【第十話】鬼ごっこ ②

「くそ…………ッ!!まさか、『無能者』がスキルを使うとは……ッ!!」

「聞いていた話と違うぞッ!!」

「怯むなッ!!所詮はステータスの足りない技だッ!!冷静に見極めれば対処できるッ!!」

「そ、そうだッ!!数もこっちの方が上だしなッ!!」

「『ソニックムーブ』なんて大技が、そう何度も出来るはずがないッ!!全員で連携して、確実に始末するぞッ!!」



練度は低いと思っていたが、どうやらこの兵士たちはそれなりに訓練を積んでいる連中のようだった。


流石は正規兵ということだろう。


こんな予想外の事態でも、自ら思考して、しっかりと対応してきている。


ただ職業に恵まれただけの兵士たちとは根本から違うということだ。


だが、それでも…………


恭司の笑いは止まらない。


恭司はこの状況を、半ば予想していたのだ。


『ソニックムーブ』なんて恭司はまだ見たことも聞いたこともない存在だが、この世界にも似たようなスキルがあることはギルバート戦から十分に予想できた。


なんせ…………"これから行う技"が既に、ギルバートと戦った時に似たようなスキルを見せられているのだ。


"ソレ"があったのだから、『瞬動』にも似たようなスキルがあった所で、今さら驚くはずもない。


所詮は『基本技』だ。


それほど特殊な技でもないし、神からの恩恵であるスキルなら、程度は違ってもそれくらいはできるだろうとは思っていた。


そして…………


状況はすぐさま次へと動き出す。


恭司が、攻撃に移ったのだ。



「ハハハハッ!!なら、すぐに次へ行くぞォ…………ッ!!光栄に思えッ!!この世界では、コレが初披露目の技だァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」



恭司は兵士たちを見ると、まだ兵士たちと"距離が離れている"中で、ナイフを振った。


ビュンと鳴る風切り音────。


離れているが故に、恭司が振ったその先には、もちろん"何もなかった"。


当然、それは空振りとなるわけだが、その空振りはただの空振りとは明らかに様子が違う。


不意に走る風────。


身に刺さる殺意────。


途端…………


空振りしたはずのナイフの先から、"斬撃"が飛び出してきた。


いわゆる"鎌鼬"という奴だろう。


その斬撃は形を持っておらず、"真空の刃"として宙に解き放たれる。


これも、三谷の基本技が一つだ。


その名は、『三日月』────。



「な、何だ…………?」



三日月はナイフから離れると、宙を飛んで兵士たちの方に向けて走った。


物体ではないが故に、目には見えない。


気配を感じるだけだ。


そして…………


それからすぐのこと────。



ズシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!



空飛ぶ斬撃は凄まじい速度で兵士たちに向かうと、その内の1人の兵士の腕を盛大に斬り飛ばしていった。



「え………………?」



当たった瞬間まで、気づけない────。


恭司の放った三日月は容赦なく兵士の腕を持っていき、その断面からは血が弾けるように噴き出した。


後になって腕が、ポトリと地面に転がり落ちる。


斬られたのだとすぐには分からなかった。


気付いた時には、激痛が炎のように一瞬にして込み上がってくる。


兵士は思わず絶叫を上げた。



「ぎ、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!お、俺の…………ッ!!俺の腕がァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…………ッ!!」



飛沫を上げる大量の血液を前に、周りの兵士たちは完全に動揺していた。


信じられない光景を目にしている。


『三日月』が…………じゃない。


あり得ないのは、コレを行ったのが、『無能者』であるはずのカザルだということだ。



「ば、バカな…………ッ!!今度は『スラッシュ』だと…………ッ!?」

「あ、あり得ない…………ッ!!スラッシュは戦士系の中でも上位のスキルだぞッ!!」

「何故、無能者がスキルを使えるッ!?」

「また何かのトリックかッ!?」



兵士たちは混乱の一途を辿っていた。


カザルが神託で『無能者』となったのはロアフィールド家では周知の事実で、無能者が何のスキルも使えないことも、家の中では同様に知られているのだ。


神託が間違っているはずなどない。


カザルの神託は異例中の異例で、女神であるロスベリータ自身が、下界に降りて直接言い渡したものなのだ。


当主であるトバルもその神託の内容をそう話していたし、関係者一堂もその状況を見ていたというのだから、それが間違っていたなどあり得ないだろう。


しかし…………



(それなら、コレは何だ…………ッ!?)



驚きと共に動揺が広がる。


体つきと合わせて、カザルのコレは事前情報とあまりに食い違い過ぎているのだ。


スキルが使えるなんて聞いていないし、神託が間違っているとも思えない。


だが、


兵士たちにとってこの状況は、そのどちらかが間違っているのだと…………そう思わざるを得ない状況だった。


恭司は兵士たちのそんな様子を見て、面白そうに笑う。


事の真相なら、とっくに分かっているのだ。


別に何もおかしくも…………矛盾してもいない。


ロスベリータの神託も、恭司がスキルを使えないことも、両方とも正しくて間違ってはいなかった。


単に…………


『三日月』もまた、さっきの『瞬動』と同じく、"スキルではない"だけのことだ。


『三日月』は『刃を高速で振って斬撃を飛ばしただけ』の、恭司の純粋なる剣技に過ぎない。


兵士たちの知るスキル『スラッシュ』とずいぶん効果が似ているが、やはり違いとなるのはソレがスキルによる恩恵か、素の技術かという点だけだった。


しかし、


今はその違いこそが何よりも大事だ。


これから恭司が上手く立ち回っていく上でも、勘違いしてくれているならそれに越したことはない。


恭司はナイフを構えると、ゆっくりとした歩みで前進を開始した。


もう試したいことは試せたのだ。


『瞬動』も『三日月』も実戦で使えると分かった今、もうコイツらは用済み────。


姿を見られている以上、生かしておく理由はない。


恭司は悪魔のような笑みを浮かべると、ニィィィィイイイイイイイイイッと嬉しそうに笑った。


ここから先は…………"殺戮"の時間だ。

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