よくも…………ッ!!よくもこんな酷いことをッ!!」
「ハハッ!!酷いことならお前らだって"俺"に散々やってきたじゃないかッ!!たかだか"職業診断"であの牢屋に入れられてから"10年"…………ッ!!ずいぶんと長い時間だったぞッ!!そんなことをしてきたお前たちが、俺に一体何を」
「黙れッ!!」
ユーラットはそう言って、その場から剣を振り、真空の刃を放った。
問答無用の先制攻撃────。
スキル『スラッシュ』だ。
「チ…………ッ!!人が話している時に……ッ!!」
恭司はそれを剣で受け止めると、斬撃を弾き返す。
だが…………
その瞬間────。
ユーラットの剣が、恭司の目の前にあった。
「な…………ッ!?」
あっという間の出来事────。
恭司は間一髪、剣でその斬撃を受け止める。
スラッシュとほぼ同時にきた一撃だった。
振り下ろしのようだったが、明らかにタイミングが早すぎる。
序盤も序盤の急展開────。
ギリギリで何とか受け止めたはいいものの、ステータスの違いで一気にバランスを崩され、反撃もままならない状況だった。
(何だ…………ッ!?一体、何が起きたッ!?)
頭が混乱して上手く回らない。
普通に考えて、あり得ない展開だ。
1回目と2回目で、攻撃の隙間があまりにも短すぎる。
ほとんど同時と言っても良いくらいだ。
そんなことができる時点で、考えられる答えとしては一つだけだった。
恭司は再び剣を弾き返すと、ユーラットをギロリと睨みつける。
「まぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁたスキルかァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
戦士系職業の上位スキル────『ソニックムーブ』だった。
スキルによって体を瞬間移動するかの如き速度で動かし、対象との距離を一瞬にして無にしてしまう技だ。
そう、
恭司の瞬動と似たようなスキルということになる。
流石に、スキルでどうこうはもう飽き飽きしていた。
もう何度目かも分からないのだ。
こうまで毎回ビックリさせられたんでは、いくらなんでもイライラしてくる。
(もう待たない…………ッ!!速攻で決着をつけるッ!!)
恭司は激昂すると、逃がさんとばかりにその場で足を止めたまま剣を振った。
上から下から右から左から────。
息つく間もない斬撃の連鎖────。
素の剣技でこのまま倒すつもりだ。
だが…………
「舐めるなァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「…………ッ!!」
ユーラットは逃げるどころか、それに真正面から応じてきた。
ユーラットにとってもまた、その展開は望む所だったのだ。
2人は一時的に足を止め、互いに斬撃を幾度となく繰り返し続ける。
ほぼいきなりにして始まった剣戟────。
2人の間で、瞬く間に猛烈な斬り合いが発生した。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
互いに刃を打ち付け合い、どっちも引かず、どっちも止めない。
殺意と殺意が互いにぶつかり合い、刃同士のぶつかる金属音がその場に何度も何度も響き渡った。
互いに至近距離なのだ。
お互いがお互い、すぐに相手を殺せる位置にいる。
だからこそ…………
こんなチャンスを手放すのが惜しくて、なかなか離れられなかった。
どちらも待ちきれないのだ。
恭司は時間がないし、ユーラットは怒りを抑えられない。
すぐに決着を付けたいのは2人とも同じということだ。
このままここで殺ってしまいたい────。
しかし…………
「く…………ッ!!」
「チ…………ッ!!」
そんな2人の思惑とは裏腹に、戦況としては、このままだと一向に決着がつきそうにない状態にあった。
両者の剣技における実力は、"今のところ"拮抗していたのだ。
技量が近いからこそ、このままだといつ決着が付くのか分からない。
何か『きっかけ』になるものが必要だ。
どちらかが先に動く必要がある。
そして…………
その均衡を破ったのは、ユーラットの方だった。
「何故…………ッ!!何故ッ!!子どもたちを攫ったァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
ズドォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
「…………ッ!!」
スキル『縦斬り』だった。
斬り合いの最中、ユーラットの剣が突然光ったかと思うと、急に剣の軌道を変えてきたのだ。
そして、
その瞬間に地割れが起きたかのような恐ろしく巨大な斬撃が恭司を襲い、恭司はかろうじて横に避ける。
避けられたのも紙一重だった。
斬り合いの最中だった上、同じ『縦斬り』でも、屋敷内の兵士たちやギルバートとは威力でもスピードでもレベルが違いすぎていたのだ。
見ると、この一瞬で地面に小さな谷ができている。
上級職としての力を認めざるを得ない状況だった。
「クソが…………ッ!!」
恭司は悪態をつきながら、瞬動でスキルのラッシュを避け続ける。
ユーラットには"スキル"という名の決定打があるが、恭司には"瞬動"と"三日月"以外に何もないのだ。
しかも、
ユーラットは『ソニックムーブ』と『スラッシュ』という、どちらにも似たようなスキルを持っている。
明らかなほどに分が悪かった。
スキルがどこまでも厄介だ。
ユーラットはそこへ、容赦なく追撃を畳み掛けてくる。
「何故だって…………ッ!!聞いてんだろうがよォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
ドガァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
今度は『横斬り』だった。
屋敷の中で何度も見た、戦士系職業の基本的スキルだ。
ユーラットはただただ一心不乱に、片っ端からスキルの連撃を浴びせかけてくる。
技の多様さで圧倒するつもりのようだ。
休む間もなく攻撃が繰り返され続ける。
だが…………
「そんなもん…………ッ!!お前が足を止めそうだからに決まってんだろうがァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「…………ッ!!」
鋭い一撃────。
今度は恭司の剣によって、ユーラットがタタラをふまされた。
これだけ何度も何度も刃を交わしていれば、恭司も流石にユーラットの動きに慣れてきたのだ。
途端に動き出す身体────。
脳が瞬間的に相手の行動を予測し、1秒あるかどうかの瀬戸際の中で、経験と本能が瞬時に答えを出す。
恭司は記憶に染み込んだ身体の動きで、即座に反撃に転じた。
恭司の戦闘経験は生半可なものではないのだ。
思考するより早く、見えないほど速く────。
咄嗟の動きで剣を振る。
「死ね…………ッ!!」
さっきの『横斬り』を弾き返した後、恭司はほとんど反射的に三日月を2つ繰り出していた。
宙を走る2つの真空の刃は、ユーラットに向けてまっすぐに走る。
ユーラットはそれらを何でもないように剣で弾いたが、恭司にとってはそこからこそが重要だった。
2つの三日月は囮────。
本命は、"最初に持っていた"ナイフの投擲だ。
2つの三日月が走る中で、ほとんど同時のような速度で投げられたナイフは、ちょうど三日月を弾いた後に時間差で到達するようになっている。
タイミングも速さも完璧だ。
恭司はほくそ笑む。
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