重くないと眠れない

飛鳥休暇

眠りと祈りと重みと錨

 眠りとは、祈りに似ている。


 嫌なことがあった日も、眠ってしまえば消え去ってしまう。


 体調が悪い日なんかは、良くなるようにと眠るんだ。



 きっかけはなんだっただろうか。


 あぁ、そうだ。疲れ切って布団に入って、だらだらとスマホを見ていて、そのまま眠ってしまったときだ。


 左手に置いたままのスマホの重みが妙に心地よくて、すとんと眠りに落ちたのだ。


 あれからずっとスマホを握って眠っている。


 手のうえで感じるスマホの重みが、おれを快適な眠りに誘ってくれる。



 そのうち、身体にも重みが欲しくなった。


 はじめは布団を二つかぶった。


 とても心地よかった。


 手にはスマホ。身体には布団の重み。


 その重力がおれを地面に押し付けてくる。



 眠りとは疑似的な死だと思う。


 いつの間にか意識が無くなり、寝ていることすら自覚出来ない。


 おれたちは毎日疑似的に死んでいるのだ。


 死ぬ練習をしているのだ。


 でもほんとうに死にたくはないから、おれは重みを欲するのだ。



 寝ているあいだに魂が抜けて出ていかないように。


 おれにとってスマホやふたつ重ねた布団はいかりなのだ。


 現世に魂をとどめておくためのいかり


 だからもっと重くないといけない。


 魂が抜けて出ていかないように。




 怖くなったおれは布団のうえに冬用のコートを重ねて置いた。


 あぁ、もっと重くなった。良かった。


 おれの身体を押し付けて、寝ているあいだは守っておくれ。



 そのうちそれにも慣れてしまった。


 もっと重くないと。魂が抜けて出ていかないように。



 おれは家中の服をかき集めて、布団の上に積み上げた。


 あぁ、重い。心地の良い重さだ。


 身体に感じる重みの中で、おれは祈るように目をつむる。


 ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと息を吐く。


 眠りは祈りで、疑似的な死だ。



 もし、この重みにも慣れてしまったらどうしよう。


 もう積み上げる服はない。


 あぁ、薄型テレビでも乗せてやろう。


 薄型テレビの重みにも慣れたら、冷蔵庫でも乗せてやろう。





 重くないと眠れない。


 重くないと眠れない。


 重くないと祈れない。


 重くないと死ねない。


 重くないと戻れない。 

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重くないと眠れない 飛鳥休暇 @asuka-kyuka

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