【第九話】決行の時 ③

「な、何だ…………コレは…………」



ユーラットが西門近くの区域に近づくと、その一帯は悲鳴と泣き声が木霊する、正に地獄絵図のような光景だった。


阿鼻叫喚だ。


人混みが列を作り、色んな人間が叫んでいる中、奥で小さな小屋が大きな音を立てて燃え上がっている。


そして…………


その小屋の中からは、幼い子どもらしき泣き声が響いていた。



「うわあああああああああああああああああああんッ!!熱いッ!!熱いよぉぉおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

「お母さんッ!!助けて……ッ!!お母さん……ッ!!」

「痛いよおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!体が燃えちゃうッ!!足が……ッ!!足が燃えて……ッ!!ああああああああああああああああああああああ…………ッ!!」



悲惨────。


ただ…………その一言に尽きていた。


あり得ないほど残虐な光景だ。


小屋の前には人混みが集まっており、その人混みの前で、子どもたちの両親が我が子に向けて大声で叫んでいる。


その小屋はもはや目も当てられないほどに強く燃え上がり、周辺をオレンジ色に照らし出していた。


絶望的であり、非現実的な光景だ。


あまりの事態に思考が追いつかなくなっている。


そして、


ユーラットはハッと気がつくと────。



「と、通してくれッ!!」



その人混みを掻き分け、大急ぎで小屋の前へと出ていった。


ここで悠長に見ている場合ではないのだ。


とりあえず、今は状況を把握しなければならない。


すると、


ユーラットが小屋の前にたどり着いた途端…………


人混みの前で叫んでいた両親たちに、泣きながら縋りつかれた。



「あぁ、騎士様ッ!!助けてくれッ!!あの小屋の中に、俺たちの息子がいるんだッ!!」

「お金でも何でも差し上げますッ!!だから…………ッ!!だから、どうか……ッ!!どうかあの子だけはお救いくださいッ!!」

「おいッ!!アンタ騎士なんだろうッ!?高い給料もらってんだッ!!こういう時こそ動いてくれよッ!!」

「あの子はまだ5歳なんです……ッ!!せっかく職業も『騎士』を賜って……ッ!!これからだというのに……ッ!!」

「お願いだッ!!俺たちじゃどうにも出来ねぇんだッ!!アンタらにしか出来ねぇんだよッ!!」

「頼むよ、騎士様…………ッ!!頼むよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………ッ!!」



親たちからの懇願を前にして、ユーラットは呆然となった。


こんな時こそ水魔法を操る魔術師たちが必要になるのだが、今から呼んだって間に合うはずもないし、主要なメンバーは全員外に出てしまっている。


門近くには練達者も数多くいるはずなのだが、彼らは皆ユーラットと同じ戦士系で、広範囲戦闘を得意とする魔術師たちはそのほとんどが外なのだ。


唯一街の中にいる魔術師は、今はロアフィールド家でカザルが先立って放った火の対処に掛かりきりになり、手が離せない状況にある。


ユーラットは悔しさのあまり、拳を強く握り締めた。


『聖騎士』は上級職だが、それはあくまでも戦士系の職業で、スキルもステータスも敵を破壊することにばかり長けているのだ。


ここまで強く燃え上がった炎をどうにかする術など、ユーラットは何も持ち合わせてはいない。


所詮は、戦うことしかできない職業────。


敵を武力で倒すことは出来ても、救助活動なんて繊細なことができるスキルは、『聖騎士』は持ち合わせていなかった。


しかし、


そんな時────。


人混みの中から、一人の男が進み出てくる。


壮年の痩せこけた男だ。


男は目を血走らせながら、正気で無さそうな…………怪しげな雰囲気を醸し出している。


明らかに尋常ではない様子だ。


男はユーラットの前に立つと、言い放つ。



「なぁ…………。アンタなら、"あの小屋の中に突っ込んで"、子どもを救って出ることくらい出来るんじゃないか…………?」


「え……………………?」



ユーラットは一瞬、この男に何を言われたのか分からなかった。


あまりにも…………あまりにも唐突に放たれた言葉────。


ユーラットは元々彼らを助けようと思ってここに来ているわけだが、その言葉は流石に予想外だ。


