【第八話】スラム街 ③
「こ、ここでさぁ、旦那……」
男に連れて来られたのは、街からかなり外れた所にある、小さな廃屋だった。
スラムの中でもかなり奥の方だ。
周りはゴチャゴチャとしたゴミや遮蔽物で溢れ、かなり見つけづらい場所になっている。
ビンゴだった。
この男は明らかに犯罪を犯しているし、仲間と行動するタイプの人間のようだから、確実に身を隠しやすい寝床を持っていると思ったのだ。
木を隠すなら森の中────。
この場所は、今日から恭司から使わせてもらうことにする。
殺してでも実行するつもりだ。
有無を言わせるつもりはなかった。
「ほぉー、いい場所だ…………。お前の他に仲間はいるのか?」
「へ、へぇッ!!あっしらスラムの人間の中でも、選りすぐりなのが集まってますッ!!全部で10人ぐらいですかねぇ…………?へへへ……」
スラムで何の選りすぐりなのかはよく分からなかったが、とにかく頭数を揃えられそうなのは良いことだった。
恭司はこれから本格的に身を隠しつつ、体を鍛えなければならないのだ。
体を鍛えるためには筋肉を得るための栄養源となる食料が必要で、恭司の思うレベルに辿り着こうと思えばそれも莫大な量がいる。
だからこそ、
情報や必要物資とは別に、食料を大量に手に入れるための手駒も欲しかったのだ。
恭司1人では目標値に辿り着くまでに相当な時間が必要になるだろう。
買うにしろ奪うにしろ、一人だと苦労するのは目に見えている。
個人でできることは限られているし、食料を大量に備蓄してある施設を襲うには、ある程度の人数はいた方が良いのだ。
そう思えば、自分一人でどうにかしようと頑張るよりも、それを可能にする程の人手を増やすことを考えるのが自然な流れだった。
(まぁ…………本来であれば、そんなことをしてまで居座ってないで、一刻も早くここから立ち去った方がいいに決まっているがな…………。我ながら執念深いものだ……)
少し、自嘲気味な笑みを浮かべる。
恭司は未だに、ここで踏み止まって復讐を遂げることを諦めてはいないのだ。
感情が荒ぶって、止められない。
理屈で考えれば今すぐ逃げるの一択に違いないのに、感情的な憎しみが邪魔をして素直に正解を選べなかった。
そればかりはもう、仕方がない。
決めたからには、ここでしっかり体を整え、復讐を完遂するつもりだ。
人員を集め、上手く追手から隠れつつ、事をなす────。
この男は大した人間ではないし、この男の言う"選りすぐり"の人間に対しても全く期待は持てなかったが、別に問題はなかった。
役に立たないなら捨て駒にすれば良いし、どんな人間でも数があれば良い。
欲に事をかいて質を求めている場合ではないのだ。
恭司は気付かれないよう意識しながら、会話を続ける。
「まぁ、とりあえず…………中へ案内しろ。話はそれからだ」
「へ、へぇ…………?わ、分かりやした…………」
男は訝しげな表情で頷きながら、そう言って恭司を廃屋に招き入れた。
小さそうに見えたが、入ってみると意外と大きな建物だ。
中にはベッドや椅子に机、武器なんかも置いてある。
どれも汚かったから、拾ってきたか盗んできた物なのだろう。
まぁ、それくらいは予想通りだった。
こんな見すぼらしい格好をしたチンピラが、ちゃんとしたマトモな家具など揃えられるわけがないのだ。
そんなことができるなら、最初からこんな生活にはなっていない。
恭司は男に勧められる前に、置いてあった椅子へと腰掛ける。
「そ、それで、その…………話ってのは……」
中で一息つくと、男はビクビクしながらそう尋ねてきた。
ビクビクしているのは、密室で恭司と2人きりになっているからだろう。
やはり肝はそれほど大きくはないようだ。
さっき仲間が一瞬で殺されたことを思い出しているのかもしれない。
恭司は気にしなかった。
どうせ顔を見られた以上そのうち死んでもらうのだから、いちいち向こうの心情など気にしていられない。
恭司には他に考えなければならないことが山ほどあるのだ。
