【第三話】上位剣士 ④

「何…………ッ!?」



さっき跳んだばかりで、恭司の体は未だ空中にあった。


連撃にしても恐ろしい速度だ。


物理法則を無視している。


恭司は仕方なく、ナイフでガードした。



ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!



強烈な一撃────。


ガードしたとはいえ凄まじい衝撃だ。


刃同士のぶつかり合う音が響く。


しかも空中で受け止めたものだから、踏ん張れなかった。


バットで球を打ったようなものだ。


カザルの軽い体はその瞬間に吹き飛ばされ、宙を滑走する。



「クソ…………ッ!!」



恭司は地に着きそうな所を跳ねるように受け身を取ると、何とか重傷だけは避けた。


それでも、威力が大きすぎて数メートルあまりは飛ばされてしまっている。


不覚だ。


恭司は最終的に転がりつつも、体制を整える。


すると…………


その最中に殺気を感じた。


前を見ると、男は剣を上に振りかぶっている。


さっき兵士で見た技だ。


その名は、スキル『縦斬り』────。



ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!



剣を振り下ろした瞬間に、それは発動した。


あまりに巨大な縦の斬撃だ。


それは恭司に向かって、一直線に飛んできている。



「畜生が…………ッ!!」



恭司は横に避けた。


通過していく斬撃に、そこへ追付いするかのような衝撃波────。


まるで嵐でも通り過ぎていったかのような光景だ。


ビリビリと空気が震撼し、息が詰まるような圧迫感が身体を包み込んでいる。


そして、


その衝撃波は恭司の体に打ち当たると、またしても足が地面から離れていった。


再び何度かバウンドして体制を整えるも、こう何度も吹き飛ばされれば落ち着かない。


とりあえずは確認だ。


恭司は自分がさっきまでいた場所へ目を向ける。



「おいおい…………」



その斬撃は、この硬い床を大きく呑み込んでいた。


その跡は床が抉れて、浅い谷のようになっている。


えげつない威力だ。


さっき兵士から受けたものと同じとは到底思えない。


どう見ても別種だ。


コレが、練度の差…………『熟練度』という奴だろうか────。


兵士たちとのあまりの違いに、背中が泡立って仕方がない。



「何だ…………?しょせんはこの程度か…………?」



男は様子を見ながら、悠々と歩み寄ってきた。


恭司は歯噛みする。


予想外だ。


この男は、おそらくさっきまでの兵士たちとは、『職業』が違う────。


同じなら、あの横振り2連撃の"剣技"の説明が付かないのだ。


職業の力を侮っていたと、認めざるを得ない。


上手くいきすぎていたが故の、怠慢だった。


恭司の落ち度だ。


少し、油断しすぎていたかもしれない。



「警戒していた自分がバカみたいだな…………。所詮は無能者ということか…………。このまま牢に戻して処刑させるべきなのだろうが、それだと部下を殺された俺の憤りが晴れねぇからな…………。悪いが…………ッ!!お前にはここでッ!!死んでもらうッ!!」



