【第三話】上位剣士 ③

「こ、こいつ…………ッ!!やっぱり殺してきやがったんだッ!!もう許さねぇ…………ッ!!」



残りは3人────。


そして、


その内の1人が、慌てて襲いかかって来た。


恭司を斬るつもりだ。


剣を抜き放ち、恭司に向けて上に構えている。


その構えを見て、恭司は笑った。


カザルの…………"記憶通り"だ。



「くたばれェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」



振り下ろされる刃────。


男が剣を振り下ろすと、途端に縦の斬撃が発生する。


あんなに練度が低そうな兵士なのに、斬撃だけは立派なものだった。


瞬時に縦の一線が描かれる。


これが、職業『剣士』のスキル『縦斬り』なのだろう。


あまりに"予想通り"の一撃で、思わず"欠伸が出そう"だ。


恭司は体をホンの少し動かすと、その一撃を難なく躱す。



「な、何ィ…………ッ!?」



躱されるなどとは夢にも思っていなかったのか、兵士の声は驚愕に満ち満ちていた。


だが、


恭司からすればこんなものは避けられて当然のレベルだ。


いわば"闘牛"みたいなもの────。


こんな"素直すぎる"攻撃なんて、当たるはずもない。



「見え見えなんだよ……」



恭司はその隙に距離を詰めると、ナイフで兵士の首を斬った。


相変わらず斬り飛ばせはしないまでも、そこから血が噴水のように噴き出す。


もはや手慣れたものだ。


音一つ鳴りはしない。



「ぐ、ぐはァ…………ッ!!ぁ、ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア…………ッ!!」



自分の首から今も尚噴き出し続けている血を見て、兵士の絶望に満ちた声が響き渡った。


そして、


それからホンの数秒ともたずして、兵士はそのまま床に崩れ落ちていく。


出血多量だ。


兵士の体は自らの大量の血溜まりの中に顔ごと突っ込むと、そのまま力尽きて、もう動かなくなる。



「ひ、ヒィィィィィィ…………ッ!!ば、バカな…………ッ!!何で…………ッ!!何で無能者のお前が…………ッ!!う、ウワァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア…………ッ!!」


「お、おいッ!!バカッ!!よせ────ッ!!」



残りは2人────。


その内の1人が、仲間の制止も無視して飛びかかってきた。


構えからしておそらくスキル『横斬り』だろう。


動作が丸分かりだ。


兵士は剣を横に置くと、恭司に向けてそのまま単身突っ込んでくる。


さっきから律儀に1人ずつやって来てくれるものだから助かっていた。


5対1は一斉に掛かられたらしんどいだけで、1人ずつ来てくれるなら全然しんどくも何ともないのだ。


ましてや…………


"軌道の決まった攻撃"など、いくら速かろうと力が強かろうと、恭司に対処できないはずもない。



「死ねェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」



横に置かれた剣から繰り出される、スキル『横斬り』────。


相変わらず斬撃だけは立派なものだった。


どう見ても不相応な威力だ。


練度も経験も足りない貧弱な兵士の腕から、横向きの鋭く重い一撃が繰り出される。


しかし、


恭司はそれを上に跳んで避けた。


兵士の刃が恭司の足の下を通過していく中、その一瞬の交錯の中でその兵士と視線がぶつかり合う。


驚愕と恐怖に満ち満ちた表情だ。


恭司は思わず笑いながら、ナイフでその兵士の首を斬る。



「アグゥゥゥゥゥゥゥゥァァァアアアアアアアアアアアアアア…………ッ!!」



恭司の視界が血で真っ赤に染まった。


跳んで避けたせいで、その兵士の首から噴き出した血が目の前の恭司にそのまま吹きかかってしまったのだ。


そこは失敗だったと嘆息しつつも、恭司は床に足をついて吹きかかった血を拭い取る。


そして…………


最後の1人を見つめた。



「後は…………お前だけだな」



その男の額から大粒の汗が浮かび上がる。


正しく異常事態だ。


この5人の隊長だった彼は、今のこの状況をまるで信じられずにいる。


一体何が起こっているのか…………男の目の前の出来事であるにもかかわらず、脳の処理がまるで追いついてはこなかった。


率直に言って…………信じられない光景だ。



「お前…………本当にあの『カザル・ロアフィールド』か…………?」



男は慎重に剣を構えると、硬い表情で問いかける。


真剣な様子だ。


本気で疑問に思っているのだろう。


しかし、


思わぬ問い掛けに、当の恭司は思わずプッと吹き出す。



「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!何だその質問はッ!?一体、他の誰に見えると言うッ!?」


「………………」



男は静かに警戒レベルを上げた。


コレは、あの何もできなかった無能者のカザルじゃない。


もっと何か…………何か、別のモノだ。



「…………恥を承知でお願いする。見逃してはもらえないだろうか…………?」



男の申し出に、恭司はポカンと一瞬放心する。


『無能者』を相手にしているとは到底思えない申し出だ。


そう考えると、やはり笑いが止まらなくなってくる。



「アハーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!何だァッ!?硬そうな面して、ずいぶんとジョークが上手いんだなァッ!!さっきからずっと笑いっぱなしだぞッ!!もう兵士なんか辞めて、そっちの道にでも進んだ方がいいんじゃねぇのかッ!?」


「……………………」



1人でケタケタと笑い続ける恭司…………いやカザルを視界に入れつつ、男はただただ注意深く警戒を強めていった。


男は既に倒された他の部下たちとは違う。


その職業は、『上位剣士』だ。


ただの『剣士』とは違い、"上位"と呼ばれるだけの『スキルポイント』がある上、"生の剣技"も高レベルで扱うことができる。


だが…………


それでも尚、男は踏み出せなかった。


今のカザルには、それだけの危険性を感じさせられるのだ。


冷や汗が止まらない。


なまじ中級職の中でも"剣士系"であるが故に、やり合えば死にかねないと本能が叫ぶのだ。


しかし…………


そうは言っても、男にも立場がある。


怖くても恐ろしくても、行かなければならない時はある。


恭司はそんな中、ひとしきり笑うと────。


途端に無表情になって────男を見た。



「却下だ────」



その瞬間のことだ。


その瞬間に────。


男は恭司に向かって飛び込む。


突貫だ。


剣を横に構え、"細かく"横振りする。



「…………ッ!!」



速いし的確────。


さっきまでの兵士たちとは明らかに違う動きだった。


まるで熟練の戦士のような攻撃だ。


恭司はそれを、上に跳んで避ける。


だが…………


状況は一瞬にして次へと切り替わった。


恭司も思わずギョッとする。


今しがた横に振られたばかりの剣が、何故か再び逆向きの横振りとなって、もう一度恭司に向かって襲いかかってきたのだ。

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