第4話 リリア と セシル
王が―――自身がしてしまった事により、他者を……近衛長を傷つけてしまった事を悔いた時、自身に語り掛けてくる声がしました。
しかしながら、その声の主の、姿は見えない―――
一体どこから―――?自身の
そう思った時、声の主が自らを語る……それも、声の主自身の正体―――名を……
{だから、私は“私”―――言葉を換えたら、“あんた”自身なんだよ。 その証拠に、私の名は―――……}
「【リリア】?!私ではないか―――……」
{だから言っているでしょう? 私は“私”―――「あんた自身」だ……って。}
「いや―――けれど……しかし……」
{ま、信じられないのは判るよ? だって、私自身でさえ気が付いたらこんなになってた事に、しばらく頭ン中真っ白になったもん。}
「は…………あ―――」
{そんな、間の抜けたような―――気の抜けたような声出すなよ……調子が狂ってくるったら―――。}
その不詳の声の主自身も、王の名と同じ【リリア】を名乗っていた―――
その事に思う処となり、少々間の抜けた問答を繰り返したものでしたが……取り敢えずの処として重要なのは―――
{それより、どうすんの―――あの人、すんごく怒ってたよ。}
「それは……判っている―――」
{判ってるならさあ―――なんであんな事しちゃったの。 まあそこはさっき聞いたけれどさ……ああ言う事をされたら、私だって―――
「いや……それは、そのぅ―――」
{うわぁ~~マジであり得ないわ……。 なんでこんな、自分に自信が持てないようなのが“私”なのか……}
「それは……本当に……申し訳ない―――」
{ああん!もう!!そう言うとこ!! うじうじうじうじすんなあ~!こっちまで湿っぽくなって来る―――}
自分が悲観し否定的になっている処を、批判して来る“自分”―――
それに王であるリリアは、近衛長に対し礼を失してしまった事は十分判っていました。
それは以前にも触れたように、もし自分が勝ってしまったら近衛長の自信を奪ってしまうかもしれない―――それはそれで優しい心遣いなのでしょうが、武に生きる人間にとっては手加減されてまで勝ちを拾いたくはない。
そうした行為は自分の事を否定されたようであり、バカにされたようであり、何より認められず信用もされていないのだろうから。
だから、姿見えぬ声だけのリリアから痛烈に批判されると―――……
「ゴメン……なさい……私が……私がバカだった―――愚か者だった……。 この先、どんな顔をして近衛長に会っていいか……判らない―――……。」
後悔の涕を流し、今回及んでしまった行為に深い反省の意を表す、王であるリリア……。
そんな王を見た、声だけのリリアは……
{泣くくらいなら、最初からするな―――それと今後は、“私自身”にも嘘を吐くな……いいね。}
「判った―――……。 それにしても、お前は大した者だな。」
{そんな事はない―――}
「え……?」
{そんな事はない―――私もさ、あんたの事をとやかくは言えないくらいに、自分に嘘を吐いたり、周りから良く見られたいようにしていた時期があったもんだから……さ。
だから私は―――私自身に腹が立っていたんだ……かつての自分の有り様を見せられて……。
だから、私の方こそゴメン―――さっきあんたにぶつけた言葉は、言ったら八つ当たりの様なものだから……。
あの頃……自分からも逃げていた、私自身の―――ね。}
声だけのリリアは、今の―――王であるリリアの心情が手に取る様に判っていました。
そして……そんな自分を、見透かしたかのように呼ばれた“
敢えて“愚か者”の意を与え、奮起させようとしてくれた人物―――
それに、王であるリリアが自身で変えられる“
「お前自身も―――自分から逃げていたと言うのか……? とてもそうには見えないが―――……」
{私も―――さ……今のあんたの様に、他人と言うものを信頼してなかった……信用していなかった時期があるの。
だから私は逃げた―――現実世界から……その“
そこでは、私は“私”でいられた―――誰に気兼ねもせず、私自身が修めた武で強い奴らをその力で捻じ伏せる事が出来ていたんだ。}
けれどある時、私は敗けてしまった……
私は、