だが、


その瞬間────。


両親たちがグルンと、顔をユーラットの方に向ける。



「そうだ…………」

「確かに…………」

「騎士様なら…………」



その目は全員が赤く血走り、一種の狂気を感じるほどだった。


人は我が子のためなら、どれだけ非人道的な要求でも割り切ることができるのだ。


その目は、ユーラットに決して逃げることを許さないほどの執念を宿している。


もはや、ユーラット自身のことなど少しも考えられないのだろう。


彼らはユーラットに、『あの燃え上がる小屋の中にただ1人突っ込め』と…………そう言っているのだ。


ユーラットはその様子にゴクリと生唾を呑み込むと、あの燃え上がる大火を見る。


ゴウゴウと燃え盛る炎に、重なる阿鼻叫喚────。


恐らくは油が使われているのだろう。


火の回りも速かった。



(こんな大火の中に…………ただ1人、飛び込めと言うのか…………?)



一瞬だけ、躊躇う。


それほどの大火で、それほどの緊急事態だ。


我が子のために、他人に犠牲を強いる親たち────。


何故こんな奴らのために身を張らなければならないのかという気持ちが、少しだけ脳内を過ぎる。


しかし…………


今はそんなことを考えている場合ではなかった。


こうしている間にも、子どもたちはどんどんどんどんと窮地に陥っているのだ。


悩んでいる暇はない。


ユーラットはブンブンと首を振って邪念を振り切ると、むしろ力強く頷く。



「あぁ、そうともッ!!私はロアフィールド家に仕えし『聖騎士』……ッ!!『ユーラット・ソフラテス』ッ!!今からあの小屋に突っ込み、子どもたちを救ってこようッ!!」



意思と誇りを振り絞って、ユーラットは高らかと言い放った。


今はこんな要求をしてしまうくらい、彼らも冷静さを失っているのだ。


ここで騎士が、不安を助長させるような態度を見せるわけにはいかない。


騎士は国からの援助で高給である反面、こういう時には魅せなければならないのだ。


ユーラットは叫ぶ。



「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ…………ッ!!」



雄叫びによって空気が揺れ、振動で胸が高鳴った。


ユーラットはそうして、人混みの前でクラウチングポーズを取る。


疾走する構えだ。


聖騎士は戦闘系の上級職だけあって、素早さは平均よりずっと高い。


それに、


ユーラットはレベルを60まで上げているため、スキル『ソニックムーブ』も毎日6回まで使うことが出来るのだ。


魔術師のように華麗にとは行かなくても、炎の中に突っ込んで帰ってくるくらいなら、確かにユーラットならできるかもしれない。


ユーラットは小屋に向けて構えると、目をつむって集中し始めた。


あの大火の中に飛び込むなど、いかにレベル60の聖騎士とはいえリスクは0とまではいかないのだ。


下手をすれば死ぬ可能性もある。


ユーラットは息を大きく吸い込むと、そこで覚悟を決め、スキルを発動した。


スキル────『ソニックムーブ』。



「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」



その瞬間────。


ユーラットの体が、突如として消えた。


目にも止まらぬスピードでユーラットはまっすぐ進むと、轟音と共に小屋の中へと入り込んでいく。


炎が体を焼き、燃え落ちた障害物が何度か体にぶち当たったが、ユーラットはただただ全力で駆け抜けた。


そして、


動いてから約2秒────。


ユーラットの体は、既に小屋の中で、子どもたちの前にあった。



「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ…………」



この2秒で途轍もなく息が荒れ、体力が大幅に削られている。


『ソニックムーブ』は強力な分、体に掛かる負荷が凄まじいのだ。


ユーラットが辿り着くと、子どもたちから一斉に歓喜の声が上がる。


窮地の中、突然入口を破壊して助けに現れたのなれば、子どもたちからすれば正にヒーローのような存在だ。


ユーラットは息を切らしながら、子どもたちに目を向ける。

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