【夢見る巡査】

カクヨム誕生祭2021、お題二回目「走る」2分程で読める短編です。


警察学校を出て田舎の派出所へと

配属された巡査のお話。


※この物語はフィクションです。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「止めろ!止めるんだ!包丁を地面に置いて

人質を解放するんだ!わかったか?」


相手は沈黙を貫いたまま

こちらを睨み付けている…。


「君、まだ若いじゃないか?今過ちを犯さなかったら、これからいくらだって人生やり直せるんだ、わかるか?とにかく落ち着け!

これ以上抵抗するようだと、私はお前をこの拳銃で撃つことになってしまう。それだけはさせないでくれ!」


私の必死の説得にも耳を貸さず犯人は

無表情のまま、人質の胸を目掛けて包丁を

振り下ろそうとした。もう駄目だ…


パーン!

私は携帯していた銃の引き金を引いた。

乾いた銃声が、昼間の住宅街に響き渡る。

騒ぎを聞きつけて集まっていた野次馬達の悲鳴、銃声を聞き逃げ惑う人々。

腹から真っ赤な血を流し、アスファルトの上に倒れる犯人。まさに、地獄絵図とはこのことだ。俺は犯人に駆け寄り脈を確かめると

救急車の要請を相棒に伝えた。


※※※※※


『はっ…またこの夢か…最近こんな夢ばかり見るなんて俺は事件に飢えているのか…?』


後味の悪い夢を見てしまった所為で食欲を失くした俺は、薄いトーストとコーヒーだけという簡単な朝食を済ませ、制服に着替えて

徒歩一分の職場へと向かった。

地方のそれも、超の付くような田舎の村の

警察官、それが俺の職業だ。

警察学校を卒業し、初めての赴任先であるこの田舎村は平和を絵に描いたような場所で凶悪な事件などが起きることもない。


最近の俺の仕事と言えば…


『はい、派出所の山本です。え?行方不明?誰が行方不明なんですか?落ち着いて詳しく話して下さい!はい…、え?女の子が昨夜から帰って来ない?年齢は?5歳の女の子で、茶色と白の服装なんですね?わかりました。今すぐ向かいます。』


いつもの愛車(カブ)に股がり、目的地へとひた走る。いなくなったと言われた場所へ到着すると、古びた神社だった。

電話をかけてきた人なのだろうか?

お婆さんが鳥居の所に立ち、こちらに向かって手招きをしている。


"こっちこっちお巡りさん!あのね、

さっき見つかったのよ私の鈴ちゃん!"


え?…鈴ちゃん?

お婆さんに近寄ると、茶色と白の

小さな猫を抱いていた。

茶色と白だと…?まさか…


"お巡りさんが来る少し前にね、茂みからガサガサ音が聞こえてくるな?と思ったのよ。それで見に行ったらほら!帰ってきたの!"


俺の予感は当たった。

茶色と白の5歳の女の子…


『猫かぁ~い!!』

俺は天を扇ぎながら思わず声を出していた。


こんな事件は日常茶飯事だ。

また別の日には…


"お、お巡りさん!すぐに来てくれよ!

私の大切な金が、無いんだよ!"


かなり焦りながら電話をかけてきた

近くに住む老人。


『え?金がですか?部屋を荒らされた形跡はありましたか?すぐに向かいますから、現場を荒らさないように待っていてください!』


急いで相棒に股がり駆け付けた一軒の民家。


ピンポーン!

『山本です、ご主人は居ますか?』


"あぁーお巡りさん、わざわざご苦労様。

なんか御用ですかな?"


『え?先程お電話頂きましたよね?

それより無くなった金なんですが、

いつまであったか記憶はありますか?』


"え?金?あー、そういえば電話した…?

いや~その~…あれね?電話を切った後に台所を探したんだよ。そしたらこの通り!せっかくきてくれたのに悪かったね~?"


お爺さんは自慢げに開いた口の、

輝く金色の歯を指指している。


またか…。

下を向いて苦笑いを浮かべている俺の様子を知ってか知らずか、電話の主は悪びれることもなく


"いや~お巡りさん、俺が言ったのは金歯だよ、金歯!いやー見つかって本当良かったよ!無きゃ飯すら食べれないからね~?お巡りさんもそう思うでしょ~?"


『金歯…確かに金には間違いないが…。』


村の平和が守られているということに関して言えば、俺は忠実に警察官という職務を遂行しているのだろう。しかし、このような日々を過ごしていくにつれ、勧善懲悪の世界を思い描いて飛び込んだ警察官という仕事のイメージが音を立てて崩れて行く。

きっと平和ボケしないように、あのような凶悪な夢をみて自分を戒めているのかもしれないな。


そんなことを考えながら派出所へと戻ると

留守電にメッセージが残されていた。


またか…という頭が無いわけではないが

長い警察官人生は始まったばかり!

影で村の人達が俺のことを"何でも屋"と

呼んでいることも知っている。

しかしそんなことはどうでもいいのだ!

事件に大きいも小さいもない!気持ちを切り替えると、いつものように相棒に股がり、

電話の主の元へと安全運転でひた走る。


今回の現場は、電話の主の畑。

俺は相手が落ち着いて状況を話せるように

優しい声で話かけることにした。


『電話をくれたのは、お婆ちゃんかな~?』


"もー、何回も電話したんだよ~?朝起きて、いつものように家のそばの畑に行ったんだよ、そしたらこれ!見てくれよ!何者かに畑が荒らされていて、野菜がぐちゃぐちゃになっていたんだよ~!お巡りさん、これは事件だろう?"


確かにお婆さんの言っていることに間違いはないが、地面には三本足の小さな足跡が無数に残されていた。


『うん、イノシシ!!』


付近の猟友会を紹介し、害獣避けフェンスが売っている店を探してあげて一件落着。

ため息混じりに愛車を運転して派出所へと戻る。すると留守電にまた一件の新しいメッセージが、入っているではないか…。


"またか?"と苦笑いを浮かべながら

再生ボタンを押す。

すると、録音されていた声は今までの老人達とは違う、聞いただけで何か背筋がピンと伸びてしまうようなものだった。

そう、警察学校で何度も聞いたことのある

一般人とは何か違う張りのある声。


【私は警視庁の◯◯だが、山本巡査に

大切な話がある。後日改めて伺う。以上】


メッセージを聞き終えた俺は叫んだ!


『これ…夢じゃないよな!』


街の平和と、自分の夢に向かって

今日も走り続ける。


「はい!今から伺います!私、山本です。」

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