けれどそんなものは、所詮思い上がりも甚だしいものだ―――と、その時初めて思ったよ。
とは言っても敗けたままではいられなくてね、ある人に頼み込んで、どうにか私を敗かした人を打ち破る機会を得ようとしたの。
その時でさえ私は、私一人で事の解決をしようとしていた……そんな私の思い上りを、相談に乗ってくれた人は見透かしていてね、私一人では解決出来ないようにしてきたんだ……。
そう……私一人じゃ出来ないように―――つまりその人は、『仲間を得よ、信頼するに足る“友”を』と、そう言ってくれたんだ……。
そして―――私は一人の友を得た……信じるに足る、真の友を。
だからあんたも友を得るんだ……取り分けて、あの近衛長―――【セシル】を……。
どこまでが真実で―――どこまでが虚構なのか判らない……
けれど王であるリリアは、声だけのリリアの言い分を聞き入れる事にしました。
* * * * * * * * * * * *
そして―――王の部屋へと呼ばれた、近衛長セシルは……。
「お呼びだとか―――」
「ああ―――先日は済まなかった。 その詫びとして本当の私を見てもらいたい。」
「―――構いませんが……」
「では、練武場に―――」
王と臣下―――としての、最低限の礼儀は尽くすものの、まるで突き刺すような眼光……まるで―――“敵”として見ているかのような、その眼差しに……
それに、程度の言葉だけでは納得してくれない―――ものと思い、練武場で放った言葉が―――
「では、始めましょうか―――」
「その前に、セシルは真剣を取ってくれ。」
「はあ?どう言うつもり―――……」
何をまた、訳の分からない事を―――……
私には真剣で立ち向かう様言い、あなたはそのまま―――模造の剣で私に差し向うと?!
それ程までに……この私を…………
この私を見下し、愚弄したいか―――!!
いいでしょう……あなたがそのつもりなら、そのご意思通り迷いなく斬り伏せる!
“真剣”―――と、“模造剣”……
これの意味する処が、どう言う事なのか……
その意味が分かっているからこそ、近衛長セシルの、王リリアに対しての怒りは頂点に達しました。
ただ―――…… セシルは知らない……
王の―――リリアに秘められし“力”の事を………
「そんなに死にたいと言うのなら、ここで私が引導を渡してやる―――覚悟!!」
「「≪展開≫―――≪
その剣閃―――セシルが放った剣の威力は、常識通りならば勝負にはならなかったでしょう。
鋼で鍛え上げられた“真剣”は、木で出来た“模造剣”を断ち―――王の首と胴を
しかし、鋭き王の掛け声と共に
それは、
本当は……私の武は……この方の足下にも及ばなかった―――?
それに、模造剣から手を離し、立ち処に
あの眸こそは弱者のものではない―――猛々しい獣の……いや……史上最強と謳われている竜を思わせる、強者特有の眼……
セシルは―――その眼に
そして今度は、かの優しき王へと戻られた方から差し伸べられた手に―――
「立てるか―――?」
「え……―――」
「済まない……こうなる事は判っていたんだ。 私には、どうやら不思議な力が宿っているらしい……だから、誰も傷つけたくはなかった―――もちろんセシル、お前もだ……。」
「い……いえ―――私の方こそ、不敬の数々を―――どうかお許しください。」
「いや、お前は悪くはない。 お前は、お前自身と言うものを、そのものを私にぶつけてくれた……けれど私は、お前を傷つけたくはない一心で、お前の思いから逃げてしまった……。 私の方こそ―――許してくれ……」
強者は、その特性故に慢心し、時として傲慢になる。
相手を見下し、
セシルは、王リリアもそのご多聞に洩れず、自分に対してそうした態度に出ていたのではないか―――と思っていたのでしたが……
実は、自分がそうだった―――?
本当は、自分が傲慢になり、彼の方の
何のことはない、何一つとして王の事を知らなかった……知ろうとすらしてこなかった自分こそが―――
けれど王は、そんな自分を優しく迎えてくれた……。
この方は……この方こそは―――真の王……
このお方ならば、変えてくれるのかもしれない……
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