【第九話】決行の時 ④

「大丈夫か…………ッ!?」



着いてすぐに、ユーラットは子どもたちを気遣った。


こんな業火の中、小屋に閉じ込められていたのだ。


怖くて仕方なかっただろう。


ユーラットの顔を見ると、子どもたちは一斉に口を開く。



「やったぁ…………ッ!!お兄さんが私たちを助けに来てくれたのッ!?」

「ありがとうッ!!痛かったよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

「お家に帰りたいッ!!早くお家に帰りたいよぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

「お母さんはッ!?お母さんはどこ…………ッ!?」

「うわあああああああああああああああああああんッ!!お母さあああああああああああああああああああああああああんッ!!」



子どもたちは全員、柱に括り付けられていた。


顔色も悪く、明らかに異常事態だ。


この大火の中、子どもたちは全員身動きを取れないようにされ、その体は煤や火傷でいっぱいになっている。


酸素が足らなかったのだろう。


中には既に、死んでいる子もいた。



「あぁ、助けに来たぞ…………ッ!!これでもう、大丈夫だッ!!」



子どもたちからワッと歓声が上がった。


ユーラットは柱から全ての子どもたちを解放すると、自分の来た方向を振り返る。


炎は益々強くなっており、色々な物が焼け落ちて、さっきまでよりもひどく危険な状態になっていた。


『ソニックムーブ』ならまだ何とか切り抜けられるかもしれないが、子どもたちを抱えながらだと、ユーラットはいけても子どもたちが死んでしまうかもしれない。


ソニックムーブは凄まじい速度を一瞬で繰り出す反面、ステータスが整っていないと体に凄まじい負荷がかかるのだ。


ユーラットは覚悟を決めると、剣を構える。


行きしなは子どもが中にいるから出来なかったが、中から外に向けてなら別だ。


ユーラットは、スキルで中から小屋を破壊するつもりだった。



「皆さんッ!!今から小屋を吹き飛ばしますッ!!衝撃がいくので、遠くに逃げておいてくださいッ!!」



ユーラットはなるべく大きな声で叫んだ。


外の両親たちへの注意喚起だ。


外が今どうなっているのかは分からないが、モタモタしているといつ火が襲い掛かってくるか分かったものじゃない。


下手をすれば、巻き込んで死なせてしまう可能性もあるが、迷っている場合ではなかった。


ユーラットは再び神経を研ぎ澄ませると、集中する。


そして、


再びスキルを発動した。



「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ…………ッ!!」



スキル────『ホーリーインパクト』。


途端…………



ドガァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!



ユーラットの持つ剣が光ったかと思うと、目の前の光景が炎ごといきなり吹き飛ばされた。


前に向かって広範囲に広がる衝撃波は建物を瞬く間に半壊させ、凄まじい破壊音がそこに重なる。


そして…………


障害物のなくなったそこには、相変わらずの人混みの前で泣きながら叫ぶ、両親たちの姿があった。



「お、お母さあああああああああああああああああああああああああああああんッ!!」


「あぁ…………ッ!!本当に…………ッ!!よくぞ無事で…………ッ!!」



両親たちの姿が見えると、子どもたちは小屋から一目散に駆けていった。


感動の再会場面だ。


あちこちで両親と抱き合う子どもたち────。


ユーラットは穏やかな表情で、その光景を微笑ましく見つめる。


東門への追撃は惜しかったが、それならこれから向かえばいいのだ。


思わぬタイムロスはあったが、それはこれから巻き返せばいい。


今は…………子どもたちを救えたことが、何よりも誇らしかった。


ユーラットは小屋の中から歩を進め、外に出る。


これから、こんなことをしでかしたカザルに怒りの鉄槌を下さなければならないのだ。


急がなければならない。


だが…………


そんな…………そんな微笑ましい雰囲気が漂う、その時────。


その時だった。



「うええええええええええええええええええええんッ!!誰か助けてえええええええええええええええええええええッ!!」

「熱いッ!!熱いよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

「ママァッ!!パパァッ!!どこにいるのッ!?熱いのッ!!助けてよォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」



