【第十話】鬼ごっこ ④
「ハァーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!イイイイイイイイイイイイイイイイゾォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!まるで昔の自分に戻ったかのようだッ!!興奮するゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!」
夜の喧騒が止まない中────。
一匹の鬼が、街中を跳び回る。
街は今や、混乱の只中にあった。
これだけ派手にやり合っているのだ。
さっきは子どもたちを焼いていたし、これだけ人も殺して、騒ぎになっていない方がおかしい。
だが…………
肝心のその犯人の姿は、未だ誰も見てはいなかった。
これだけ派手で────。
これだけ残虐で────。
これだけの悪虐非道を繰り返しているにも関わらず、人々はまだ誰も犯人の姿を見ていないのだ。
ただ…………声だけは聞こえる。
被害者たちの断末魔が────。
死体を見つけて叫ぶ声が────。
助けを求める悲鳴が────。
そして…………
その犯人の笑い声が────。
さっきからずっと、ひっきりなしに聞こえ続けてくるのだ。
今や街の全ての人間が、不安と絶望に打ちひしがれている。
街中の誰も彼もが、死の恐怖に怯え、縮こまっていた。
この王都では、未だかつて…………ここまで酷い人災に遭ったことはなかったのだ。
王都と言うだけあって、この街には凄腕の騎士や冒険者たちが山のように駐在している。
スラム街でちょっとした犯罪なら数多く発生しているが、いつもならその人間たちがあっという間に解決させてきた。
だが…………
その彼らは、今はここにはいない────。
街で腕利きの者こそ、今はロアフィールド家逃走の犯人を追って、街の外に出ているのだ。
出入口を固めている兵士たちも、カザルの逃走を防ぐために、そこから動くことすら出来ない状況にある。
それでもまだ王都の中には沢山の騎士たちがいたはずなのだが、その彼らのほとんどは、今は焼かれた子どもたちの救出に掛かりきりになっていた。
カザルの起こした火事の勢いは凄まじく、魔法師不在のせいでなかなか解決に進まないのだ。
結局、その鬼の討伐には、表立っては誰も向かえていないことになる。
このままだと、鬼は好き勝手に街中を暴れ続けることになるだろう。
絶望とは、正にこういうことを言うのだろうと思った。
「さァ……ッ!!残りはもうあと少しだ…………ッ!!鬼ごっこはそろそろ終わりにしよう……ッ!!場所ならもう…………ッ!!とっくに分かってんだからなァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…………ッ!!」
恭司は叫びながら、建物の屋上を渡り、瞬動で一気に距離を詰めた。
前方には一人の兵士────。
物陰に隠れているようだが、片腕を失ってうずくまっている。
あの時に三日月で腕を斬り飛ばした兵士だ。
どうやら、まだ死んでいなかったらしい。
10人いた彼らのうち、残ったのは彼1人だけだった。
彼は壁に一人もたれかかっていて、腕を気にしながら辛そうに項垂れている。
血が足りなくて動けなくなっているのだろう。
なんて好都合────。
恭司は瞬動で移動しながら、剣を上に振りかぶった。
瞬動の勢いそのままに、頭上から剣を叩き落すつもりだ。
兵士は未だに、恭司に場所がバレていることに気が付いていない。
恭司はこのまま、気付かれない内に一撃で終わらせるつもりだった。
荒れる空気に、濃密な殺意────。
振りかぶられた凶刃が、兵士の頭上に迫る。
だが…………
その時だった。
いざ、恭司の振り下ろした剣が当たろうとした、その時────。
ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!
「は……………………?」
突然響いた金属音────。
刃と刃がぶつかり合った音────。
見ると、恭司が振り下ろした先に、その斬撃を受け止める剣があった。
銀色に輝くその剣は、高価で業物だということがすぐに分かる。
そして…………
次の瞬間────。
恭司の体が、いきなり後ろに吹き飛ばされた。
「な…………ッ!?」
突然起きた、意味不明の事態────。
凄まじい勢いで急に後ろへ引っ張られるような感覚で、恭司は遥か先にあった壁に打ち付けられる。
鍔迫り合いで止まったと思った状況からの今だ。
勢いも何もなかったのに、いきなり後ろへ飛ばされた。
こんな摩訶不思議な状況…………結論としては一つだけだろう。
そう、
『スキル』だ────。
「探したぞ…………。西門からここまで…………。大急ぎで走ってきたんだ…………。本当に…………本当によくも、やってくれたものだな……」
恭司の斬撃を受け止めた男は、一人でブツブツとそんなことを呟いていた。
声に恐ろしいほどの怒りと憎しみが込められている。
その男は立派な鎧を着込み、まだ若そうな見た目だった。
装備からして、それなりに位の高い人間なのだろう。
恭司はその男に向け、怒りに染まった目を向ける。
今のは、身体が強くなっていなければ死んでいたかもしれない一撃だ。
そんなものを不意打ちのように食らわされれば、そりゃあ怒りもする。
だが…………
そこに現れたその男は、そんな恭司を超えるほどに、盛大な怒りを露にしていた。
目は血走り、口からは蒸気のような息が漏れ出て、凄まじいオーラを漂わせている。
まるで決壊する寸前のダムのようだ。
ヒシヒシとヤバい空気が伝わる。
警戒する必要がありそうだった。
「やっとだ…………。やっと…………やっとやっとやっと…………ッ!!やっとお前を殺せるぞォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオ…………ッ!!カザル・ロアフィールドォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
男はそう叫んで、声だけで辺りを吹き飛ばした。
周りの建物がミシミシと悲鳴を上げ、地面に敷き詰められていたタイルが捲り上がり、強烈な殺意と存在感が一帯を覆う。
どうやら…………警戒していたそのままの事態に陥りそうだ。
この気配────。
このステータス────。
間違いなく、『上級職』に違いない。
そして、
上級職と言えば、心当たりが一つ────。
兵士たちが口々に話していた存在であり、彼らの上司────。
そう…………
この男こそが、"聖騎士"────『ユーラット・ソフラテス』だった。
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