第16話 密約

紆余曲折うよきょくせつの果てに、ニンゲンの王と―――次代の魔王候補者の間とで、意見の交換がなされました。

しかしこの様子を、生きた心地で見ていられなかったこちらの存在は……


「はあ~~~やれやれ……心臓に悪い事は止めて頂きたい。 あまり年寄りをいじめんで下され。」


「申し訳ない―――【南の魔女】。」


「南の魔女?! すると……そなたが、北の魔女であるイセリア殿が言っておられた……」


「いかにも、彼の者に新しきニンゲンの王の事情を調べるよう促せたのはワレだ。」


「そうだったのか―――いや、遅くなったが感謝する。 それに思えば、私の最初の友人が魔族だったのだからな。」


「一応申しておきますが、警戒はしていたのですぞ。 何しろ魔王を、たった一人で討ち果たした英雄なのですからな。」


「それは知らなかったな……。

『戦争をしてきた』―――と言っていたから、軍と軍とのぶつかり合いでそうなったものと思いこんでいた……。」


「だから呑気だと申し上げたのです! まあ確かに、軍と軍とのぶつかり合いはあったのでしょうが、ワレが知り置いた情報を精査してみると、互いの被害を最小限に抑えるべく“一騎打ち”を臨んだ―――そうで間違いはありませんな?」


「なんと―――私の思慮を詠まれてしまうとは……。

それより、あまりこの人を責めるのは止めにして頂けないか、そんな事情など到底……」


「ププッ!w ウッフフフ―――w ああ、これは失礼―――いや形無しだな? 南の魔女。」


呑気な事を責められ、注意を受けている次代の魔王候補に対し、助け舟を出すニンゲンの王―――この状況の滑稽さに、終ぞ吹き出してしまう学士・エリス……でしたが。

それはまさしくの未来の縮図の様に思えた……互いに交流するのは難しいとさえ思われた両種属間……なのに、その事は何者かの意図で流された風聞であるかのようにも思えてきた―――こんなにも屈託のないものを見せられては、そう思うしかなかったのです。


「時に―――南の魔女殿は……」

「【ミリティア】だ―――」


「えっ―――?」

「【ミリティア】―――それがワレの名だ。 親しき仲で二ツ名で呼び合うなど、無粋この上ない。」


「ハ……ハハハ―――いや、エリス殿の気苦労の程が伺える。」

「それは、どう言う意味だね?」


「いや―――あ゛~~~……」

「ミリティア殿、そろそろ勘弁してやってもらえないか。」


「共同戦線を張られたのでは、致し方がありませんかな―――それで……?何をお聞きになりたい。」


「うむ……そなたはなぜ、今代の魔王を討ったのがニンゲンの王―――つまり私だと判ったのだ。」


この短時間での交わり合いで、互いの為人ひととなりが見えてきた―――

そのなかでも殊の外ことのほか南の魔女であるミリティアの事は、学士エリスがそう称している通りどことなくお堅い感じがしていたのです。


それにその事は、ニンゲンの王リリアも感じていた事だった……。

普段は気軽に会話を交わす間柄には、なったとは言え政策を協議している時厳しい意見を突き付けてくる王ご自身の友人の一人にして、魔族でもある北の魔女……宮廷魔術師のイセリア。

そのイセリアよりも手強いと感じてしまっていたのです。


それはそれとして―――ふと王が感じていた疑問……自分が魔王を討った事もそうだったのですが、その時間軸は“現在”を以てもってもそう遠くない頃合だっただけに、それがこんな街外れにある地に情報の伝播が行き届いているものとは思ってもいなかった―――だからこそ、ミリティアが自分の事を知った経緯を知ろうとしたのです。


するとミリティアは、手にしていた飲み物の器を置き―――


「その前に……一つお聞きしたい。 ニンゲンの王―――リリア殿は、何故エリス殿の屋敷に?」


「それは―――この私の屋敷近く……言わば私の固有領域テリトリーの近くで血溜まりに沈んでいたこの人を、丁度買い出しの帰りに私が見つけてね。 そのままにしておくのもなんだから―――と……」


