『同族』
「飯屋の令嬢との喧嘩は終わったのかい?」
スターチスから何気なく問われた質問は、くしくも俺が話したい内容そのものだった。突拍子もない問いに一瞬珈琲を喉に詰まらせかけたが、すんでの所で留めた。
「どうしてそれを……」
「街じゃ有名な話さ」
スターチスはプリンを一口頬張る。
「この街の人間は、みんなあの飯屋が好きなんだ。何か起きれば、誰かが察する」
「それは何とも……恥ずかしい話だ」
俺とメリアのことを、客はみんな気付いていたのか。
……まぁ、そうだろうな。あれだけあからさまに動揺されれば、いくら取り繕ってもボロが出る。
「だが、あの店が愛されているのは嬉しい話だ」
「あぁ、それは保証する」
小瓶の底のプリンをかき集めながら、スターチスは頷いた。
「俺も同居人も、あそこの飯も人も嫌いじゃない。こんな見た目の俺がいても嫌な目をしないし、同居人に対しても良い接客をしてくれる」
「当然だ。うちの店は全てにおいてレベルが高いからな」
つい嬉しくなって、声が大きくなった。
スターチスは小さく笑いながら、最後の一口を口に入れた。
「『うちの店』か」
「わ、悪いかよ」
「いいや。尚更、あの飯屋が好きになっただけさ」
スターチスは、珈琲で唇を濡らした。プリンにさぞ満足したのだろう。空になった小瓶を寂しげに手で弄んでいる。
「……美味いものは、すぐに無くなるからつまらん」
低くて渋い声で、なんて可愛いことを言っているんだ。
「プリンは沢山買ってあるから、もう一個くらい食べても良いんじゃないか?」
「だが、同居人も食べるだろうし……」
「同居人の分はしっかり残せばいい。だろ?」
「……お前はなんとも柔軟性のあるアンドロイドなんだな」
微かな罪悪感が残っていそうなスターチスは、悩む表情をしながらも、けっこう軽快な足取りで冷蔵庫に向かい、プリンを二つ取り出して持ってきた。
「そんなに食べるのか?」
「お前の分だ」
スターチスは俺の前にもプリンを置き、小さく微笑んだ。
「これで同罪だ」
「……だな」
俺はそれを受け取り、自分の方へ引き寄せた。
「それほど柔軟な思考があれば、他者との喧嘩なんて簡単に回避できるだろう。なぜ困っている」
ペリッと小瓶の蓋を開ける。スターチスの頬がショートして火花が散る。
「う~ん……」
なんと説明すればいいのだろうか。
返事をする前に、珈琲を口に含むことで時間を稼いだ。
そもそもこうなっている理由が『俺が人間より強い力を持つアンドロイドだから』という以上、俺の存在が罪であることを口外しなければならない。だが、それを平気で受け入れる者は少ないどころか、いないのかもしれない。
レストランの人達はそこも受け入れてくれたが、それはあくまで内輪の話。部外者に言っても良いものではないはず。
「詳細は難しくて省くが……メリアが、俺のことを心配し過ぎているんだ。俺はまだ起動して一週間くらいしか経っていないアンドロイドだから」
力の話は抜いて、なるべく嘘の無いように伝えた。
スターチスもそれを聞いて、何度か頷いて見せた。
「なるほど。だが、それなら初めから関係性に問題があるはずだろう。なぜ後から心配になり始めたんだ?」
「えっと……最近俺がミスをしたからかな?」
冷や汗が止まらない。
「ミスくらいで怒るのか、飯屋の令嬢は。噂と違って器が小さいのか」
「いや、本当にミスをした時はしっかり教えてくれる。優しいんだ」
「では、それが原因ではないということだ」
なぜ俺は否定してしまったんだよ。馬鹿か? この人工的な頭脳を持ってるのに。
落ち着くために珈琲を一口。もう味に集中できん。
俺の反応はさぞ滑稽だったろう。
スターチスは、大きく息を吐いた。
「プリンの礼だ。深くは聞かない。だが、お前の反応をみるに、何か悪いことをしたというわけでは無さそうだな」
「……なんでそう言い切れるんだ」
「お前のように嘘が下手な奴が、悪い事を出来るわけないだろ」
鼻で笑いながら、スターチスは言った。
「頭が良いからこそ、悪いことをしてしまうものだ」
そして、プリンを一口頬張って頬をショートさせた。
「ま、今の言葉は同居人の受け売りなんだがな」
「素敵な感性を持った人なんだな、同居人さんは。一度お会いしたいもんだ」
「あれは俺のものだ。すまんな」
「取ったりしないさ」
「顔が良い男には何も思わないが、気の利く男は危険だからな」
そういって珈琲を飲むスターチスは笑っていた。
「スターチスは、同居人のことが好きなのか?」
「…………」
途端に、めちゃくちゃ頬がショートし始めた。
「……そ、そもそも好きという言葉の意味が多すぎて困る。好意的な好きもあれば恋愛的な好きもある。これは一般的だが、特殊な条件下では皮肉を込めた敵対的な好きもあるわけで、結局のところどれに対応するのか分からないのだが」
「あー、うん。だいたい察した」
なるほど。
「アンタも悪い奴じゃないみたいだな」
「何が言いたい」
「嘘が下手なもの同士、仲良くしようぜって言いたいだけさ」
同居人の受け売りというか、絶対直接言われたんだろうな。
抑えきれないニヤケ顔で見ていると、スターチスは不満そうに低く唸った。
「ふん。生きていれば、誰かに好意を持つこともある」
「アンドロイドでもか?」
「当然だ」
「だけど、俺はそもそも無いんだよ。恋愛感情が」
ありきたりだが、俺は自分の胸に手を当ててみた。
もし恋をするならば、ここが熱くなるのだろう。
もし愛を知るならば、ここが高鳴るのだろう。
「それが、最初からインプットされてないんだ」
だってそれは、俺が護衛専用に作られたアンドロイドだから。
守ることだけが目的のアンドロイドだから。
「何を言っているんだ?」
俺の言葉に、スターチスは何ともなしに、こう答えた。
「どのアンドロイドも、そもそも恋愛感情なんてインプットされていないぞ」
俺は、耳を疑った。
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