第2話 勇者ガーネット

「――ったくよぉおおおおっ、冗談じゃねーぞ、ボケてんじゃねーのかあの国王ジジイはっ⁉ なぁあああにが、『倒してまいれっ‼』だよっ、知るか、ボケッ、テメーで何とかしろってんだよ‼」


 無事(?)国王ジジイとの謁見を終えた俺は城下町にある行きつけの酒場へと直行するなり、駆けつけ三杯ってな具合に大ジョッキのウェェルをあおると国王ジジイへのイラつきを周囲へとブチまけていた。


「んぐ、んぐ、んぐ……――? チッ、もう空になっちまったい……。おう、ミランダッ、ウェェル大ジョッキ追加だっ‼」


 そんな俺の声に応えるように、店の奥から紫色の髪をした、出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んだそんじょそこいらの小娘にはない大人の色香ってヤツ漂わせた美女が大ジョッキ片手に俺の席までやってきた。


「どうしたんだい、ガーネット。いつになく荒れてるじゃあないか」


 そういってウェェルがなみなみと注がれた大ジョッキを俺の前へと置くなり自らも隣の席へと腰を下ろしていく。


「あ~~~ん? って、おうっ‼ よくぞ聞いてくれたぜ、ミランダッ‼ 実はよぉ~……――」


 俺は城でのあらましをミランダに言って聞かせた。


「――……そいつはまた……。えらく厄介なことを申し付かったもんだねぇ……」

「ほぉ~、のらりくらり王の命を躱し続けてきたガーネットにも、ついに年貢の納め時ってヤツがやってきたってことか?」

「ちげーねぇ。ま、コレも勇者さまの宿命だと思って諦めるんだな♪ ギャハハハハッ♪」


 と、すぐ脇で話を訊いていた野次馬どもが俺たちの会話に割り込んできやがった。

 チッ、どいつもこいつも他人事だと思って勝手なことばかり抜かしやがって……。


「しかし実際のところ、どうするんだい、ガーネット? 王の命に従って魔王退治の旅に出るつもりかい?」

「ハァ~~~ッ? 行くわけねーだろ、何で俺がんなことしなきゃならねーんだよっ⁉ それに、オイッ、皆もちょっと見てくれよっ⁉ 餞別だと抜かして、この国の王が俺に包んできたのがコレだぞっ⁉」


 そう言って再び込み上げてくる怒りとともに帰りがけに渡された袋の中身をテーブルの上へとぶちまけていく。


 チャリリリ~~ン……。


 何とも頼りなさげな音とともにみんなの視線がテーブルへと集まっていく。


「「「「「ハァ~~!? 50ラピカ!? たったコレだけぇ!?」」」」」


 テーブルには50ラピカの現金だけ転がっていて……。


「おうよ! 後にも先にもこんだけだっ‼ ったくよぉ~、あんのクソジジイッ‼ ガキの小遣いでもあるまいし……。国王アイツ絶対ボケが始まってんぜ!? なぁ、オメーらもそう思うだろうが‼」

「フ~~ン、で、そこにあるのは一体どうしたんだい?」


 憤慨する俺を余所に、あくまでも冷静にミランダが壁側にそっと置かれた物体について質問してきた。

 そこには大きな風呂敷袋に強引に包まれた絵画だの壺だの、その他諸々の美術品やら何やらが雑多に詰め込まれていて……。


「ああ、こりゃあ帰る途中、城の廊下に飾ってあった調度品とかをお土産代わりに幾つかくすねてきた代物だよ。ホントはもっと持ってきたかったんだけどな、流石に一人じゃあ無理だったわ……」


 悪びれることもなくそういう俺。フン、俺の貴重な時間を態々わざわざあんな下らないことに割いてやったんだ。これでも安いくらいだぜ……。


「ともかくよぉ~、本気で魔王を倒してーってんなら、それこそ国中から金かき集めてソレを持ってきた上で俺に依頼してこいってんだ。それと全軍の指揮権も俺によこしやがれってんだよっ‼ 先ずはそっからだろーが、違うかっ⁉」


 憤慨する俺にミランダの笑みがこぼれる。


「フフフ、でももし本当にそんなことになってもどうせアンタは引き受けやしないんだろ?」

「あったりめーだろ? なんで俺がそんなめんどくせーことしなきゃならねーんだよ?」


 そういうと俺は再びウェェルの入った大ジョッキへと手を伸ばしていく。


「んぐ、んぐ、んぐ……――プッハァアアアアアアアアッ、くぅ~~、うめえぇ♪」


 やっぱ、仕事(?)の後の一杯はこたえらんねーな♪


「それによぉ~、魔王なんてどこに住んでんのかも知らねーのに何でこの俺が態々わざわざ苦労してまで会いにいってやらなきゃならねーんだよ? それも自腹でっ‼」


「だけどよぉ~、ガーネット。国王様に直々に命令を下されたんじゃ流石に今までみたいに無視するってのは不味いんじゃねーかな?」

「あ~~~ん? 別に何もしねーとは言ってねーだろ? それに、いついつまでに倒せなんて期限があるわけじゃあるまいし……。それに魔王軍ヤツらだって人間を滅ぼすためにドンドン色んな国を攻め滅ぼしてるって話じゃねーか……。だったら態々わざわざコチラから出向いたりしなくてもいつかは向こうの方からここまでやってくるんじゃねーの?」


 あっけらかんと喋る俺に対し、


「おいおい、ガーネット……。そん時にゃあ、俺たちゃあ魔王軍に殺されちまうじゃねーかよ?」


「あ~~~ん? おうおう、よえー奴は勝手に死んどけっ‼ それに人間、どーせいつかは死ぬんだし、遅いか早いかくらいのもんだろ? その死に方だって病気で死ぬのも事故で死ぬのも魔物に殺されて死ぬのも大して違いはねーだろ? 結局どれも同じ死じゃねーかよ? だったらその時が来るまで精々楽しくすごそーじゃねーか、オラ、そうと決まったら乾杯しようぜ、かんぱぁ~~~いっ♪」


 そう言ってウェェルの入った大ジョッキ片手に皆に声をかけていく。


「「「「「……………………」」」」」


 そんな俺の考えに一瞬だけ不安そうな表情を見せた奴らだったが、


「ま、それもそうだなっ? そうと決まったら、今日を生きていられ、美味い酒が飲めることに――」


「「「「「かんぱぁ~~~~い♪」」」」」


 ガッチーーーン♪


 と勢いよくジョッキのぶつかる音が響いていく。


「おう、ドンドン飲めってんだ、コンチクショーッ‼ 今日の払いは全部、テメーらの奢りだっ‼」

「「「「「ふざけんなっ‼ ギャハハハハハハハハッ♪」」」」」


 そこからは飲めや歌えのどんちゃん騒ぎへ突入していった。


 と、そんな中、隣に座っているミランダにだけ聞こえる声で俺は呟いた。


「あ、でもよ、ミランダ。この酒場だけは例えこの国が滅ぼされようとも護り抜いてやっからよっ♪ 安心していいぜ」

「……………」


 俺のそんな台詞に一瞬キョトンとしたそんな表情を見せるも、すぐさまいつもの顔へと戻るや、


「フフ、そいつありがとよ、期待してるよガーネット」

「おう、任しとけってんだよ♪」


 そんな彼女にニヤリと笑顔で応えるや、俺はウェェルが並々注がれた大ジョッキを豪快にあおっていった――。

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