第8話 Fierce


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 かつて、この世界には魔王が居た。

 そう居たのだ。

 この世界に伝染病や災害などの厄災を際限なく振り撒いていた存在が。

 しかし文字通り今は居ない。

 ある日突如として現れた人間が全てを奪い去ったのだから。


「君が魔王?魔王だよね!見た目がもう見るからにRPGゲームの魔王だもん!」

 緊張感の欠片も無く響く男の声。

 その声の主は何の警戒もせず、無鉄砲にこの世界を陥れている魔王に近づいて行く。


「貴様、何者だ」


「俺?一週間前ぐらいにこの世界に飛ばされたんだけどさ、な〜んかお世話になった村が魔王様が振り巻いた病気かなんかで苦しめられてるから倒しに来たんだ!」


 「この世界に飛ばされた」という不可解な言葉に魔王は怪訝な表情を浮かべながらも自身の持つ杖に魔力を込めた。

 よくよく考えみれば自分の場所に来る前に部下達が見張っていたのでは無いのか、部下達は何をしているのかという疑問が魔王の警戒心を高めたのである。


 極め付けはこの男が声を発するまで気配にすら気付かなかった事である。


 魔王の警戒心は本能的に高くなって行く。


 この得体の知れない男は何かを仕出かす存在だと────


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 その後、数十分に渡り勝負は行われたが、意外にも世界の命運を掛けた戦いは簡単に決着が付いた。

 勝利の女神は転生者にその軍配を挙げたのだ。


「貴様……その力はなんだ……?」


 死に行く最中、魔王は自信を見下す男へ質問をした。

 明らかに歪で、まさしく『チート』という言葉が似合い過ぎる男の力に魔王は畏怖の感情と同時に悔しいが興味を惹かれていたのだ。


 転生者が行ったのは自身の奥の手とも言える、天地開闢、この世の森羅万象を操る力をと言う行為。


 そのスキルが発動してからは実に勝負は簡単に付いてしまった。

 しかし、簡単とはいえその力の強大さ故なのか魔王が居た城はほぼ倒壊し、空も未だに魔王の力によって立ち込めた黒雲が太陽の輝きを隠している。

 そんな状況の中でも転生者は何処か飄々とした態度で魔王へ言葉を語りかけていた。


「スキル名は『盗使スティール』。文字通り能力を盗むって力だよ。弱点は無きにしも在らずって感じなんだけどまあ初見殺し能力だから見破られるわけないかな!」


 ポケットに両腕を突っ込み、明らかに勝負の勝ちを確信した転生者は一歩ずつ魔王の方へ足を向かわせる。


「二日前ぐらいに思い浮かんだんだよね!いや〜魔王にも通じるならいよいよこの世界の最強になれそうだよ、ラノベ主人公万歳ってね!」


 魔王にとっては訳の分からない単語も混じっているがそれでも自身の耳に確かに聞こえた「二日前ぐらいに思い浮かんだ」という言葉が魔王の口元を歪めた。


 魔王に初めて生まれた『敵わない』という概念。


 その感情が魔王の口元に歪みとして露わになっていた。


 ただただその理不尽さに笑う────笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、そして、悔しさを込めてその歪んだ口元を強く噛んだ。


「うわぁ、不気味だなあ。でもその方が魔王らしさはあるよね!いい経験ができた!ありがとう!」


 尚も転生者は敵に敬意を払う事などせずに魔王の感情を踏み潰し、転生者は魔王の命を刈り取った。

 転生者はその日からこの世界における光になった。


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 明らかに、勝負は転生者が有利な形で運ばれていた。


 本来『罪を喰らう者クライム・イーター』が持っていたはずの圧倒的なスピードに乗せられ繰り出される拳は一撃、一撃が深いダメージを確実に与えて行った。


 しかし、『罪を喰らう者クライム・イーター』もただただその打撃を受けるわけでは無い。


 持ち前の戦闘センスに身を委ね、集中力を打撃を喰らう度に深く、深く、そして鋭く尖らせていく。


 『罪を喰らう者クライム・イーター』は魔力が無しでも圧倒的な筋力と瞬発力を持ち合わせているため先程までとは行かないが攻撃を人間離れしたスピードで交わす事は出来る。今こそ転生者にスピードを奪われ防戦一方だが、時期にその目は


 よく見ると転生者の動きにはスピードと自身の与えられた力に甘んじたいい加減なあらの目立つ動きが見受けられた。

 『罪を喰らう者クライム・イーター』は勿論それを逃す事などせずに攻撃を喰らう度にその攻撃に順応し始めていた。


 そして次の瞬間、転生者が奪った力を使役し、踏み込んだ瞬間拳が通る位置を予め予想し、そして次の攻撃の動きも予想した上で身体を横へ捻った。


 『罪を喰らう者クライム・イーター』の予想は敵中し、転生者の打撃は見事にかわされた。


 ────何!?


 転生者は思わず今起こった事柄に驚きを心の中で露わにするが、すぐさまにたまたまだと割り切り『罪を喰らう者クライム・イーター』に振り返り、に殴りかかった。


 そう、この粗を『罪を喰らう者クライム・イーター』は予想していたのだった。


 次の動きすらも予想し捻った身体はすぐさま再び避ける態勢に入ると同時に反撃の態勢を整えていた。


 真っ直ぐに向かってくる敵のレール上に拳を振りかざし、正面から向かい打つ構え。『罪を喰らう者クライム・イーター』は再びノコノコと向かいくる転生者へ向けて自らの怒りを込めた拳を確かに振りかざしたのだ。


 しかし、その手応えはあまりにも────


 ────クソッ!成る程な!


 拳が転生者の顔に触れようかという瞬間、転生者の実体が消え、その身体はモヤの様なものに変わり『罪を喰らう者クライム・イーター』を包んだ。


「スキル『幻影』+『盗使スティール』+『雷雲』。うまくいったみたいで安心したよ」


 モヤの何処かから響く転生者の声。


 その声にすぐさま『罪を喰らう者クライム・イーター』は警戒心を高め、同時に『雷雲』などと言う物騒な言葉が聞こえた為、衝撃に備えて一瞬でその身をこわらせた。


 『罪を喰らう者クライム・イーター』の予想通り、次の瞬間には雷の様な光と共に電撃という名の衝撃が身体を走った。


「クッ……!!!」


 身を硬らせた所で、痛みは体内を走るのでその行為は形に過ぎず、確かな痛みという名の実感が身体を駆け巡る。


 モヤが離れた後、転生者は身体を実体に戻し、少し距離を置いた場所へその身を下ろした。


「これで死んでくれれば楽なんだがな」

 半ば希望を交えて呟いた言葉。

 しかし、転生者の予想通り『罪を喰らう者クライム・イーター』は未だに息をしていた。


 最もそれは『虫の息』というものなのだが。


 電撃により黒く焦げた豪傑を思わせる皮膚からは血と共に煙が漂い、痛々しさをこれでもかと言うほど体現している。

 しかし、息は未だに途絶えることをしない。


 『罪を喰らう者クライム・イーター』は大きく息を吸い呼吸を整えると同時にある考えを巡らせた。


 ────此奴は、どうやら出し惜しみなどをして勝てる相手ではなかった様だ。


 そして、静かにある言葉を紡ぐ。


 それはこの世界に産まれ落ちた神の力に取って変わる……否、消す為に男が生み出したほんののみ許される奥の手。


「モードチェンジ『神の座を喰らう者オルタナティブ』」

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