「連れて帰った―――と……ふむ、少し妙ですなあ?」


「妙? ……とは―――?」


「位置関係的には、戦争があった魔王城と、その戦争に勝利し凱旋するニンゲンの都―――それと、この屋敷の相対的な位置が……と、言う事ですよ。

寄り道をするとは言え、これでは些かいささかルートを外れすぎている。

心当たりはありませんかな?ここまでの事をされるのに、身に覚えが……」


鋭い指摘―――深い読みと洞察力に、言葉を失ってしまう王……

それに南の魔女であるミリティアは、更なる真実と言う名の刃を突き付けてきたのです。


「ミリティア殿……?」


「エリス殿、まことですが怪しからんことが起こったのですよ。

今代の魔王が討ち取られてしまったのは、今代が所詮そこまでの実力しかなかった……と、言うだけの話し。

ならば次代は、今代のそれより見合う者が就けは良いまでの話し……。

だが―――不心得者共が、端金はしたがね欲しさに一部のニンゲンの口車に乗り、卑しきニンゲンの謀議に加担した事にあるのです!!」


この時のミリティアの怒り様は、まさに鬼神すら裸足で逃げ出しそうな様相だった……。

それに、どうやら“魔族”と言う者達は謀議と言うものをあまり好ましく思ってはおらず、それどころか忌み嫌ってさえいた……


しかも―――


「このワレが、今代が横死した事実を知ったのは今より時間も前……ワレは、すぐにでもこの一報をエリス殿に報せしらせたかったのだ。」


「……と、言う事は、まさか―――?」


「いかにも―――ワレが今代の横死を知りてすぐ後、ニンゲンの英雄を抹殺せんとする謀議がうごめいているを知り、謀議に加担した不心得者共を捻じり殺す為探し回っておったのだが……。

フン―――ザマはない、殺そうとしていた者に返り討ちにされるとはな!!」


「ミリティア殿は―――……」


「一つ言っておこう。 強き者を打倒すると言うのなら、小賢しい真似などせず正面から当たる。 これが我らが魔族の、永き世に伝わる矜持なのだ。

それが、ここ最近の若い奴らと来たら―――……」


「ああ~~~ミリティア殿? 話しは長くなりそうかな?

この人は、私達魔族の中でも最高齢者でね……だから私達のような若僧の為す事に思う処があるらしい。

だから、この様に愚痴りだすと止まらなくてねえ―――」


すると、『何もそこまで辛辣に言わなくても良いではないか』―――と、言わんばかりに、苦虫を噛み潰した表情と成ってしまうミリティア……

またそれを見て、『悪い―――悪い―――』と、宥なだめ弁解をするエリス……


こんなにも個性タイプの違う、2人の魔族を見てリリアは―――


「仲が好いのだな、そなた達は……どうも私が入る余地など、どこにもなさそうだ―――」


この2人は魔族―――ニンゲンは自分1人……

だからか、少し疎外感を感じてしまう王―――


けれども―――……


「ん? それは違うだろう?」


「え?」


「先程は、私と“あなた”とで会話は成立していたじゃないか。」


「会……話―――」


「そう、『会話』だ―――いいかい、会話と言うのは、必ず相手と言う“あなた”が居ないと発生しない。

“私”一人では、それは『独り言』になってしまうからね。

そして、『話し手』と『聞き手』がいるからこそ、『会話』と言うのは成立をする。

ここで重要なのは、『話し手』ではなく『聞き手』の方だ、なぜなら『会話』の達人は『聞き上手』と言うくらいだからね。

この『聞き上手』と言うのは、ただ単に話し手からの話しを、聞き流している―――と、言うのではない。

話し手からの話しを、聞き手自身が自分なりの解釈をし、それらを言語化するなどして、また新たな『話し手』『聞き手』と言うモノは産まれてくるんだ。


そして……これも『争い』の一つ―――


私はね、“私”と“あなた”とが出会い、そこから『争い』合う事は非常に意味がある事だと思っている。

それと言うのも、私達はこれまでに、そうして“良い意味”での『争い』によって、発展をしてきた経緯があるのだからね。」



ふとしたきっかけで、学士の智の深さを知る処となる王―――

しかもそれは、単なる『ひけらかし』ではなく、学士自身が修めた学の伝播―――

そして争い合う事の、本当の意味を説いた時、学士の……エリスの……次代の魔王に成ろうとしていた動機が伺えたのです。



「ここ最近、私が知る『戦争』は、破壊し尽すのものに成り下がってしまった―――

このままではいけない……このままでは、いずれこの世界は滅びに直面する危機に見舞われる……。

この流れを、いつかは止めないといけない―――そう思ったからこそ、私は次代に成る決意をしたんだ。


けれどね―――笑ってしまう事なんだが、私ではどうしたところで今代を斃せる自信に実力はなかったのだよ。

だからこそ待ち望むしかなかった―――今代を打倒してくれる者を……。

そして、私が次代へと成った暁には、現在のニンゲンの王にこう持ち掛ける算段だったんだ。


『互いに益のない戦争は、止めるべきではないのか』―――と……。


そして……今ここに―――“あなた”がいる……。


これは機会だ―――何者かが齎せもたらせてくれた恩恵なのだ。


だから今しばらく待っていてほしい……ニンゲンの王リリア殿。

この私が、次代の魔王の座に就くまで―――」



この場所で、密やかな約束事が交わされた事は、当事者以外に知れ渡る事はありませんでした。


ただ―――王が行方不明となり一日余り経った頃。

王が率いていた全軍が帰還―――凱旋を果たした後、何者かによって流布された王の訃報……―――がしかし、その訃報こそが、何者かの企てくわだてによる「虚報」であると知れた時、民達は安堵を覚えたものでしたが、不思議とはかりごとを巡らせた首謀者を見つけ、また処断する事などなかったのです。



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