途端────。


男から凄まじい殺気が放出された。


怒りが顔に全面に押し立てられ、正に鬼の形相だ。


トドメを刺すつもりなのだろう。


ピリつく空気に、迸る殺意────。


押し寄せる迫力に、威圧感────。


容赦の欠片もない。


間違いなく殺す気だ。


死神が恭司のすぐ側で楽しそうに笑っているような気にさせられる。



だが…………



恭司はソレを見て、思わず"笑った"。


"嬉しくなった"。


興奮が止まらない。


闘志が湧いて湧いて…………仕方がない。


身に馴染んだ感覚────。


知っている世界────。


口角が吊り上がって吊り上がって…………どうにも止まらない抑えられない。



「…………この状況で笑うとは…………気でも触れたか?」



男は問いかけた。


何か嫌な空気だ。


背中がスーッと寒くなり、頬から冷や汗が一筋流れ落ちる。



「いや…………そうじゃないさ。少しばかり…………"懐かしかった"んでね」


「懐かしい…………?」



恭司はニヤリと笑った。


実に、"15年"ぶりだ。


"あの時"は、こんなものじゃなかった。


こんなものじゃ済まなかった。


この程度の生温い殺気を浴びせてきた奴なんて、ほとんどいやしなかった。


かつて────恭司と渡り合って来た強敵たちは、こんなものじゃ済まないくらいどうしようもなく、有り得ないくらいに狂いきった奴ばかりだったから────。


恭司はナイフを構える。


こうなればもう、教えてやらなければならないだろう。


かつて────この世の生きとし生けるもの全てに恐怖と絶望を与えてきた技能、その殺人鬼としての、本領を────。



「退屈させてしまったんなら謝ろう。失望させたなら反省もしよう…………。でも、ここまでだ。ここから先は…………俺のターンだからな」


「…………世迷言を」



男もまた、再び構えた。


構えは横────。


またさっきの剣技をしてくるつもりだろう。


構えと雰囲気が同じだ。


恭司は周りの"ソレら"を確認すると、男に近づいていく。


ナイフをブラブラさせながら、ゆっくりと距離を詰めていった。


男は逆に足を止め、様子を見る。


決着の時だ。



男は恭司が間合いに入り込んだ途端────。



即座に動き出す。



「死ね…………ッ!!」



男は足を踏み出し、恭司との距離を一瞬にして詰めた。


横に構えたそこから繰り出されるは"横向き"の斬撃────。


さっきと同じ攻撃だ。


凄まじい速度と威力と正確さと共に、膨大な迫力が押し寄せてくる。


しかし…………


それはもう、"分かっていた"。


恭司は男が技を発動した瞬間に前へ踏み出すと、斬撃の下を潜るように横へ滑り込む。


地面と足が離れないよう、避け方を変えたのだ。


だが、


男の刃が恭司の頭上を通過していったことを確認すると、男はニヤリと笑みを浮かべる。


その程度の対応では、コレは防げないのだ。


そう…………


この剣技には、"次"がある。



「ハァーッハハハッ!!これで終わりだァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」



小さく横に振られた剣は、そうしてもう一度こちらに戻ってきた。


慣性の法則を無視するような、力技の奇跡だ。


滑り込んだばかりでしゃがんだ状態になっている恭司に向かって、その斬撃は容赦なく恭司に襲い掛かかってくる。


しかし、


その2撃目を振ってる最中に恭司を見ると、男は驚愕することになった。


放つ前から既に、恭司は斬線の先にはもういなかったのだ。


さらに、


状況はそれだけにとどまらない。


滑り込んでしゃがんだ状態になっている恭司は、その"しゃがんだ先"にこそ用があった。


斬線の先にズイッと出されるソレ────。


死に間際の苦しみもがく顔────。


計算通りの位置だ。


頬が緩んで仕方がない。


そう────。


恭司に首根っこを両手で掴まれた男の部下の死体の顔が…………男の放つ斬線の先にあった。



「ば、バカな…………ッ!!な、何故ッ!?き、きききき、貴ッッッ様ァァアアアアアアアアアアアアアアアアア…………ッ!!」



男も思わず絶叫する。


だが…………


発動した軌道はもう、変えられない────。


そういう風に、"決まっている"のだ。


恭司は自分だけ避けたまま、首根っこを持って斬撃の先に兵士の顔を当てがう。


そして…………



ザシュゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!



鮮血が、男の目の前で盛大に血飛沫を上げた。


男の放った2度目の横切りは、軌道そのままに部下の顔を易々と斬り飛ばしていったのだ。


真っ二つにされた部下の顔の断面から血が派手に噴き出し、真っ赤な血が赤い目眩しを作り出す。


そう…………


それこそを…………"待っていた"。



「じゃあな、名も知らぬ隊長殿────。良い勉強になったよ」



恭司はその間に距離を詰めると、男の首をスパッと斬り裂く。


目眩しとスキルのせいで避けようもなかったのだ。


斬られた瞬間に男の首から血が噴き出し、再び鮮血のシャワーが噴き荒れる。



「あ、ァァァアアアアアアアアアア…………ッ!!ば、バカな…………ッ!!バカなァァアアアアア…………ッ!!この俺が…………ッ!!まさかッ!!こん…………な、所で…………ッ!!」



男は最期にそう言って、絶叫と共にそのまま前のめりに倒れ込んでいった。


ようやく終わりだ。


男は部下と自分の血に塗れたまま断末魔の叫びを上げると、赤い水たまりの中へと沈み込んでいく。


血で真っ赤に染まった現場に…………5つの死体────。


恭司は男がちゃんと死んだことを確認すると、盛大にため息を吐き出した。

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