「…………………………え?」



再び聞こえてきた、子どもたちの悲鳴────。


ユーラットは再び、周りを見渡した。


子どもたちなら、つい先ほど救ったばかりだ。


スキルを使って、何とか困難を乗り越えたばかりなのだ。


にも関わらずやって来たその声に、ユーラットは思わず身体を硬直させる。


今のは、一体どこから────。



「嫌だァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!死にたくないッ!!死にたくないよォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

「焼け……ッ!!る……ッ!!から……ッだ……が……焼け……ッ!!」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!熱いッ!!熱いィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!」

「誰かァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!誰か助けてェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」

「もう良い子にするからッ!!私…………ッ!!頑張るからァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」



あちこちから────。


そこら中から────。


聞こえてくる悲鳴。


絶望に支配された声音。


炎が大きすぎて、気づかなかった。


小屋は元々…………"1つではなかった"のだ。


同じような物が、ここら一帯そこら中に存在していた。


ユーラットは、思わず後ずさる。


まさかと────まさかとは思っていたが、考えないようにしていたのだ。


分からないフリをしていたのだ。


そう…………


あの人混みで集まっていた人たちは、決して、"野次馬などではなかった"。


彼らはそう…………"当事者"だったのだ。



「騎士様ッ!!"次は"、俺たちの子を助けてくれェッ!!」

「いや、私の子をお願いします…………ッ!!」

「金なら払うッ!!俺の子をッ!!」

「いやいや俺を…………ッ!!」

「私をッ!!」

「わ、ワシらの……ッ!!最後の子を…………ッ!!」

「騎士様だろうッ!?ちゃんと皆平等に救ってくれよッ!!」



あまりの事態に、息が荒れ、感情が入り乱れる。


子どもたちの悲鳴は、よく聞けばこの辺りの至る所から聞こえていた。


燃えている小屋は最初から一つではなく、一番前のが最も大きかっただけなのだ。


勝手に野次馬だと思っていた人たちは、ただ、より大きな炎のせいで前に出れなかっただけの被害者に過ぎない。


そして…………



「おいッ!!アンタ騎士なんだろうッ!?こういう時のためにいるんじゃないのかッ!!」

「嫌ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…………ッ!!私の……ッ!!私の子が…………ッ!!」

「何とかしろよッ!!騎士なんだろうッ!?」

「ワシらの……ッ!!ワシらの最後の希望を……ッ!!」

「アイツらだけ救って…………ッ!!俺たちには何もないのかッ!!」



度重なる、親たちからの悲鳴と懇願────。


"もし"を考えた。


もし…………もしだが…………


この人混みになっていた人たちが全て…………子どもたちの両親たちなのだとすれば────。



「一体…………ッ!!一体どれだけの子を…………ッ!!攫ってきたというのだッ!!カザル・ロアフィールドォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」



そうして────。


ユーラットはそこにいた両親たちの言われるがままに、救助活動を行うしかなかった。


最初だけ救って後は放置なんて、騎士として出来るわけがないからだ。


東門で怪しい動きがあると予想しながらも、この状況で放っぽり出すわけにはいかない。


騎士としての沽券にも関わる問題だからだ。



「くそ…………ッ!!くそくそくそくそくそくそくそ…………ッ!!くそォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」



しかし…………


そうは言っても、後悔や無念は残る。


一応、残った兵士たちは全て東門の方へ放っておいた。


上手くカザルを捕まえられていればいいのだが、期待はそれほど出来ないだろう。


カザルがこれほどの悪行を重ねたのは、おそらく何らかの目的と意図があったからだ。


追手に対する対応も考えてあるに違いない。


状況的に明らかに計画的に行われているし、これだけのことをする何かがあるのは間違いなかった。


本来ならそれこそ自分が行くべき案件なのだが、今は祈るしかないのだ。


ユーラットは憎々しい顔を浮かべながら、カザルへの怒りを燃え上がらせる。


完全に嵌められたと分かりつつ、ユーラットは、ただただ人命救助に注力せざるを得なかった。



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