【第八話】スラム街 ②

「ハハッ…………。カザルの記憶があるからかねぇ…………。何か、感慨深いな……」



出てきたのは、街のスラム街のような場所だった。


暗い所だ。


薄茶色の建物と建物の間で、少し暗い雰囲気がする。


路地裏なのだろう。


ロアフィールドの家があるのだからここは間違いなく王都のはずなのだが、それにしてはやけに建物が薄汚かった。


ネズミがそこかしこに散見出来るし、隅には埃が溜まって、王家のお膝元とはとても思えない様相だ。


王都とはいえ、やはりそれなりに格差は大きいのかもしれない。


恭司はとりあえず、スラムの奥に向けて適当に進んでみることにした。


まだ家のすぐ側なのだから、いつ追手が来てもおかしくないのだ。


今は、少しでも多くここから離れておかなければならない。


それに…………



「色々と情報も収集しなきゃだな…………。今いる場所は勿論だが、俺はこの世界で生きていくには、あまりに何も知らなさすぎる。寝床も探さなきゃな……」



やることは山積みだった。


唯一救いがあるとすれば、一応一文なしではないということだ。


金貨や銀貨など、通貨の単位は知らないが、量だけはそれなりにある。


殺した兵士たちから色々と奪っておいて正解だった。


特に、あのギルバートという騎士はけっこうな額を持っていたし、しばらくの間は金には困らなさそうだ。


泡銭とはいえ、金はいくらあっても損はしない。


だが…………


それもいつかは儘ならなくなってしまうことだろう。


金を使って"買い物"をするためには、今の恭司にはどうしても足りない物があるのだ。


それは────…………



「"服"がいるな…………。この囚人服では流石に目立ちすぎるし、こんな姿で街中をウロついていたら、あっという間に見つかってしまう。何とかしなきゃな……」



とはいえ、アイデアはそんなすぐには出てこなかった。


服が欲しいのなら服屋に行くべきだが、服屋に囚人服を着た人間が現れれば店員から確実に疑われてしまうだろう。


擬装するつもりなのがバレバレだからだ。


どこかで服を確保するまでは、店に買いに行くのは危険かもしれない。



(何か…………ちょうどいい奴らが都合よく現れてくれればいいのにな…………)



恭司は歩きながら、内心で現実逃避気味に呟いた。


スタートがあまりにも0過ぎて、少し自棄になっているのだ。


世間はそれほど甘くないと思いつつ、恭司はトボトボと先へ進み続ける。


しかし…………


そんな時だった。


そんなことを一人で思い歩いていた、その時────。



「おいおーいッ!!お前ェ、見ない顔だなァッ!?こんな所で1人歩きは危険だぜェッ!?」



世間の甘さを感じた瞬間だった。


前方から、ガラの悪そうな3人組の男たちがゾロゾロと歩いてきたのだ。


汚れた長ズボンに、シミの付いたシャツと、埃だらけのジャケット────。


育ちはあまり良くなさそうだが、問題ない。


いわゆる"不良"という奴なのだろう。


3人組は恭司の前に来ると、三角を描くようにバラけて取り囲んでくる。


その手にはナイフがあった。


舐められているのか、武器も敵意もまるで隠す気は無いようだ。


恭司は嬉しそうな顔で、ニヤリと笑う。


『渡りに船』とは、正にこのことだ。


運がいいにも程がある。



「おい、何をニヤニヤ笑っていやがるッ!!この状況が見えねぇのかッ!?死にたくなけりゃ、有り金全部ここに置いていけよッ!!」



おそらくはリーダー格なのだろう。


3人組の内の1人が、居丈高に大きな声でそんなことを言って脅してきた。


恭司の真正面で、盛大にメンチを切っている。


だが、


喜ばずにはいられなかった。


こんな展開、恭司からすれば笑うしかないのだ。


ご都合もご都合主義────。


願った瞬間に望んだものが来てくれた。


こんなに嬉しいことはないのだ。


恭司はナイフを取り出し、構える。


生きているのは、一人だけでいい────。



「お…………?何だ、やる気か?言っておくが、俺様は『シーフ』にもかかわらず『縦斬り』のスキルを持っているんだ。痛い目見たくなけりゃ……」



ズシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!



「え……………………?」



一瞬の間────放心する。


リーダー格らしき男が喋っている間に、男の目の前で、大量の血飛沫が宙を舞ったのだ。


一瞬にして左右の2人の首から凄まじい量の血が噴き出し、視界が真っ赤に染まる。


もちろん、恭司だ。


恭司は2人分の返り血を浴びながら、リーダーらしき男の首にナイフを突き付ける。


その刃先には、濃密にして濃厚な殺意がベットリと纏わり付いていた。



「選択肢をやろう────。ここで俺に殺されて身包みを剥がされるか、俺に協力して生き長らえるか…………。その2択だ。拷問してもいいんだが、時間もないことだし、お前も痛いのは嫌だろう…………?」



恭司の問いかけに、男は有無を言わさずブンブンと首を縦に振った。


その額からはとんでもない量の冷や汗が噴き出し、足が震えて止まらなくなっている。


何故…………気付かなかったのか────。


いつもは相手を選ぶ時は注意深く行うのに、今日に限って怠ってしまった。


ハイエナが猫と間違えて虎を襲ったようなものだ。


男と恭司では、戦力があまりに…………あまりにも違いすぎる。



(何故だ…………。一体、何故…………こんなことに……)



「なら、まずはお前の服をよこせ。他の2人の奴は血で真っ赤になっちまったからな。お前は代わりにそれを着ろ」


「へ、へぇ…………ッ!!わ、分かりやしたッ!!」



男はまたしても首を力強く縦に振った。


逆らうことの愚考さを身にしみて感じたのだろう。


男は即座に自分の服を脱ぎ、恭司に差し出すと、死んだ2人の内1人の服を脱がして着る。


仲間の血で真っ赤に染まった服を着てニヤニヤとへつらいながら、男は恭司に向けて醜い笑顔を浮かべた。



「そ、それで…………あっしに協力してほしいことってのは、一体どういった内容なんです……?」



態度が急に一転している。


恭司はそんな男の態度に眉をひそめつつも、今はこの程度の男で我慢することにした。


この状況において、協力者ができるのは非常に大きいことなのだ。


情報は勿論のこと、カモフラージュや陽動にも使いやすい。


恭司はため息を1つ吐き出すと、口を開いた。



「まずは場所を移動する。お前らのアジトまで案内しろ」



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