余分なことは切り捨てるに限る。
「まず聞きたいのは、今いるこの場所の所在地だな…………。国名から街の名前に、他国や近隣の情報…………。お前の知る限りの地理に関する情報を話せ」
「ち、地理ですかい…………?い、いやまぁ別に…………それは構いやせんが……」
そうして────。
恭司は男から、この辺りの情報について聞き出した。
この世界なら子どもでも知っているような常識を一からだ。
いい歳をしているはずの恭司に何故こんなことを説明しなければならないのかと疑問を持ちながら、男は話し続ける。
恭司は黙って耳を傾けた。
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ーー
男曰く、ここは『クロスロード帝国』という名の国で、主に『ヒューマン』の暮らす、世界で最も巨大な大国とのことだった。
他には『亜人種』たちの住む『フェブリスター王国』に、ヒューマンと亜人種が一緒に暮らす『シベリザード連合国』なんてものもあるらしい。
基本的に人族は『ヒューマン』と『亜人種』に分けられ、同じ人族同士でも争い合っているようだ。
亜人種はヒューマンと違って動物や魔物に近い性質を持っており、驚異的な身体能力を持っているらしい。
それがヒューマンにとっては脅威となるために、同じ人族同士でもなかなか分かり合えず、互いに嫌い合っているらしかった。
その唯一の例外が、『シベリザード連合国』になる。
シベリザード連合国は亜人種とヒューマン族の共存を目指す国で、他2国からの逃亡者などがよく行き着く国だそうだ。
要は、犯罪者たちの温床になっている。
そして、
それらの国々とは別に、人族全てから恐れられている存在があるらしかった。
それが『魔族』────。
いわゆるモンスターたちだ。
具体的には『魔獣』と『魔人』に分けられているそうなのだが、彼らは未だ人族が開拓出来ていない『死の森』からやってくるそうで、人類全ての敵だと言われている。
『死の森』は3つの国全てと隣接する形で広がっていて、その森からは年中魔獣や魔人が溢れ出しているがために、各国にとっては大変な脅威となっているらしかった。
また、魔族は3種の中で最も数が多く、森を出て人族を襲うことも多いそうだ。
町や村を襲うことも度々あり、彼らは人族を食べてしまうため、魔族に対してだけは人族共通の敵と見做されている。
そう言った経緯もあり、人族の中には魔族たちを狩り、人族を守る『冒険者』という商売もあるらしかった。
要はフリーの戦闘屋だ。
魔族の爪や牙は様々な武器や防具にも使われるため、需要はそれなりに高い。
彼らはSからFまでの間でランク分けされ、時には国の戦力として動く場合もある、いわゆる傭兵のような存在だった。
恭司は関心に耳を傾ける。
恭司の生きていた世界にも魔獣や魔人と呼ばれる存在はいたが、基本的に人間の食料としてしか見られていなかったために、冒険者なんて職業は存在しなかったのだ。
だからこそ、
恭司にとって、男の話は非常に新鮮だった。
改めて、ここは別世界だと感じさせられたのだ。
恭司からすれば、今はまだ魔獣も魔人も食料としてしか見えていない。
この世界とは違い、恭司のいた世界では人族の力が圧倒的すぎて、魔族はいつも逃げ回っているだけの下等生物だったのだ。
そんな存在がこの世界の"脅威"として扱われているなんて、笑わせてくれる。
(しかし…………"亜人種"には多少、興味はあるな……)
亜人種の持つ、驚異的な身体能力────。
そこについては、恭司も関心が高かった。
恭司のいた世界にはそんな種族は存在していなかったのだ。
ヒューマンとも仲が悪いようだし、上手くすれば協力関係だって築けるかもしれない。
まぁ、もちろん…………向こうから敵意を向けられなければ、の話だが────。
そこに対してだけは、興味は尽きなかった。
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