第46話 Recollection


 フィールドにて、赤黒い紋様を身体に纏った二人が睨み合うという歪な光景が展開されていた。

 フィールドには吹くはずのない風が何処からか吹き、二人を優しく包んでいた。まるで、嵐の前の静寂のように────


「贋作が真作オリジナルに勝てるなどと……相当おごっているらしい」


 ラーゼの屍を借りた『何か』は『罪を喰らう者クライム・イーター』を煽るような言葉を口にするが『罪を喰らう者クライム・イーター』は眉もひそめずにただ相手の言い分を聞いていた。


「なんだ、また寡黙でも気取るか?道化として寡黙なキャラ作りは些か受けが悪いぞ」


 『何か』はクスクスと人を小馬鹿にするような笑みを浮かべながら更に言葉を続けていく。


「それともまた先程のように話せるようになるまで痛ぶるか?どの道殺すのだ。どこまで痛ぶれば死ぬのか実験をしようか!?」


「……言いたい事はそれだけか?」


「ほう?」


 『罪を喰らう者クライム・イーター』の冷たく放たれた言葉に『何か』は怯えるわけではなく、更に笑みを強めて言葉の続きを待つ。


「俺は……自分が何者か分かりたく無いのかもしれない。俺が正しいと思ってやった行動が誰かのゆがんだ思想によって作られたものであり、俺自身の考えなんかでは到底無かったのかもしれない」


 『罪を喰らう者クライム・イーター』は拳を強く握りしめ、同時に声色も強めてさらに言葉を紡いでいく。


「だから……それによって犯した俺の罪は消えない。俺は人を殺した、何人も、良かれと思って殺したのだ。罪を償う事など出来はしない」


「だから今ここで俺を道連れにして共に心中するか?」


「それが、せめてもの償いになるのなら」


「くだらんな」


 『罪を喰らう者クライム・イーター』の言葉を真っ向から否定し、『何か』は自身の考えを正面から『罪を喰らう者クライム・イーター』にぶつけだす。


「罪?罰?そんなもの俺の片割れが口にするな。反吐が出る。そう気負うな。心ゆくまでに人を殺せばいい。そんな罪なんぞに縛られているから貴様は弱いのだ。一度犯した罪が消えないのなら全て踏みにじれ。全ての罪を蹂躙せよ。それが俺の片割れとして生きる貴様の使命だ」


「俺は、最後ぐらい俺であるために戦う。それが俺の使命だ」


 『何か』は諦めたように両手を若干折り曲げて小さなため息を吐いた。

 同時に『何か』は魔力を高めつつ話し合いを半ば強制的に終わらせる。


「まあよい、俺に意見するものは全員死ねば良かろうて」


 軽く放たれた言葉に『罪を喰らう者クライム・イーター』も戦闘態勢に入り、腰を低くしていつでも行動できるような獣じみた姿勢を取った。


「死の覚悟は良いな贋作?片割れ風情が俺に口出しをした事を死を持って後悔させてやろう」


 そして、フィールドに再び地獄が訪れる────


 『何か』は魔力を高濃度に圧縮させ、まるでこのフィールドを地獄に変えた極大魔術のような魔力を展開させる。

 同時に『罪を喰らう者クライム・イーター』も衝撃に備えて魔力を循環させ、同時に近くにいたラックに話を持ちかけた。


「転生者よ、その女神を連れて離れていろ」


「言われなくても逃げるよ」


 ラックはすぐに女神を背負い、その場から走り去って行った。


「何、そう構えるな。小手調べに過ぎん」


 次の瞬間、『何か』の手の先に魔力が高濃度に圧縮されたかと思えばその魔力は邪悪な光を帯びてまるで無限に伸びる槍のように一直線に『罪を喰らう者クライム・イーター』の元へと伸びた。


 ────速いな……!


 直ぐに『罪を喰らう者クライム・イーター』は横に身を躱し、なんとか槍を避けるが『何か』は隙を与えず第二撃を繰り出す。

 『何か』は『罪を喰らう者クライム・イーター』のふところに一瞬で潜り込み右手の拳をそのはらわたに打ち込もうとしていた。


 ────グッ!


 『罪を喰らう者クライム・イーター』は避ける事は無理だと察し、瞬時に腹に力を集中させ、魔力の防壁すらも簡易的でその場凌ぎに過ぎないが展開させる。

 しかしその拳は容易に────


 『罪を喰らう者クライム・イーター』は軽々と十メートルは衝撃によって吹き飛ばされ、地面に身体を抉らせた。

 衝撃によって内臓部位にも多大なダメージが入り込み、思わず『罪を喰らう者クライム・イーター』は血を吐き出すが再び立ち上がり『何か』を見つめる。

 そして、反撃の一手を思考する。


 ────速さでは勝てない。


 ────俺は、何を使えばあのオリジナルの化け物に勝てる?




 ────俺は、どうすれば俺を証明できる?



「考え事か?余裕だな」


 刹那、本当に一瞬で『何か』が視界の目の前に現れた。

 さらにその『何か』の身体は視界に映る限りは足が大部分であり『罪を喰らう者クライム・イーター』が『何か』を認知した時には既に『罪を喰らう者クライム・イーター』は強い衝撃と共に宙を舞っていた。


 そして宙を舞う最中にも『何か』は立て続けに攻撃を繰り出してくる。

 上から一撃、下に落ちる所を下から蹴り上げる。そして次は右側から拳を入れられ左側に────


 止まる事のない拳は『罪を喰らう者クライム・イーター』に思考の隙を与えず、『罪を喰らう者クライム・イーター』はまるで雑なダンスを踊らさせる糸人形のように宙を舞っていた。

 そして最後に一際強い蹴りが振り切られ、『罪を喰らう者クライム・イーター』の身体はようやく地面に着いた。


「どうだ?勝てる気がまだしているか?」


 『何か』はケラケラと笑いながら蹴り飛ばした方向に目を向ける。

 するとそこには二本の足でしっかりと立っている『罪を喰らう者クライム・イーター』の姿があった。


 ────つくづくしゃくに触る贋作だな。


 『何か』はこちらを睨みつける『罪を喰らう者クライム・イーター』の目を見て心の中で若干苛立たしげな感想を抱きながらある人物への想いを馳せる。


 ────決心が付いた目はリューア思い出させる……心底腹立たしい。


 かつての友であり、最後の敵であるリューアに『罪を喰らう者クライム・イーター』の目を重ねて『何か』は足を再び『罪を喰らう者クライム・イーター』に向ける。


 ────あの目は、潰さなければ気が済まない。


 そして、再び『何か』は大きく跳躍し『罪を喰らう者クライム・イーター』の場所へ向かった。

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