鬼神の刃ーーかつて世を震撼させた殺人鬼は、スキルが全ての世界で『無能者』へと転生させられるが、前世の記憶を使ってスキル無しで無双するーー

ノリオ

【プロローグ】

【プロローグ】魔王と呼ばれた日

カツン────カツン────と、


廊下を進む。


誰もいない石造りの廊下には、妙な静けさがあった。


彼は…………『三谷恭司』は、その道を歩く。


誰もいない、石造りの質素な廊下────。


灯火の一つもない薄暗いその廊下の先には、白くて明るい長方形の光があった。


出口だ。


その奥からは、歓声とも野次とも取れる、あまりに獣じみた声が響いている。


どうやら、既に"集まっている"ということなのだろう。


光に近づいていくと、その具体的な声も聞こえて来た。



「何故、我々が人間などに仕えねばならないィィィイイイイイイイイッ!!」

「早く出てこいッ!!八つ裂きにしてやるぞォォォオオオオオオオオオオッ!!」

「腹が減ったッ!!人間ッ!!早くッ!!早く食わせろッ!!早く食わせろォォォオオオオオオオオオオオオオオッ!!」



言葉の発信源はマチマチだったが、どうやら歓声よりは野次の方が圧倒的に多いようだった。


『恭司』は笑う────。


思わず…………"あの時"を思い出した。


血が滾り、肉が踊る。


この殺気ひしめく空気が、恭司は昔から大好きだった。


これだけ沢山あると、よりやる気が出るというものだ。


"新魔王のお披露目"────。


恭司は光を潜ると、舞台に降り立つ。


目の前には獣や蛇など、異形な体付きをした『魔獣』たちが恭司を食い殺さんばかりに前へ前へと大勢ひしめき合っていた。


その先頭には人型の者もおり、どうやら全部が同じというわけでもないようだ。


アレは『魔人』────。


あの魔獣たちの上位種で、このそれぞれの『魔族』たちを束ねる存在になる。


魔獣にはそれぞれの部族があり、『魔人』はそれらを束ねる役割を担っていた。


『魔獣』や『魔人』を一括した総称は『魔族』だが、彼らは基本的には他部族と協調することは好まないため、こういった長の存在は重要だ。


魔族たちの世界には法律がない。


定められたルールはただ一つ────。


『弱肉強食』────。


ただ…………それだけだった。


魔族たちは恭司を見て、さらに大きな声を上げる。



「やぁぁぁぁぁぁぁーーっっっと出てきたかァァアアアアアアアアアアアアアッ!!これだけの魔族を相手に、丸腰で出てくるとはいい度胸だッ!!」

「貴様の言う通り部族の強者ばかり集めてやったゾォッ!!それで…………ッ!?貴様の肉は一体、何十分割させるつもりだァッ!?」

「肉ゥゥウウウウウウウウッ!!肉が食いたい…………ッ!!人間の……ッ!!人間の肉ゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!」



恭司が舞台に入ると、予想通りとても熱烈な歓迎を受けた。


どうやら"大盛況"のようだ。


殺意と食欲による熱が突き刺さる。


それは舞台中を覆い尽くし、正に熱狂の嵐だった。


そこに、舞台のソデから一人の魔族らしき女性が出てくる。


妖艶な雰囲気を纏った美女だ。


そして…………


その女性の存在を目にした途端に────場は一瞬にして静まり返る。



「皆さぁぁぁん?そろそろお戯れを止してくださいますかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………?」



怒りを含む、圧倒的強者の声────。


魔族たちの野次は、その一言であっという間に止まった。


彼女は『水竜族』の長────。


たかが部族の長とは一線を画す、この世で数人しかいない『災厄種』の一人だ。


その後に、


舞台のソデからぞろぞろと姿を現していく。



「静かにせよ────。我らが新しき魔王様を不快にさせる気か…………?」



そう言った青年は、魔族で一番硬いと噂の『地竜族』の長だった。


かなり怒り気味の表情だ。


青年は不快感を毛ほども隠さず、数多の魔獣と長に向けて膨大な殺気を振りまく。



「ニャッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!なんか皆マジ切れしすぎッ!!私ら強いか弱いかでしか言葉を交わせないコミュ症種族なのに、何でこの人に喧嘩売ってるの?死にたいの?」



