【第六話】騎士 ①
「フフフフフフフフフフフフフフフ…………。まさか…………『無能者』のお前がここまでやるとは思っていなかったぞ…………。我らの攻撃をここまで凌ぎ切り、ワシ自らも動いたにもかかわらず、未だ一度も攻撃を受けていないとは…………。誠に、感服する技量だ」
さっきの知らないパターンの攻撃をしてきた男だった。
歳は50を過ぎた老兵らしい見た目だが、それにしてはずいぶんと精力的な男のようだ。
身に纏う空気が雰囲気が、他の兵士たちとは明らかに違う。
そして、
そんなよく分からない男が、この緊迫した状況下で悠長に話しかけてきていた。
恭司からすれば、この男が何を言っているのか…………いや、しているのかまるで理解できない状況だ。
今は正しく戦闘中────。
感想なら後で仲間内で話せばいいだろうに、何故ここにきて恭司に体を休める隙を与えるのか────。
恭司には全くをもって、理解出来ない。
「これほどの戦士…………。上からの命令とはいえ、大勢でかかるのは無粋だろう。どうだ…………?ここはワシとの"一騎討ち"で勝負といかないか…………?」
「一騎打ち…………?」
恭司は首を傾げた。
一応問い返してはみたものの、とても素晴らしいアイデアだ。
恭司にとってはプラスしかない。
恭司はようやく彼らのことが分かった。
この手の手合いは、恭司の前世にも数多くいたからだ。
彼らはいわゆる『正々堂々』という大義────"騎士道精神"に酔いしれている。
正義の行いに執着し過ぎているのだ。
卑怯なことが嫌いで、素晴らしい技量を持った相手なら、敵だろうと何だろうと、敬意を払う。
曲がったことが嫌いで、己が『正義』のためなら命すらも投げ打つ。
恭司にとっては何とも…………"都合の良い"精神だった。
「さぁ、私と戦え────。他には手は出させん。存分に死合おうぞ」
「………………」
男がそういうと、他の隊長たちは黙って後ろに下がった。
やはり、この中でも別格ということなのだろう。
この『騎士団』において、さっきまでの隊長たちよりもさらに上の階級ということだ。
それを考えれば、この男の職業についても予想がつく。
そう、
おそらくは…………『騎士』だろう。
「どうした…………?ボサっとしてないで、早くナイフを構えろ。ワシはお前が気に入った。命令ゆえ逃がしてやることは出来んが、せめて武人としての最期を送らせてやる。遠慮せずにかかってくるが良いぞ…………?」
「……………………」
恭司は考えた。
この老人は、おそらくは年齢によって前線から離れたタイプの兵士なのだろう。
そうでなければ、『騎士』なんて職業の人間は早々、こんなチンピラ部隊の上になんて立ちはしないのだ。
騎士ともなれば、世界的にも相当優秀な職業────。
区分上は中級職と言えど、上位剣士など遥かに凌駕するくらい、圧倒的ステータス補正と技術、そして…………"スキル"を持っている。
さっきまでは手を抜いていたということなのだろう。
この男の口ぶりからして、多対一でやること自体、そもそも良しとはしていなかったはずだ。
となれば、使えるかもしれない。
この窮地を脱するために、この"騎士道精神"が────。
「構えないのか…………?それならば、こちらから……ッ!!」
「待てッ!!」
今にも踏み込みそうだった騎士に、恭司は土壇場でストップを掛けた。
焼け石に水かもしれないが、やれることはやっておくべきだ。
恭司は額を冷や汗で濡らしながら、騎士を押し留める。
「…………何だ?命乞いなら無駄なことだぞ…………?我らとて、お上の命令には逆らえぬ」
騎士はそう言って、不承不承ながらも動きを止めた。
やはり、律儀そうな男だ。
「何…………。それほど大したことじゃないさ。決闘には賛成だが、俺はここに来るまで、ずっとノンストップで戦い続けてきたんだ。体力はもうギリギリだし、正直、立っているだけでも辛い…………。こんな状態で決闘なんてしても悔いが残る。………………恥は承知の上だが、少し休ませてくれないか…………?」
嘘ではない。
このちょっと前に緑色の液体で回復したばかりだが、別に嘘ということは無い。
それに、
こんなことで休ませてはくれないことも分かっていた。
恭司はただ欲しいだけだ。
あの、"緑色の液体"を────。
「ふん────。時間稼ぎのつもりか?ワシはどうやら貴様のことを少し過大評価しすぎていたようだ…………。休む必要などない。『ヒールポーション』をやるから、コレで回復しろ」
そう言って、騎士はあの緑色の液体の入った瓶を投げ渡してきた。
この緑色の液体は、どうやら『ヒールポーション』と呼ばれているらしい。
やはり、初めて聞く単語だ。
この世界ならではの代物なのだろう。
流石は騎士ともあって、さっき飲んだ2つより瓶も大きく、量も多かった。
これなら、この1つで充分に全回復できる。
「…………コレは…………?」
恭司は問い返した。
無駄かもしれないが、一応"念のため"だ。
「ん…………?なんだ、貴様…………『ポーション』のことすら知らんのか?まぁ…………確かにあの生活では、早々見ることもないか…………。とにかく飲んでみるがいい」
恭司はそれを聞いてグイッと飲むと、体が急激に回復していっているのが分かった。
まるでさっきまでの戦いが無くなったかのような回復具合だ。
もちろん既に知っていたが、まるで初めてであるかのように、驚いた素振りをしておく。
「す、すごい………………」
隊長たちの間で失笑が起きた。
呆れて肩をすくめている者もいる。
だが…………
今この時においては些細なことだ。
こんなことで戦い前に体力を全開にできたのだから、正に御の字といった所だろう。
嘲笑されることなど何も問題はない。
なんせ、この騎士を倒した後にも…………
まだ後ろには、
敵は数多く残っているのだから────。
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