第39話 回天之力


 フィールドにて────


 ラーゼの身体を乗っ取った『何か』の言葉により、辺りの者全員が更に警戒心を強めていく。

 しかし警戒する反面、辺りの者達は誰も動こうとしない────


「何だ何だ逃げ惑って良いのだぞ?どうせ殺されるのだから芸を見せてみよ」


 ────うるせえ……動けねえんだよ!


 獣人であるフリークはそんな『何か』を見つめながら逃げなければ確実に殺されると言う確信を持ちつつもその足は恐怖によってすくみ、動く事を良しとされていなかった。

 それは周りの人物も同じである。


 和馬かずまも同じであり、本心では今すぐ離れなければと本能的に気付いていても呼吸をすることすらはばかられている状態であった。


 そして『何か』の目の前に膝をついている『罪を喰らう者クライム・イーター』もまた得体の知れない魔力に気を当てられ立つ事すら出来ない状態であった。


 圧倒的な強者を前にした時に垣間見える人間の『弱さ』。これを見て『何か』は笑い、笑い、笑っていく────


「いいぞ道化どうけどもよ!それ程の憂懼ゆうくを向けられるのは一周回って気持ちが良い!」


 開いていた両の腕を更に開き、喜びを身体全体で表現する『何か』の行動に更に周りは恐怖を覚える。

 そして、『何か』は行動を開始する────


「時間的にリューアに会いにいくのは時間の無駄だな。やはり久々に殺傷をたのしむとするか」


 次の瞬間、膝をついてただ『何か』を見つめていた『罪を喰らう者クライム・イーター』の身体が激しい衝撃音と共に宙に舞った────


 ────グッ……!!!


 あまりに唐突な衝撃に『罪を喰らう者クライム・イーター』は思わず歯を食いしばるがすぐさま空中だというのに第二の衝撃が走る。


 今度は背中から地面に落とす様な蹴り落としを喰らい瞬く間に『罪を喰らう者クライム・イーター』の身体は地面に叩きつけられる。


「俺と同じ血を何故持っているのかはわからないが弱いな。血が入ってるのだからこれから俺のが多少使えるようになるだろうとしても基礎がこの程度では先が思いやれるな」


「何の事だ……」


 血の事や魔術の上位の存在、『魔法』について口をした『何か』に痛みを我慢しながら質問をするが『何か』は心底不思議そうな顔をして言葉を紡ぐ。


「俺の血の事を知らないのか?無礼者とののしりたい所だが……まあ良い。いつかわかるであろう。今の俺は機嫌が良い。お前は俺の攻撃に耐えた。気に入ったぞ!取り敢えず後回しだ」


 『罪を喰らう者クライム・イーター』を一先ず置いて次の標的を探す。


「そうだな、遠くの安全地帯から覗きを働く不埒ふらち者を殺しにいくか」


 『何か』は大きく空中に跳躍し、ラックの方を見定める────



 ────やばいな……


 ラックはすぐさま自分の居場所がバレたと悟りスナイパーライフルを構えるが『何か』にはそんなものは玩具おもちゃに過ぎない。

 ラックによってすぐさま放たれた弾丸を『何か』はまるではえでも叩くかの奴に片手で撃ち払い薄笑みを浮かべてラックを見つめる。


「何だよどいつもこいつも!」


 ラックはすぐさま森の奥深くに入り込むが『何か』にとってそんな行動は延命処置に過ぎない。


「木々に隠れるなら木々を丸ごと消してやろう」


 『何か』は空中で右腕を地面にかざし、呪文を口にする────



「我がかいなは星を撃ち墜とす幻想の腕なり」


 呪文を口にすると同時に『何か』の手の先には高濃度の魔力が溜まり始め徐々に淡い光を帯びていく。


「この身体じゃ精々出せて二十パーセントか……」


 『何か』は自嘲的な言葉を浮かべながらも常人では比べる事すら烏滸おこがましい程の魔力量を纏っている。

 そしてその魔力は満を辞して放たれる────


「彗星魔術『星を撃ブレイク・ち砕く青碧ジオグラフィック』」


 空中に星を纏う水色の光が舞う。

 淡い光を空に残しながら堕ちるソレは綺麗で、美しくそして────この世の何よりも恐ろしいモノだった。


「はぁ!?何だよあれ!?」


「あんなの……どうすれば……」


 フィールド地上。

 フリークと和馬はその光を見て全身に冷や汗を走らせる。

 どうしようも無い絶望。

 どうしようも無い恐怖が汗となって身体を駆け巡る。


 それは他の者も同じであり────


「何……アレ……」


 女神は今にも泣き出しそうな顔で空から堕ちてくる怪しい美しさを纏った星を見ている。

 星の威圧によって足がすくんで動けない彼女はやがて膝を突き、生を諦める────


「ハハハッ!!!さあどう足掻く!」


 上で笑う『何か』を見てラックは半ば諦めた様な表情を露わにし、空を見上げる。


 ────あぁ、運が無いな。


 そんな事を思いつつこのフィールドを焼き尽くすであろう星を見て死への覚悟を決める。


 ────また転生……なんて事は出来ないよなあ。


 ────ほんと、運が無い。


 半ば隕石となって堕ちる星の熱が地面に届き始める頃。

 誰もが死を覚悟し、立ち竦む中。


「死なせない!!!」


 一人の少年だけが命を守ろうと動いていた。


 そして星が地面に衝突する────

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