最後に出てきたこの女性は、『風竜族』の長だった。


ぱっと見は猫人族にしか見えないが、竜族の一種だ。


他にも災厄種はいるが、まだ仲間にはなっていない。


ここに集まっている魔族は全て、彼・彼女らの眷属たちだった。


『魔獣』の上に『魔人』がいるが、さらにその上に位置するのがこの『災厄種』たちだ。


自分たちの長よりさらに上の存在から言われれば、流石の魔族たちも大人しくなる。


ようやく…………静寂の時がきた。


恭司は歩みを進める。


災厄種の3人はその側に支え、恭司は彼らの前に出た。


魔族たちを見ると、その目にはまだ殺意が残っているようだ。


従う気があるようには到底見えない。


上から言われただけでは心までは変わらないということだろう。


中には相手の強さを測る能力を持っている者もいるため、恭司の『レベル』や『職業』を見ている者もいた。


とりあえず…………


恭司の存在に内心穏やかじゃない奴が大半…………ということだ。


恭司はそれらの魔獣たちを一瞥すると、はぁーっと短くため息を吐き出す。


そして…………


低く…………冷たく…………声を発した。



【俺では────不満か?】



その途端────。


強烈なほどの殺気と、凄まじい威圧感が同時に放たれた。



「「「~~~~~~〜〜~~ッッッ!!!!」」」



あまりの迫力に、体が吹き飛ばされそうになる。


足が震え、死のイメージが頭を突き抜ける。


凍てつくほどの強烈な殺意────。


捕食者が獲物に対して向ける視線────。


強制的に身を焦がす、絶望────。


大気が震え、空気が歪む。


恐ろしいほどの絶大な緊張感が魔族たちの間にほぼ一瞬にして走り回り、魔族たちはただ…………ただ…………恐怖に慄くばかりだった。


体中が強張り、危険信号が全力で鳴り響く。


心臓が爆音を奏で、足がすくむ。


彼らはその時────全てを理解した。


否、理解せざるを…………得なかった。


急激に体が寒くなって、心臓を握り潰されるような圧迫感が体中を蝕み、息が荒れる。


プレッシャーのあまり、体にミシミシと重量感が圧しかかってくる。


生存本能が、反抗することを許さない。


さっきまでは舞台全体に凄まじい熱がこもっていたというのに、今では有り得ないほどの冷ややかな雰囲気に包まれていた。


彼らはただただ冷や汗で体中をビショビショに濡らし、体を小刻みに震え上がらせている。



"怖い"のだ────。



さっきからずっと体中を駆け巡る死のイメージが、彼らを硬直させたまま動けなくさせている。


ケモノとしての本能が思考が直感が、全力で撤退を訴えかけている。


嫌な予感が止まらない。


コレは何か…………ヤバいモノだ。


触れてはならないモノだ。


恭司はそんな彼らの様子を、首を回してゆっくりじっくりと確認する。


そして…………


次の言葉を発した。



【跪け────】



その瞬間────。


全ての魔族が、一瞬にして膝をついた。


側にいる災厄種の3人すらもが、冷や汗と共に膝を地につけ、全力で頭を下げる。


彼らの唯一不変のルール────。


それが、『弱肉強食』だ。


生まれながらにして、彼らはこのルールに縛られている。


この圧倒的とも言える戦力差────。


絶望的なまでの恐怖と圧迫感────。


まるで死神だ。


まだ戦っている所を見たわけでもないのに、否が応でも感じさせられてしまう。


勝てない────。


いや、戦おうとすら思えない。


反抗心の一つでも見せれば、容赦も慈悲もなくただただその瞬間に命を刈り取られることだろう。


なまじ戦闘本能の強い魔族たちには、それが一瞬にしてよく分かった。


コレは、人でも亜人種でも…………魔族でもない。


『鬼神』だ────。



【これより、"人間族を滅ぼす"べく動く────。全員…………侵略を開始せよ────ッ!!】



「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおせのままにィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッ!!」」」」」



こうして…………


恭司は彼らの王────『魔王』となった。


だが、


実際にこうなるのはまだ先の話────。


事は、恭司が"前世の記憶"を思い出した所から始まる。


これは、転生者が英雄となる物語でもなければ、スローライフを送る物語でも、土地を開拓する物語でもない。


神から『スキル』も『職業』も与えられなかった『無能者』が、人類の敵を率いて世界を壊す────。


『人類殲滅記』である。



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