人形令嬢なんかじゃ、ありません

野坏三夜

プロローグ

過去

 晴れた日だった。

 人形令嬢、そう呼ばれていたアストリファス公爵家の長女、レーナ・ロゼット・アストリファスは婚約者であった、イグニス皇国皇太子、ルヴィウス・ヨハンズ・イグニスと結婚し、数日が経過していた。ルヴィウスとレーナは互いを愛している、という訳では無いが、良い信頼関係を築いていた、とレーナは思っていた。


 ある日、レーナが妹のアンリエッタ・ジュリア・アストリファスと一緒に茶会をしていた時のことであった。皇太子宮のテラスで、色とりどりの花が輝き、それは素晴らしい景色であった。庭師が花々に水を与え、その水滴が日光にあたって輝く様が美しかった。それに目を奪われるアンリエッタ。


「素敵な庭ですね、姉様」


 その表情は恍惚としていて、アンリエッタの水色の瞳は少しだけ曇って見えた。花畑が美しく、目を奪われるだけで、こんなになるだろうか?

同時に彼女の自慢の金髪が靡く。


「そうかしら? 」


 レーナは疑問を口にする。素直にそう思ったのだろう。レーナは皇太子宮の庭には興味がなく、まじまじと見たこともなかった。


「そうですわよ! 姉様。とても素敵な庭ですわ」


 羨ましいです、とアンリエッタは付け加えた。


「そう」


 レーナはとぽとぽ、と庭には目もくれずに茶を注ぐ。香りが立ち上り、アンリエッタは庭から紅茶が注いであるカップに視線を移す。


「なんのお茶ですの? 」

「ダージリンにしてみたわ。……一番これが落ち着くから」

「私、ダージリンは結構好みですわ。あ、でも、ミルクとシュガーをくださる? 」


 レーナのお付きのメイド、ラヴィニアがすっとそれらを差し出す。


「ありがとう、ラヴィ」


 ニコリと笑うアンリエッタ。

 一礼をするラヴィニア。

 アンリエッタはすぐさまミルクとシュガーを入れ、くるくるとティースプーンでかき混ぜる。レーナはそんな様子を見て、やっぱりアンリエッタは可愛いわ、と思った。同時に人形令嬢が皇太子妃でいいのか? とも。

 紅茶で不安を一緒に飲み込もうと、一口紅茶を飲む。すると、レーナは苦しそうに呻き出した。アンリエッタは驚いて、「姉様! 姉様! 」と叫んでいる。ああ、きっと、私なんかが皇太子妃になったバチが当たったんだ。




 潔く、死ねる…………………………………




 訳が無いっ!


 なんで殺されなきゃならないの!?


 もう人形令嬢なんて言われて馬鹿にされたくない! 皇太子妃の座も私が頑張って手に入れたもの! 奪われたくない!


 まだ、まだ、死ねない!!!



 すると光がレーナの目の前に広がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る