【第十話】鬼ごっこ ①

「ふぅ………………。食った食った」



食料庫にあった食べ物を全て平らげると、恭司は満足気に呟いた。


もう中には何も残っていない。


この一時間で、都市一個分の食料がまるまる1人の人間の腹に収まったのだ。


もはや人間技とは呼べないレベルだった。


エネルギーを急加速で摂取して取り込んだからだろう。


体からは湯気のような物が凄まじい勢いで噴出し、辺りを白く覆っている。


体内の消化活動が激しすぎて、一時的に凄まじい体温になっているのだ。


恭司は改めて、強化された我が身を見回す。



「おお…………。素晴らしいな…………。正に、期待通りの成果だ」



別に運動したわけでもないのに、食べた栄養はこの短時間でしっかりと筋肉に生まれ変わっていた。


今日の朝に目覚めた時とはずいぶんな違いだ。


腕も足も胴体も…………基本的な筋肉が全て1ランクずつ上がっている。


この体なら、剣の一本や二本くらいは軽々と振ることが出来るだろう。


肉体能力が全体的に向上したのだ。


体力も増加したに違いない。


しかし、


正直、それだけでも十分すぎるほどにありがたいものの、恭司にはさらにもう一つ、どうしても確認しておきたいことがあった。


なんせ、そのために食糧庫を襲ったと言っても過言ではないのだ。


恭司は笑う。



「試してみよう…………。"前世の技"を…………ッ!!」



ついさっきまでの自分の体では、肉体能力があまりに貧弱すぎて、恭司の知っている『基本技』すらマトモに使うことが出来なかった。


でも…………今は違うのだ。


今はもう、貧弱じゃない。


この体なら、かつての技の中でも基本技くらいなら使用することが出来るだろう。


攻撃だけでなく、移動や回避に関しても向上するのだ。


全体的に、相当な戦力アップになる。



(何か…………"マト"が欲しいものだな……)



すると…………


恭司がそんなことを思っていたその時────。


食料庫の外から、ちょうどいい具合に兵士たちの叫ぶ声が聞こえてきた。


恭司…………いや、カザルのことを探しているのだろう。


どうやら、今日は本当に恭司にとって都合の良いことばかりが重なる日のようだ。


このタイミングで兵士なんて…………"テスト"するにはあまりに都合が良すぎる。


恭司はナイフを構えると、食料庫の出口に向かって歩き出した。


人体実験の時間だ────。



「フフフフフフフフフ…………。まずは『瞬動』か……?いや、『三日月』の方が良いか……?どっちも使うのは15年ぶりだからなァ…………。ちゃんと使えるか、存分に試しておかないと…………」


「だ、誰だッ!!」



食糧庫から出ると、恭司の前に、武装した兵士たちが10人ほど現れた。


立派な銀色の鎧を着込み、高価そうな剣と盾を持っている。


おそらくはカザルを追ってきた兵士たちだろう。


屋敷の中にいた奴らよりも、しっかりと訓練されているのが見て取れた。


いわゆる正規兵だ。


屋敷の中で戦った奴らとは違う。


だが、


その兵士たちはというと、恭司の姿を見て早々に唖然として、驚きに目を丸くしていた。



「お、おい…………。聞いていた話とずいぶん違うぞ…………。確か、ずっと牢に入れられててガリガリなんじゃなかったのか……?」

「あ、あぁ…………。私もそう聞いているが…………」

「俺も…………」

「人違いだったらシャレじゃ済まないぞ…………」



兵士たちはヒソヒソと話し込む。


どうやら、カザルの肉体が聞いていた話と違うことに戸惑いを感じているようだった。


まぁ、まさか向こうもあのガリガリが1日でこうまで変貌するなんて予想もしていなかっただろうから、無理もない。


しかし、


それで引っ込まれては、肝心のテストにならないのだ。


ここは、恭司の方から大サービスすることにする。



「こんばんは、騎士の皆さん…………。どうやら戸惑っていらっしゃるようなので、この俺自ら疑問にお答えしましょう…………。そう、この俺こそが、皆様お探しの、『カザル・ロアフィールド』です」


「「「…………ッ!!やはり…………ッ!!」」」



10人あまりの兵士たちは、それで一斉に武器を構えた。


見た目が事前情報とずいぶん違うが、カザルと思わしき人物が自らこう言っているのだ。


カザルの名を語っている時点で、斬る理由は十分に満たしている。


兵士たちの様子を見て、恭司もまたナイフを構えた。


見たところ、この10人の兵士たちの職業は『騎士』────。


練度は大したこと無さそうだが、あのギルバートと同じ職業だと思われる。


空気が似ているのだ。


恭司はニヤニヤと嬉しそうに笑う。


試すには絶好の相手だ。


正直、楽しみで仕方がなかった。


兵士たちは覚悟を決めると、互いに目配せし合う。


方針は決まったようだ。



「コイツはギルバート様の仇だ…………ッ!!無能者だと油断せず、全員で一斉にかかれェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」


「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」」



騎士である兵士たちはそう言うと、四方から恭司に同時に襲い掛かった。


剣を構え、スキルではなく直接斬りに来ている。


"縦の剣技"に"横の剣技"────。


構えは全て、ギルバートの見せてきたものばかりだった。


こんな調子なら、例え目を瞑っていたとしても悠々と対処することができるだろう。


テストするには丁度いいシチュエーションだ。


安心して事に当たることができる。



「フハハ…………ッ!!」



恭司は足に力を溜めると、兵士たちが目の前まで近づいてきた瞬間、その力を一気に解放した。


恭司の前世の技────。


恭司の前世である『三谷』の、基本技が一つだ。


その名は、『瞬動』────。


その瞬間…………


恭司の体が一瞬にして消える。


そして、


どこに行ったかと思うと、その体は、いつの間にか兵士たちの囲いの外にあった。



「な、何ィ…………ッ!?」

「ば、バカな…………ッ!!」

「『ソニックムーブ』だと…………ッ!?」

「無能者はスキルが使えないはずじゃなかったのかッ!!」



兵士たちから驚きの声が上がる。


正確にはユーラットの使っていた『ソニックムーブ』とはまるで別物なのだが、効果としては確かに似たようなものだった。


『瞬動』は、足に力を溜めて一気に解放し、凄まじい速度で跳ぶ技だ。


発動の瞬間に消えたように見えることもあり、ソニックムーブと同じような効果を発揮する。


ソニックムーブとの違いは、単に身体能力で跳んでいるか、スキルの恩恵で行っているかどうかだけの違いだ。


身体の使い方は一族伝来のものだが、『単に力一杯跳んでいるだけ』という点は変わらない。


恭司は技がしっかり発動したことを確認すると、動きを止め、喜びに体を打ち震わせた。


やっと…………やっと"叶った"のだ。


喜ばないはずもない。



「やった…………。やったぞ……。ついに……ついにこの時が来たのだ…………。フフ、フフフフフフ……ッ!!ハァーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!使えた…………ッ!!使えたぞッ!!体がまるで羽根のように軽いッ!!そう……ッ!!これを待っていたんだ…………ッ!!」



恭司は嬉しさのあまり、笑いが止まらない様子だった。


正に、最高の気分だ。


まだ基本技以上の技は使えないし、こんな初歩の技一つで体力はかなり持っていかれてしまっているようだが、問題ない。


これまでと比べれば遥かにマシで、十分すぎるほどの成果なのだ。


体なら、これから存分に鍛えていけばいい。


時間ならこれから十分にあるのだ。


恭司は再びナイフを構えた。


『瞬動』については、コレで終わり────。


この調子で、次は"もう一つの技"も試してみることにする。

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