君とみた理想郷

夢心地

第1話 春風の記憶

電車が止まるたびこれでもかと人が押し寄せてきた。


人と人は密着し足の踏み場を見失えばバランスを失いなこの状況。


各々人生があり、悩みがあり、信じるものがあるんだろうが、そこに押し込められる姿は

まるで、人という名の植物。

意思もなく、ただ身を委ね、時折車窓に映し出される植物たちの目は虚ろだった。


こんな苦痛な通勤をしてもう、5年。

よくある朝の一コマだが、ショウタは我ながらよくやるなと自画自賛していた。

といっても、欲もなく意思もなく、見えない社会のルールの中で生きる事に安心していたし、社会の一つの歯車になれてる事に不満はなかった。

ただ、時々、この窮屈な社会に嫌気がさして人並みを逆走する客観視した自分を少し大事にしたいとも思っていた。



そんな揺られる電車の中で思い出していた。


10歳の春休みの不思議な体験を。

薄れかけていく記憶の中でも、あの感覚だけは忘れない。

窮屈なこの生活を感じるたびに必ずといっていいほどフラッシュバックされた。

記憶の中の理想郷。


春休み学校がなければ、友達と約束して公園で遊ぶのが世の中の普通というもの。

友達のいなかったショウタには退屈で、寂しさだけが強調される居心地の悪い時間だった。


その日も母親は朝から仕事へ。頼まれた洗濯物を不器用に干していた。ジグザグでシワだらけだったけど、10歳の男の子にしては充分すぎるほど、手馴れていた。

洗濯をすませると、朝ごはんにありつく。ぱんをトーストしてコップに牛乳を注いだ。


洗濯の香りとともに生暖かい風が吹き抜けた。

築年数の古い団地の小さなベランダからは、建物と見合わないほどの広大な裏庭が見渡せた。生きた雑草達は思う存分葉を揺らしている。


ただ、ただ穏やかな春の日。

難しいことを考えなければ、暖かな日差しの下で一日すごせそうなものだった。


テレビをつけるとパンを頬張る。

天気予報では

春一番が吹き荒れる予想と春一番の言葉の由来を解説していた。ふと外を見ると、さっき干した洗濯物がこれでもかと激しく暴れていた。

どのチャンネルも興味を掻き立てられることなく、投げやりにテレビをけした。

ショウタは、母子家庭ということもあり裕福でない。同じ年代の子供が持つようなゲームは、持っていなかった。

ゲームを持っていないせいか、あるいわショウタ自身に劣等感があったからか友達と呼べる子はいなかった。

身長は平均的だが、細身でサラッと伸びた髪の毛は切れ長の目を隠してた。


去年、始業式を終え5月手前にこの街に引っ越して来た。公営団地に入居できるようになったからだ。

引っ越して来た団地は同じ年代の子はおらず、ほとんどが高齢の1人住まいだった。

日本の高齢化現象をまさに象徴していた。

中途半端な時期に引っ越して来たのもあって、クラスの子は大抵、仲の良いお友達がいて、もともと自己主張する方でなかったショウタは特別目をつけられることもなく、クラスの一部として馴染んだが放課後遊べるような友達はできなかった。


ひどくつまらないけど、いじめをうけることもなく。強い苦痛をしい要られるわけでもなかったので、でごくごく普通に存在する、椅子と机のように、教室で息をする為だけに学校に通った。


最初あった孤独感もいつしかそれに慣れていく自分を感じた。


そんなショウタにとって、春休みや夏休みなどの長期のお休みはは退屈そのものだった。

転校してきた為に学童には入れず(空きがなかった。)

朝から晩まで働く母に、どこか連れて行って欲しいという甘えは胸の奥に押し殺した。

寂しいという本音の中にショウタ取り巻く現実が声にすることを許さなかった。




洗濯物が風にとばされた。ショウタの白いシャツは風と一体となり一瞬のうちにまきあがった。

あっ!

すぐさまそのシャツの行方を追うべくベランダへでた。

シャツは巻き上げられたあと、裏庭の奥へ追いやられたのち時間をかけてゆらゆらと落ちていった。

緑の生い茂る裏庭にシャツはここだよといわんびかに主張した。

ショウタは衝動的に家を飛び出しシャツを取りに行った。

特段大事にしているシャツではないけど、後回しにする理由もなかったからだ。

ショウタはの住む301から309号室まで無機質に扉が並ぶ。

いつも使う階段とは反対の階段を駆け下りる

同じ作りなのに光の入らない裏階段。陰湿なコケ臭さは、別世界へ通じる導線のように、異質だった。


建物の裏へ回る。

ひっそりと住民の使う木のベンチ見えたが、いつから使っていないのだろう。雑草でうもれていた。


ただ、車が通る公道からは死界でほとんど人目も付かない裏庭に吹き抜ける風は爽快だった。

シャツを見つけてすぐに帰るはずだったのに、1人の少年が目についた。

太陽を浴びるその髪は茶色に光っていた。

年は同じくらいか、色は白く日本人離れした容姿は異世界からの訪問者のようにも感じた。

それが彼との出会いだった。

その少年も何か探し物をしているようだった。

気がつけば、なぜかその少年とショウタは一緒にいた。お互いを意識しあっていたがそこには威嚇や、軽蔑はなかった。

チラチラと目を合わし、次第にちょっかいを出し合って笑った。

そして春一番はふたりを激しく撫でた。

ショウタは、その少年の前髪の奥に時折覗く瞳が今日空より青く澄んでいることを知った。

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